京也、弥生時代の村に立つ!
三十分ほど泣き続けた二人であったが、安心した為かサクは眠ってしまい、サヤも冷静を取り戻した。
眠ったサクを地面に下ろし、優しげな表情でサクの頭を撫でたサヤは、涙を袖で拭くと見守っていた京也達の方に向き直る。
「なっ!?」
向き直ったサヤの姿を見て京也はギョッとして慌てて目をそらす。
その行為を怪訝そうに見るサヤはまたく気が付いていないが、彼女は今かなりきわどい格好をしていた。
縛られていたまま無理やり動いた上、サクに抱きつかれた際に服が着崩れており涙によって貼りついている。
しかも着ているのは白無垢のような服。
いろいろと見えてはいいけない所が、見えそうになっているのである。
二人を見くらべて、風子はニヤニヤしていたが、ソウがやっと気が付いたのか京也に助け舟を出す。
『使者の気が散りますので、身なりを整えなさい』
ソウの言葉に自分の姿を見降ろしたサヤは目を見開いて驚くと、真っ赤な顔をして後ろを向き、あたふたと身なりを整えた。
「・・・・・・」
再度向き直ったサヤは赤くなった顔を隠すためか、引きつりつつも固い表情で咳をして何か言う。
もちろん京也には解らない。
無言のまま隣のソウを見降ろして京也が翻訳を促すと、ため息をつきつつ「非礼を詫びています」と答えた。
サヤに京也が言葉が分からないことを説明してもらい、ソウにはそのまま翻訳係をお願いし、事情を聞いた。
それによると、京也を襲った理由はサクに怪しげな術をかけようとした為、とっさに行動を起こしたとのことだった。
休憩中に吸っていたタバコが催眠術などに使う怪しいお香に見えたらしい。
その件に関しては、サクと出会った事情と経緯を説明して、サヤからも謝罪とお礼を言ってもらった。
サヤは終始緊張した面持ちでソウと対峙しており、この次元の人間が精霊をを崇拝しているのを再確認した。しかし、
「サクの件については彼女も解らないようですね」
サクが村に帰りたがらず、家族にも会わないと言っていた理由はサヤにも解らないとのことだった。
サヤの話しによると、4日前にサクは、サヤが交信者としての修業を行う為に近くの池に行っている間に村から姿を消したのとのことだった。
本来であれば一人で村から出ることは無い為、何か事情があるのではと思っていたそうだが、集落の人間に話しを聞いても、知らないと口をそろえて答えるので、心当たりがある場所を手当たり次第見て回ったが、見つかることはなかったそうだ。
サクを発見した場所も説明してもらったが、なぜそんな所に居たのか、全く検討が付かないとのことだっだ。
「やっぱり本人に聞くしかないか」
「あの様子では言い出すとは思えませんが」
「ソウが聞いても無理なら無理だと思います!」
「だよなー」
精霊であるソウが聞いても答えないと言うことは、おそらく誰が聞いても言う気はないだろう。
「・・・・、・・・・・・?」
精霊二人と人間一人で悩んでいると、かしこまって成り行きを見守っていた(風子は見えていないはずだが)サヤが何かを言う。
『それもそうですね。幸い本人は寝ているようですし』
「何って言ってるんだ?」
「一度、村ににサクを連れて帰りたいそうです」
「なるほど。それで本人が寝ているから都合がいいわけか」
村の為と言って帰りたがらないサクを連れて帰るには、寝ている方が都合がいい。
家族としても家に帰って来た方が安心だろう。
「俺の食糧のこともあるし、どのみち村へは行かないといけないから、俺達も同行させてもらう」
食料が無いことと、同行することを伝えてもらい、村に向かう準備をすることにする。
といっても京也の荷物はすでにまとめてあるので、サヤの荷物を本人に返して終わりだ。
サヤは受け取った荷物をすばやく身に付け、横になっているサクをお姫様抱っこで抱き上げてから、先頭を切って歩き出す。
ちなみにサクをおぶって行こうかと提案したが断られた。
いくら精霊の使者といっても全面的に信用したわけではならしい。
「んじゃ俺達も行くか」
「はい!」
「今回は私も同行しましょう」
忘れ物がないかあたりを見回して、風子とソウに声をかけるとサヤの後に続く。
ちなみに精霊二人は京也の肩の上だ。
