少女の事情と女の理由
実は、風子自身ソウに言われて知ったらしいのだが、ソウは少女と会話することができた。
通常精霊と意識を通わせることができるのは、交信者だけだ。
交信者には才能が必要で、誰でもなれるものではない。
その才能というのは基本的に遺伝することが多く、交信者の子供は生まれながらにその才能を持ち、精霊を認識することが出来るという。
精霊に声をかけ、意識を通わせるために才能を持ったものは修行するわけだが、実はこの修行は人間から精霊へと意識を通わせる為に行うものであり、精霊側からの場合は特に制約は無いらしい。
どこにでもいる人間が、突然神からのおつげを授かり聖女として祭り上げられるといった話は京也の居た次元でも存在するが、同じ用に才能がある人間に用事や要求があり、精霊側から声をかけたことにより、交信者として祭りあげられるといったことはこの次元でも存在するそうだ。
ソウは、少女にその才能があることに薄々感づいていた。
夜明けに起きた時もソウをうっすら認識していたし、先ほど京也と話しているときも認識していた。
ただ、それが精霊であることに本人が気がつかなかっただけなのだ。
そのことを京也が気絶している間にソウから聞いた風子は、すぐにソウを通訳にすることを思い立ったのだ。
なぜソウ自身がそれを京也に提案しなかったかというと、京也自身に気がつかせ『お願い』という形で聞き入れることで京也に借りを作りたかったらしい。
本来であれば、絶妙のタイミングでソウ自身がそれを匂わせ、最大限の借りを作ろうとしたらしいのだが、あっさり風子が告げてしまった為、始めはごねていたが、ガム一個ということで手を打つことになった。
因みに色と味が抜けたガムは念の為包み紙のまま保管している。この次元には無い物の為、何かの役に立つ立つかもしれない。
ソウが少女から情報を引き出している間に、風子から説明を受けた京也は今もソウと会話しているであろう腕の中の少女を見る。
所々間を置きながら何か言う少女の言葉の意味は、京也にはやはり理解することは出来なかった。
音を聞き取ることは出来るが、意味がわからない。完全に異国語を聞いているようなものだ。
「風子は会話できないのか?」
「それは無理と思います! だって・・・」
土地の精霊であるソウは認識できる少女だが、風子を認識することは出来ないのではないかとの事だった。
もともと修行しているわけではない少女は、この土地の精霊で結びつきのあるソウは自然と認識できるかもしれないが、関係性の薄い風子を精霊として認識するのは難しいのでは、ということらしい。
「イマイチよくわからん話だな」
何故か初めから精霊を見たり、掴んだりしていた京也にとって認識出来る、出来ないがあるというのは実感のわかない話だ。
「京也さんがおかしいんですよ!」
そもそも何の修行もしていない京也が精霊と意識を通じて会話できているのは、埴輪の小細工のせいなのだが、大雑把な埴輪は時の精霊を見つけるさせる為に、京也を『精霊と会話』が出来るようにしてしまった。
本来、交信者は意識の薄い精霊から徐々に強い意識を持った精霊を意識を交わしていくのだが、京也の場合、『精霊と会話できる力』と大雑把な為、意識の弱く会話できないような精霊は認識すら出来なくなっているのだ。
埴輪の大きな誤算は、拳で語るなどの言葉があるように、触れる事も『精霊と会話』に含まれてしまった事だろう。
京也の異常性を力説する風子に『そんなこと俺に言われても・・・』と天を仰いでいると、服がクイクイと引っ張られる。
何かと思い、顔を下ろすと少女が京也の服の裾を掴みながら見上げていた。
「話は終わったのか?」
少女に言っても解らないだろうから、ソウに問いかけ、解った事について話を聞いた。
少女の名前はサクと言うらしい。正確にはサァクァだそうだが発音に難があるためサクと呼ぶことにする。
サクはとある事情で京也達が向かっている村に暮らしていたが、村へ戻ることが出来なくなったそうだ。
戻れなくなったと言っても、道に迷ってとかではなく、村に戻ってはいけなくなったそうで、理由についても聞いてみたそうだが、『村の為』としか言わないらしい。
今から4日前、森の中で村に帰ることができなくなったサクは、森の中を2日彷徨い、なんとか森の境まで辿り着いた。
そこからであれば帰り道が解らないことは無かったのだが、空腹と疲労、さらには戻ってはいけないという絶望感から、気力を失い木の根元で泣いていたそうだ。
いつの間にか気を失っており、次に気が付いた時には京也に水を飲ませてもらっていたらしい。
因みに京也の事は、精霊の導きによりサクの様子を見に来た使者、と言った感じの説明にすることにした。
間違いではないし、精霊の導きであれば過度に警戒される必要が無いだろうと考えてのことだ。