初めに風子が言っていたことが本当なら、集落まで2時間と言った所だ。
集落までの距離にげんなりしつつ、前を歩くサヤを見て何か話しかけるべきなのか考えたが、なにも浮かばず、無言のまま京也達は村の方向へ足を進めるのだった。
※※※ ※※※
「やっと見えてきたか・・・」
疲れた表情の京也の目線の先に、少しずつ村と思われるものが見えてくる。
出発してすぐは草むらばかりだったが、途中から草のあまり生えていない道を進んだ。とはいえ休みなしの前進は、まともに食事を取っていない京也にはかなり堪えるものだった。
あれから休むことなく歩き続けた京也達は、一時間半ほどで目的地周辺までたどり着いた。
その間、サヤとは一言もしゃべることなく、淡々と歩き続けた。
何度か話しかけようと思ったが、言葉が通じない相手に何を話していいか分からず、精霊二人と話している間に目的地に着いてしまたのだ。
徐々に見えてくる村は京也の予想よりもかなり大きかった。
中心に竪穴住居があり、その数は少なくても20件はあるだろう思われる。
さらにその周りには、広大な田んぼと思われる水田や畑などが広がっており、ちらほら作業している人の姿が見える。
外周は人が上れるかどうかギリギリの堀に囲まれており、村というより農村といった感じだ。
「・・・・・・、・・・・・・・」
集落の入り口で一度振り返ったサヤは、何か言うと京也の返事を待たずに、堀にかかった木製の橋を通って村の中に入って行く。
住民にどんな反応をされるか気が気でない京也は、緊張した面持ちでその後に続く。
畑で作業する住人に視線を向けられながら、水の流れていない水路の真ん中の畦道を通ると、端に井戸のようなものがある広場にたどり着いた。
竪穴住居に囲まれた広場を見ていると、ふと気になることがあった。
「えらく人が少ないな」
村の広場といえば子供が遊んでいたり、おばちゃんが雑談していたり、露天が広がっていたりするものだと思っていたが、そんなことはなく、だだっ広い広場に人影は無く、静まり返っていた。
「京也さんの想像しているのは、もっと大きな町ですね。それに・・・」
ソウの話によれば、大きな村や町に行けばそういった風景を見ることが出来るそうだが、小さな村の広場は集会などに使われる以外はあまり使われないそうだ。
さらに、このぐらいの人数の集落では自給自足の為、店というものは無く、多くは物々交換で通貨などは無いそうだ。
「・・・・・・・・・・。・・・・・・」
考古学大学卒の京也が辺りを物珍しそうに見ながらソウに説明を受けていると、中心にあるひときわ大きい高床になった住居から、サヤと同じような形の茶色の着物を着て、首から色とりどりの装飾を付けた一人の老婆が現れて、サヤに声をかける。
「!?、・・・・・・・、・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
驚いてそちらを向いて膝を着くサヤに再び何か言う老婆。
もちろん京也には何を言っているか分からない。そのため、
「風子、翻訳」
「了解です!」
伝えることは出来ないが、相手の意識を読んで翻訳はできる風子に通訳を任せる。
ちなみにソウに頼まないのはお供え(ガム)削減の為だ。
「(はい、こちらの精霊の使者殿に命を救われたとの事です)」
「(精霊の使者?)」
風子から翻訳を聞いていた京也の方へ視線を向けた老婆は、目を細めると全身を怪しげに観察する。
「ソウ、私が精霊ですってやつやらなくていいのか?」
「問題ありません、彼女は交信者です。言わなくても私の存在が意識できるでしょう」
老婆からの視線を受けながら衣居心地悪く京也が言うと、ソウは何でも無いかの様に平然と答えた。
その答えに反応するように、老婆はソウに向かって一礼すると視線をサヤに戻す。
「(では使者殿には貴方家で休んでいただきなさい。貴方は案内後に報告へ来なさい)」
「(わかりました)」
頭を下げるサヤを残して、老婆は住居の中に戻っていった。
「(あの方はこの村の交信者であるシソウク様です)」
立ち上がったサヤは、京也にそっけなくそれだけ言うと、再びサヤ竪穴住居のほうへ歩き出す。
「置いて行かれますよ?」
なんともいえないまま立ち尽くす京也は風子に声をかけられ、慌ててサヤの後を追った。
追いかける途中、視線を感じて振り返るが、広場には相変わらず人の気配はない。
気のせいかと、再びサヤを追いかける京也。その後ろ姿を、建物の影から見つめる複数の目に、京也が気がつくことはなかった。
※※※ ※※※
住居の間を縫うように歩き、たどり着いたのは他の建物より少し小さめの竪穴住居だった。
どうやらここがサヤ達の家らしい。
浅い堀に囲まれた家の入り口にだけ作られた通路をを渡り、サヤに続いてやたら低い入口を潜った京也は思ったより広い家の中を見回す。
家の中は外見道理丸い空間で仕切りのような物は無く、入り口には土で出来た炉のようなもの、その上には土器の鍋のようなものが置いてある。壁側には木で作られた棚があり、さまざまなものが置いてある。他にも服がかかった木製の服掛があり、奥には少し段差をつけて藁のような物を敷いた寝床のようなものがあった。
中央の焚火後と思われる場所を避けて、奥の寝床まで進んだサヤは、ゆっくりとサクを下ろして絹のような布をかける。
「(こちらでお待ち下さい)」
入り口で立ち尽くしてキョロキョロする京也に、サヤは住居の中心の焚火後の横に布を敷いて座るように促す。
日本人として靴をどうしたものか考える京也だったが、段差が無いことや、サヤが履物のまま入っていることから、ためらいつつもそのまま入り麻布の上に座る。
「(水は水瓶の水を使って下さい。食べ物はそちらの棚のものを食べていただいてかまいません。私はシソウク様に報告に行かなければいけませんので失礼します)」
指を刺しながら、辺りの説明をしたサヤは家を出て行った。
一人(正確には精霊二人も)取り残された京也はほっと一息つく。
集落に入ってから、ずっと緊張していたせいで強張っていた体を解しながらこれからについて考える。
「とりあえず集落についたはいいが、これからどうしたものか」
「食べ物を手に入れるんではないんですか?」
肩に乗っていた風子が飛び上がり、先ほどサヤが刺した棚へと向かう。
棚には干された薄い芋と固まりの干肉、まだ新しい草(おそらく何かの山菜)、どんぐりのような木の実が少し、さらに動物の物と思われる骨が置いてあった。
あまり多いとは言えないが、昨日からまともな食事無しで歩き続けた京也にはご馳走に見える。
「そうだな、とりあえず食べていいって言うなら頂くか」
空腹が遠慮に勝った京也は、立ち上がって棚の食材を眺める。
干し物はそのままでも食べれないことは無いだろうが、水と鍋がある為、スープにすることにした。
生で食べられる食材かどうか分からない山菜も、スープであれば食べることが出来るだろう。
炉に向かい、近くにあった枯れ木と薪を入れてライターで火をつける。
木の柄杓で水瓶の水を掬って、上においてあった鍋に移してから近くにあったナイフを使って固まりの肉を薄く切って少し入れる。どれくらい使って良いか分からない為、日持ちする干し物は少し、山菜は半分ほど入れることにた。
どんぐりは殻を噛み砕いて食べてみると、思ったより渋みが無かったのでそのまま数個を炉の入り口に置いて炙ってみる。
「このまま沸騰するのを待つだけだな。せめて塩とかあれば良かったんだが・・・」
干し肉に多少塩分が含まれるだろうが、水の量からすればかなり薄味になるだろう。
「海まではかなりの距離がありますから、基本は動物性の塩分しか取れませんからね」
「それで骨がおいてあるのか・・・」
京也の肩に座って調理を興味深そうに見ていたソウの話を聞いて、食材の置いてある棚の骨を手に取る。
塩は人間にとって必須のものだが、岩塩が取れない日本では海から生成するか、食べ物から摂取するしかない。
資料の知識だけだが、動物の内臓や骨などは多くの塩分を含んでおり、そこから塩分を摂取する事も出来たはずだ。
そんなことを思い出した京也は、置いてある中から一番小さな骨を選び鍋に入れる。
これで少しは塩分とダシが出てくれることを期待しよう。
火の管理をしつつ炙っていたどんぐりをつまみながら数十分ほど待つと、沸騰する鍋から良い臭いがして来る。
近くにあった木製のスプーンで地味に灰汁をとりながら、さらに数分火にかけてスープが完成する。
「おぉー、なんかそれっぽいです!」