「名前と住所はわかったが、家には帰れないか・・・。家に帰れない事情が肝だな」
サクが話すことを拒んだ理由はわからない。
会って間もない人間には話せない理由なのか、村の掟によるものなのか、はたまた他の理由か、話さない以上他に事情を知っていそうな人物に聞くしかない。
「やっぱり起こさないといけないか・・・」
手足を縛って転がしたままになっている女に京也は目を向ける。
それに釣られて京也の向く方を見たサクの目が驚きに見開かれる。
女はやはりサクの知り合いだった。というか姉だった。
しかし姉(サァヤァと言う名前らしい。同じく呼びにくいのでサヤと呼ぶ)と会うわけにはいかないと強く言う。
その理由についても、サクは村の為だと言っているらしく、詳しい事情は話さなかった。
「どうしたものか・・・」
先ほど襲われたこともあり、京也はサヤを起こすのに乗り気ではない。
このまま事情を聞かずに放置するという手もあるのだが、その場合サクの今後についてどうするかとうい問題が出てくる。
村に帰れない以上、その他の村に行くか、一人で生きて行くとうことになる。
しかし他の村は山の先、一人で生きて行くというのも倒れていたことからも難しいだろう。
やはり現実的なのは、目の前の姉に任せるということだ。
しかしサクはサヤとは会えないと言っている。まさに八方塞がりだ。
「ってことはやっぱり起こして話してみるしかないか・・・、ソウもう一回頼めるか?」
他に選択肢が無いことから、覚悟を決めた京也はソウに再度対話を依頼する。
事前に確認していたが、ソウはサヤとも意識を通わすことが出来るらしい。
肉親に遺伝する交信者の力をサクが持っているなら、とソウに聞いてみた所、可能だとのことだ。
さらにサクとは違いサヤは交信者として何らかの修業をしたことがあるのでは?とのことだった。
京也が襲われていた時に声をかけることが出来たことや、その後の行動からも間違いないらし。
「私は通訳じゃないんですけど」
「まあそう言うなって、もう一個お供えしてやるから」
あきれ顔で見てくるソウにガムをもう一粒見せると「しょうがないですねー」といって引き受けた。
ちょろいと思う反面、これからも消費されて行くのかと思うと、着々と減っていくガムの残量が気になる京也だった。
※※※ ※※※
荷物や刺さったナイフ、使えそうな矢などを回収し、自力で歩けない少女を背負って、京也は森に少し入った位置に腰かけた。
風子は肩に腰かけることが出来ない為、なぜか頭の上に座っている。
京也達が潜んだのは、ぎりぎりサヤが見える距離だ。
ソウには京也達が森に入った時点でサヤを回復してもらうように言ってある。
念の為、縛ったままで森が背になるように寝かせているので気付かれることはないだろう。
『私の声がきこえますか?』
頭の中にソウの声が響く。
ソウには京也達にも声が届くようにしてもらった。
サヤの言葉は解らないが、少しは話している内容が解るのではないかと思ってのことだ。
ソウの呼び掛けにサヤは目を覚ましたらしく、少し体を捩って何かを言うと、縛られた状態にも関わらず器用に起き上がると正座してソウのに頭を下げる。
言葉が解らない上、距離があることもあり、何を言っているかは解らないが、どうやらソウに敬意を払っているらしい。
『貴方はどうして私の使者を襲ったのですか?』
京也のことは、サクと同様に精霊の使者ということにしてもらうように話している。
これで少しは対応が変わればと淡い期待を込めてのことだ。
「・・・・、・・・・・・・・・・・・」
『それは誤りです。彼には貴方の妹の様子を見るように言っただけです』
「・・・・・・・・・・・?! ・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・」
『そうです。貴方は妹の恩人であり、我が使者を射たのです』
「・・・・・・・・・・。・・・、・・・・・・・・・・・・・・・・」
『かなり消耗していましたが、今は私の力で持ち直しています』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・!! ・・・・・・・・?」
『近くに居ます。しかし貴方に会う事は出来ないとのことです』
「・・・・? ・・・・?」
『それは私にもわかりません。貴方は何か知っているのではありませんか?』
「・・・・・・・・・。・・・・・・・?」
『「貴方に会う事は出来ない。村の為だと」言っています』
「・・・」
二人のやりとりを見ていた京也はふと肩に違和感を感じる。
不思議に思いそちらを見ると、背負ったままにしていたサクの手が、京也の服を握りしめていた。よく見ると、微かに震えているように見える。
「サク・・・」