出来あがったスープを覗き込んで風子が感心したように声を上げる。
「ほぼ水煮だけどな」
苦笑いしながら近くにあったお茶碗くらいのサイズの土器を手に取った京也は、スプーンで移して早速頂くことにした。
ひさしぶりの食べ物を口に入れて飲み込むと、つい、ため息をこぼしてしまう。
「久しぶりにまともに物を食べた・・・」
正直あまりうまいものではなかった。
極限まで薄めた塩スープにスジ肉と春菊を入れただけのような感じだ。
それでも久しぶりに食べる暖かい食事は十分に京也を満足させるものだった。
「せめて米ががあれば言うこと無かったんだがな」
「田んぼがあるならありそうなものですけでね!」
「今の時期はもうあまり残っていないでしょう」
風子とソウと共に辺りを見回すが、それらしいものが入った入れ物はなさそうだ。
この次元が元の次元の四季と同じなら、今は春位だろうか。
一般的な米の収穫は秋であることが多いはずなので、ソウの言う通り、もう去年収穫分は残っていないのかもしれない。
「まあ贅沢言える立場じゃないからありがたく頂くとするか」
久しぶりの食事ということで、二杯のスープを飲み干して京也は食事を終えた。
食事の途中、風子にどんな味なのかと散々聞かれてうるさかった為、小さめな器についでお供えしてやったが、微妙な顔をしていた為、きちんとダシ等を取って作れば、もう少しマシになると説明しておいた。
まだ残りがあるが、サクが起きたときの為に残して置くことにする。
「ふー、さてこれからどうするか」
食事を終えた京也はこれからどうするかについて考える。当面の目標は食料確保であったが、集落に着いてそれはひとまず解決した。
この集落に京也に渡すほどの食料があるかどうかは分からないが、そこは交渉するしかないだろう。
そうなると次の目標は、
「時の精霊の居場所だな。そこでソウ。お前が知っているかも知れないって言っていた情報を教えてくれ」
もともとサクの様子を見に行く代わりに、時の精霊の情報を聞かせてもらうはずだったが、サヤの乱入などがありすっかり後回しになってしまっていた。
「そうですね、一応依頼達成ということでお伝えしましょう。私が知っているのは・・・」
ソウが語ったのは、以前風子が言っていた十数年前の大きな次元の歪みについての詳しい情報だった。
次元の歪みが起きたのは14年前、ソウ地方よりさらに北の地方で起こったらしい。
ソウ地方の精霊であるソウには何が起きて歪みが起こったかまではわからないそうだが、歪みの方向で精霊の大きな力が働いたことは確からしい。
「それが時の精霊だったってことか?」
「おそらくは。精霊の力にはそれぞれの色というか流れみたいなものがありますので、あれだけ大きな力であればここでも感じることができます」
「色? そんなのがあるのか?」
「はい。例えば・・・、風子さんちょっと風を吹かせてみてください」
「わかりました!」
風子が返事をするのと同時に、入り口から京也の方に隙間風が流れ込むような弱い風が当たりだす。
「うぅー!! 家の中じゃこれが限界です!」
「かまいません。京也さん、風を良く見て下さい」
「風を見る? そんなもんできるわけ・・・」
無い、と言おうとして京也が訝しげな顔をするが、入り口の方に微かに薄緑色の帯のような物が見えた。
「なんか見える気がする・・・」
「それが精霊の力を使ったときの色です。風子さんは風の精霊で力も強いですから、より分かりやすいかも知れません」
「なるほど、しかしなんでいきなり見えるようになったんだ?」
ここに来るまで風子に風を吹かせてもらうことは多々あったがそんな物を見た覚えは無い。
そんなことがあれば京也も気がついたはずだ。
「意識したからです」
「どういうことだ?」
「精霊と同じく精霊の力も意識しなければ、そこにあって当たり前のものに過ぎません。精霊を意識して初めて京也さんが風子さんを認識できたように、今、風子さんが吹かせている風も風子さんが吹かせている色の付いた風、と認識したからこそ見えたんです」
精霊というのは数え切れないほど存在するらしい。
それは普通の人間には認識できないものだが、京也は埴輪の小細工によってそれを認識することがでる。
しかし京也にとって見えないからと言って、他の聖霊は居ないわけでは無いわけではない。
精霊の力もそれと同じように、そういう物と意識しなければ認識できない。ということらしい。
「なるほど。じゃあソウが力を使っても色が見えるってことか?」
「試してみますか?」
京也の肩に乗っていたソウが手を掲げると、その先の寝床に横になっていたサクの周りに黄色い霧みたいなものが湧き出す。
「あれは?」
「この地方の力を彼女に分け与えています。草原でやったのと同じですね」
確かにあの時には黄色い霧は見えなかった。
つまりこれがソウの力の色と流れということだろう。
ソウが手を下ろすと黄色い霧も見えなくなった。
「つまり北の方から時の精霊の力が見えたってことか」
「断定は出来ませんがおそらく時の精霊さんだったのではなかと」
「風子は見えなかったのか?」
確か風子も大きな力を感じて、現場に向かったと言っていたはずだ。
しかし風子は首を横に振る。
「私は見ていませんね、ていうかそんなものが見えてたら以前聞かれた時に言っています!」
「それもそうか」
ソウには見えて風子には見えなかったという時の精霊の力。現状ではその理由は不明だが二人を疑っても今はしょうがない。
「とりあえず北に向ってみるか」
「ん・・・・」
次の目的地を北に決め、ルート等を考えているとベッドで眠っていたサクから声が聞こえた。
「起きたみたいだな」
「さっきソウが力を使ったからでしょう」
「なるほど」
目を覚ましたサクは横になったまま辺りを見回した後、驚いたように目を見開き起き上がろうとするが、まだ力がうまく入らないようで再度ベッドへ倒れてしまう。
「おい、大丈夫か!?」
「(お姉ちゃんは!!)」
咄嗟にかけよった京也の支えで起き上がったサクは、京也のシャツを掴みながら何かを訴えかける。
もちろん京也にはわからなかったが横から風子が翻訳してくれる。
「えぇーと、説明するからソウほんや・・・」
「(戻るのが遅くなり申し訳ありません)」
ソウにサヤのことを伝えてほしいと言いかけると、入り口から声がかかる。報告に行っていたサヤだ。
「(お姉ちゃん!)」
「(心配せずとも私は無事です。あなたは休んでいなさい)」
「(お姉ちゃん! 私は・・・)」
「(聖霊様、使者様、シソウク様がお話を伺いたいと申しております。神殿へお越しいただけますでしょうか)」
サクの話を遮るように京也に向かって一度膝を着いて頭をさげると、すぐに家の入り口から出て行ってしまう。
「あぁー、ええーと・・・」
事態についていけない京也は、入り口とサクを交互に見て、どうしたものかと困惑するが、シャツを握っていたサクが手を離して「(シソウク様の下へお願いします)」と言うのでサクを横たえてサヤについて行くことにした。
「(こちらへ)」
入り口前で待っていたサヤに続いて歩みを進めるが、サクのことが気になり、一度振り返って見たものの、促されて先を急ぐ。
ちらりと見えたサクの悲しそうな表情が気にはなるが、どうすることも出来ず京也はサヤの後を追った。
サヤに案内されて向かった先は、先ほどシソウクが出てきた建物の中だった。
案内されている途中にサクを一人にして大丈夫か?などと声をかけてみたが、サヤは何も答えずここまで京也を案内し、中に通すと外の出て行ってしまった。
風子かソウに二人の様子を見ていてもらうように頼もうかとも思ったが、二人の事情にこれ以上口出ししても良いものか悩んだ末、何も言わなかった。
神殿の中はかなり広い空間で、テニスコート一面くらいの大きさがあり、入り口側には何も置かれておらず、奥の真ん中に大きな四角い祭壇と思われるものがあった。
ただ、京也の思っていた神殿等とは違い、壁は藁葺きのまま装飾などはされておらず、祭壇もしめ縄や紙垂といったもので装飾されておらず、一段高くなった舞台に茶色い布がかけられただけの場所だった。
祭壇の前にはシソウクが座って頭を下げた状態で待っていた。
『顔をあげなさい』
京也の肩に乗っていたソウがそう言うとシソウクが顔を上げる。
突然話した出したソウに京也が驚くが、それを気にした様子もなくソウは話を続ける。
『私達に何用ですか?』
「(精霊様にお願いがあり、起こし頂きました)」