京也には解らないが、サクにはサヤが何を言っているか解るのだろう。
それを聞いて、サクも思う事があるのかもしれない。
そのまま見守っていた京也の首筋に滴が落ち、小さな嗚咽が聞こえる。
「・・・」
今のサクの境遇についてどれくらい理解できているか解らないが、小学生くらいの少女が2日も山で遭難した上、空腹で倒れて気絶し、やっと再開できた家族とも会う事が出来ない。
一体どんな心境だろう。
サクは村の為に会う事は出来ないと言った。
それは逆にいえば、会いたいけど会えないということではないだろうか。
勝手な妄想かもしれないが京也はそう感じた。
そしてその状況に憤りも感じていた。
元々京也は他人に意見することがあまりない。その代わりに相手に相応の態度で応えるようにしている。
今は別次元ということや、相手が精霊というよく分からない意識を読む存在ということもあり遠慮なく接しているが、元の次元では周りからの反応などを気にして、思った事があっても、言うきとは無かった。
それは生きていく上でその方が楽だということもあるが、基本的には波風を立てないようにしたかったからだ。
しかし、それはその方が楽だからであって、もし自分の命がかかった状態であれば別だろう。
だが、今背中で涙を流しているサクは、こんな状況になっても自分の意見を言わない。
確かに京也に言っても通じないのだから仕方ないが、精霊を通じて意思表示することは出来るし、なにより目の前には姉だっている。
そんな状況なのに、サクは自分を押し殺そうとしている。
その事に憤っているのだ。
「なあ風子」
「なんですか?」
「あの姉は妹を嫌っているのか?」
「んー、人間の感情はよく解りませんが、そんなことは無いと思いますよ? さっきからずっと、「どうして私に会えないの?」って繰り返していますし、彼女から読み取れる意識は妹の心配、妹に会えない悲しみなどが大半です!」
ソウと話すサヤをじっと見つめる京也の頭の上で、風子は首をひねりながら答える。
その答えを聞いた京也はある決心をする。
それは完全な京也の自己満足であり、本当にそれで良いのかという確証は無い。
しかし、京也は行動を起こすことにした。
背負ったままになっていたサクを抱え直して立ち上る。
突然立ち上がった京也に驚いたサクは、涙を止めて京也の顔を覗き込む。
そして、やわらかに微笑む京也と目があった。
「子供はもっとわがまま言ってもいいんじゃないか?」
「?」
赤くはらした目に涙を溜めたままサクは首を傾げる。
もちろん京也がなにを言っているか解らないからだ。
そんなことは承知の京也は、サクの言葉を待たずに森の外へ進みだす。
隠れていたのは森の入口だった為、すぐに森を抜けて草原へ出る。
そこにはもちろんソウと話すサヤの姿がある。
それに気が付いたサクは京也の背中を揺さぶりながら必死に首を横に振る。
しかし京也は足を止めることなく進め、真っ直ぐサヤの元へ向かう。
京也達が出て来たのに気が付いたソウは、一度驚いたように目を見開き、その後ため息をつく。
『どうやら使者が勝手なことをしてしまったようです』
「・・・・・・?」
背面になっており、何がおきているか解らないサヤは、ソウの言葉にいぶかしげな顔を浮かべるが、背後から物音がすることに気が付き体を捻って後ろを向く。
「!!」
「!?」
サクとサヤの視線が重なると、二人は驚いた表情で固まってしまう。
それを気にせず京也は歩みを進め、サヤの目の前にサクを下ろした。
まだ立ち上るほどの力は戻っていないサクは、そのままペタンと座り込んでしまう。
「・・?」
「・・ ・・・」
固まってるサヤの後ろに回り込んだ京也は縛っていた手足の紐ナイフで切る。
「外してしまってよかったんですか?」
「わからん。が、なんとかなるだろ」
様子を見守っていたソウの問いかけに、京也は肩をすくめて答える。
拘束を解かれたサヤは二三度手の感覚を確かめると、両手を広げて勢いよくサクを抱きしめる。
「・・・・・・・・・!!」
「無事をよろこんでいます」
「それくらいは見ればわかるよ」
サクを抱きしめて涙を流すサヤの意識をソウが読んでくれるが、この光景を見ていればわざわざ意識を読むまでもない。
固まってされるがままになっていたサクも、恐る恐るといったようにサヤに手をまわす。
それをきっかけに氷が解けるようにゆっくりと表情を崩して行き、大粒の涙を流しながらサヤに力いっぱい抱きついた。
涙を流しながら抱き合う二人を、京也は二人の精霊と共に眺め、
「さて、これからどうするかな・・・」
結局サクの問題は解決されていない為、京也はこれからどうするかに頭を悩ませるのだった。
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