『私に?』
「(はい、私達の集落は今危機に瀕しております)」
シソウクは今の集落の状態について語りだした。
現在この地方では雨があまり降っておらず大変な水不足らしい。本来であれば田植えの準備を始めるはずが、それも出来ず、畑も乾ききってしまっているとの事だ。
また、集落に二つある井戸の内ひとつは枯れてしまい、もうひとつも集落全員の量を確保するには足りないとのことだ。
幸い近くに池がある為、まったく水の確保が出来ないわけではないが、近くと言っても歩いて三十分以上かかる距離の為、田植えや畑に必要な水をすべて汲んでくるわけにもいかないとの事だった。
さらにそれだけではなく、最近森から動物の気配が消え、獲物も取れておらず集落全体が食料不足らしい。
「(ここは人里離れているため、他に頼るすべがございません。どうか精霊様にお助け頂きたい)」
話を締めくくったシソウクは再度頭を深く下げる。
何も言えずただ風子の翻訳を聞きながら集落の状況について理解した京也はソウがどう対応するか見守る。
『雨については私にはどうすることも出来ません。獣のことは調べてみましょう』
「(そこをどうか、今のままではこの集落は滅びる他ありません!)」
『精霊とて万能ではありません。私はこの地方を管理する精霊。それ以上でもそれ以下でもありません。話は終わりですね』
話を打ち切ったソウは京也にだけ聞こえるように「京也さん出ましょう」と声をかける。
困惑しながらも、ソウの言葉に従い外へと向かう京也の背中から「(お待ち下さい!!)」と声ががかかるが、せかされて神殿を後にする。
「あれでよかったのか?」
向かう宛も無いため、サヤ達の家へ向かう京也はソウに問いかける。
「あれとは?」
「いや、ばっさり断ってたけどよかったのかなと。なんとかならないのか?」
「はぁ、無茶言わないで下さい。私は地方の精霊であって、天気の精霊でも雨の精霊でもないんですから」
「それはそうだろうが・・・」
「前も言いましたが、すべての事をひとつひとつ精霊が解決していたらきりがありません」
「それにですね、京也さん。もしソウが他の精霊と仲介して事態を解決できたとしても彼らにはソウに支払うものがありません!」
「うすうす感じてたがやっぱり精霊にお願いするって対価が必要なのか?」
「んー、時と場合にもよりますが、何か無いと際限がなくなるんです!」
風子の話ではお願い自体は能力上可能であれば叶えることは出来るという。しかし、際限なくすべて問題を精霊に願って、精霊が叶えてしまうようになると問題があり、かといって精霊の私的感情で選別も出来ない為、対価を要求することになっているらしい。
「って事になると、俺はどんだけ対価を要求されなきゃならないんだ?」
京也の支払ったものといえばガムくらいなもので、風を吹かしてもらったり通訳してもらったりと風子達に頼りっぱなしだ。
「京也さんは特別っていうか例外ですね!」
「そもそも精霊の頼みでここにいる訳ですから、彼女らとは順序が逆です」
「確かに」
もともと埴輪の、つまり精霊のせいでこうして異次元に来て、風子達をかかわっている京也は精霊の頼みを聞いている側であって、頼んでいる側では無いので例外ということだろう。
「じゃあソウに要求されたガムは何なんだ?」
「あれは・・・ほら、彼女達との会話は時の精霊探しとは関係ないからですよ」
「ほう、つまり俺の食料探しは精霊のお願いとやらとは無関係だと?」
「それは・・・」
両肩に座る精霊達を京也が睨むと、二人は揃って京也から目をそらす。
「あ!! ほら京也さん家に着きましたよ!!」
話をしている間にサヤ達の家に辿り着いた。
話をごまかされたような気がするが、今はあえて何も言わないことにする。
「あー、えーっと」
戻ってきたはいいものの、通じないのに何と声をかけていいものかと悩んでいると、背の低い入口からサヤが顔を出す。
「(どうぞお入りください)」
「ど、どうも」
なぜ京也達が戻ったことが分かったのかは分からないが、都合が良かった為、中にお邪魔することにする。
サクは奥のベッドでまた眠っているようで、安らかな寝息を立てていた。
ちらりと炉のほうを見ると残しておいたスープはなくなっており、片付けられている。
「(おかけください)」
家の中央にある布の上に案内されて、言われるがまま京也は腰を下ろした。それに続いてサヤも対面に腰を下ろす。
「(シソウク様とのお話は・・・)」
顔色を崩さず切り出したサヤに、シソウクとの話の内容をソウを通じて説明してらう。
説明が進むにつれ、表情を険しくしたサヤはソウが話を終えると、一度お辞儀して京也に向き直る。
「(話を聞いて頂きありがとうございました)」
『私はなにもしておりませんので礼を言う必要はありません』
「(いえ、精霊様にこの村の状況を聞いていただいただけでも大変ありがたいです。感謝と言うには少ないかもしれませんが、こちらをどうぞ)」
サヤは自分の持ち物を入れていたような袋と同じ袋を京也の方へ差し出した。
とりあえず受け取った京也は閉めていた紐を解いて中を覗き込む。中には干し肉の塊とサヤが持っていた果実、木の実などの食べ物が詰められていた。
「これは・・・いいのか?」
『よいのですか? ここではあまり食べ物が取れていないとの話では?』
「(たいした物が無く申し訳ありません)」
「いや、そうじゃなくて・・・」
先ほど食材があった棚の方を見ると残っているのは少量の山菜だけ。おそらくそれ以外はすべて袋の中に入っているのだろう。
「(この村の食料不足も近々解決する見込みです。それに・・・・)」
何にかを言いかけたサヤはちらりとサクの方を見た後、「(なんでもありません)」と首を横に振った。
サヤの言動に思うところはあったが、京也は何も言わず食材を受け取ることにした。
「(それで、これからどちらへ向かわれるのですか?)」
『ここから北の地へ向かう予定です』
「(北といいますと京羽«きょうは»の町ですか?)」
『私はこの土地の精霊ゆえ他の土地のことはわかりません。しかし使徒には使命がありますから』
「(じきに日も暮れます。出発されるのは明日の朝がよろしいかと。森入口まではサクに道案内させますので)」
「いやさすがにまだ無理だろ」
先ほどまでの様子からは、とても案内が出来る体調とは思えない。
方角は分かるので案内はいらないという意図をこめて京也は首を横に振る。
「(体調のことでしたら問題ありません。明日には回復していることでしょう)」
「いや、しかし・・・」
「(なんの償いも出来ませんので、どうかお願いします)」
困った表情をする京也にサヤは深々と頭を下げる。
「わかった、もし体調が良いようならお願いするよ」
『わかりました。体調に問題が無ければ使徒の案内を頼みます』
「(ありがとうございます。それでは本日はここでお休みください)」
そう言うとサヤは一礼して立ち上がり出入り口へ向かう。
「何処に行くんだ?」
ソウの頼んで行き先を聞いてみると、サヤは水を汲みに行くと言う。
枯れていない方の井戸の水は田畑に使用する為、飲み水などは近くの池まで汲みに行くらしい。
「んじゃやることも無いから俺が行くよ」
どの道ここに座っていてもやることが無いので、京也は水汲みを買って出ることにした。
サヤはそんなことはさせれないと言っていたが、持っていた大き目の水袋を半ば強引に奪って外に出た。
「さすが京也さん! お優しいですね!」
とりあえず村を出ようと、歩き出した京也の肩に乗った風子がニヤニヤしながら声をかける。
「やかましい、投げ飛ばすぞ」
「相変わらずひどい!?」
「うるさい、本当にやることが無かっただけだ」
「そうですよ風子さん、京也さんのような男性が若い女性と一夜を共にすると言われたら緊張してそれどころでは無いんですから」
「ソウ・・・お前もか」
アホな精霊の話に呆れながら、あたりを見回す。
家が並んでいる場所を抜けると、かなりの広さの田畑が見えるが、確かに地面は乾燥していた。
本来であれば道の脇には水が流れているはずなのだろうが、今はまるでそんな様子がない。
「やっぱ結構深刻そうだな」
「もうじき雨季になりますから大地も潤うでしょう」
「それまでは耐えるしかないってことか・・・」
畑で水をまく村人などを横目に、京也は風子の案内で池へと向かった。
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