この少女どうしたらいいと思う?

 朝、京也は体の痛みで目を覚ました。


 既に日が昇ってから時間が経っているようで、昨夜のような肌寒さはない。


 寝ぼけた頭でどうしてこんな所で寝ているのか考え、昨日の出来事を思い出す。


 埴輪に拉致されて、異次元の弥生時代に飛ばされ、精霊に会って、倒れている少女に水を与えた。


 これで間違いないはずだ。


 そこまで考えた京也は、少女を寝かしたままにしていたことの気が付き、慌てて体を起こす。


 あたりを見回すと焚火は消えており、その奥に少女が横たわっているのが見える。


 どうやらまだ眠っているらしい。


「そういえば、あのおしゃべりな精霊は何処言った? まさか自分で言い出してサボったか?」


「おしゃべりな精霊じゃありません! 風の精霊の風子です!」


 辺りに姿が見えなかった為、てっきり引き受けた見張りをすっぽかして、何処かへ行ったと思いこんだ京也の言葉に、風子はすぐさま姿を現して抗議する。


 京也は精霊を見ることは出来るが、意識的に姿を消している精霊を見ることは出来なようで、風子は驚かせる為に姿を消していたが、あまりの言い草に自ら姿を現してしまったのだ。


「何だ居たのか、悪い悪いてっきり飽きて帰ったのかと思った」


「失礼です! そんなことしませんよ! せっかく一晩中辺りを警戒していたというのに!!」


「だから悪かったって、それでなんか変わったことはあったか?」


 腰に手を当て、頬をふくらました風子が捲し立てるのを、謝って早々に話題を変える。


「いえ、特には! 京也さんが寝静まった頃に一度ソウが来ましたけど、それくらいですかね!」


「ソウが? 何か言ってたか?」


「いいえ、少し話をして帰りましたよ?」


「・・・じゃあ、この子どうすればいいんだ・・・」


 もともとソウに頼まれて見に来た京也だったが、それからどうするかというのは聞いていない。


 弱っているようだし、このまま放置するわけにもいかず京也は途方にくれる。


 少女に方に目を向けると、昨日よりは顔色が良くなっているように見えるが、昨日から何も食べていないことを考えると、少しでも何か食べた方が良いだろうと思う。そのうえで、可能なら医学知識のあるものに見てもらべきだろう。


「となると、とりあえずは村を探さないとな」


 少女もそうだが、京也も昨日の昼以降チョコレートを一粒しか食べて居ない。


 昨晩は疲れが溜まっておりあまり気にならなかったが、さすがにお腹が空いた。


 辺りを探せば食べられる植物があるかもしれないが、京也には見分けがつかない上、どれくらいの量が確保できるか解らない。


 そう考えると、村や町を探して、食べ物や飲み物を確保する方が現実的たど思われる。


「この辺りに村や町は無いか?」


 風子は、風が吹く場所であればほとんどの場所の様子を確認することができる為、こういう場合は大変便利だ。


「そうですねー、この山を越えた先に大きめの町があります! あとは・・・北の池の近くにあまり大きくはありませんが、村があるみたいですけど・・・。」


 北の村の話になると、風子は一瞬少女の方に目を向けた後、言葉を濁す。


「北の村と少女は何か関係があるのか?」


「おそらくですが、この子供はその村に住んでいたのではないかと思います!」


「そうなのか? じゃあその村にこの子を届けるか」


「あの、いや、それは・・・」


「問題があるのか?」


「はっきりとは言えませんが、おそらくやめた方が・・・」


 珍しく言葉を濁す風子に、怪訝そうな目を向けるが苦笑いするばかりで煮え切らない。


「何か思い当たることがあったら言ってくれ」


「あのですね・・・」


 言いずらそうな風子に説明を要求すると、しぶしぶ今日の明け方の事を話しだした。


 今日の夜明け頃に、少女は一度目を覚ましたらしい。


 体力が無い為か、起き上がったりすることは無かったが、辺りを見回し、自分の状況を確認した後、再び眠りに就いたそうだ。


 その起きている間の僅かな時間に、風子が少女の意識を読んでみた所、気を失っている時の悲しい以外に自分には戻る場所が無い。どうして助かったのか。といったことを意識していたらしい。


「戻る場所ないってのは物理的に帰れないってことじゃないのか?」


 北の村までどれくらいかかるかわからないが、ここから眺める限り村は見えない。


 少なくても昨日歩いた距離くらいは離れている可能性は高い。


「そんな感じじゃありませんでしたけどね・・・」


「なら何らかの理由で村に帰れないってことか」


 考えられる可能性はその村から追い出されたか、逃げて来たってところだろうか。


「因みに山の先の町っていうのは遠いのか?」


「どれくらいの距離が遠いと言うかによると思います!」


「じゃあ風子と会った場所からここに来るまでの距離の何倍くらいだ?」


「そうですねー、真っすぐ向かっても十倍はあると思います!」


「十倍・・・」


 あの地点からここまで来るのに、休みも入れたがおよそ3時間、その十倍ってことは三十時間。その上、山に道が無ければ獣道を進むことになる為、実際はそれ以上の時間がかかるだろう。


「食糧なしでそれは無理だな・・・」


 すでに手持ちの食糧は水筒の水が半分以下、チョコレートが10個(ガムもあるがガムは栄養にはならない為ここでは食糧として扱わないことにする)。


 とても山越えできる装備じゃない。


「因みに北の村までは?」


「昨日と同じぐらいの距離です!」


「どう考えてもそちらが無難だな」


 寝ている少女を見ながら京也は腕を組んで考える。


 少女がいなければ真っすぐ村に向かうところだが、村に連れて行った場合、住人がどんな反応を示すかわからない。


 最悪の場合、少女だけではなく、京也自身にも被害が及ぶ可能性もある。


 しかし少女を残して自分だけ向かうというのも気が進まない。


「仕方ない。とりあえず村の近くまで行って、あの子をどうするかは後で考えよう」


 食糧が無ければどうしようもないと考えた京也は、とりあえず近くまで行って、少女を風子に任せて様子を見に行ってみることにする。


 今後の方針が決まったので、風子に正確な方角などを聞きながら、京也は出発の準備をすることにした。


 体を起こして、凝りをほぐしてから水とチョコレートを取り戻し出して朝食を食べる。


 空腹により、もう少し食べたくなるが、今後どんなことがあるか解らない為、二個で我慢した。


「あとはこの子をどうするかだな」


 食事を終えた京也は、少女に近づくと顔を覗き込む。


 昨日よりはましな気がするが、あまり具合が良さそうには見えない。


「無理にでも起こして何か食べさせた方がいいよなー」


「今度こそ口うつしですか!?」


「あぁ?」


 唐突に興奮気味に割って入ってきた風子を京也は横目で睨みつける。


 昨日も思ったが、この精霊の思考が京也の意識を読み取ったものというのは本当なのだろうか。


「んなわけ無いだろうが」


「えぇー、そうなんですか、残念です!」


 ニヤニヤしながら辺りをふらふらする風子を無視して、京也は少女の肩を揺さぶる。


 初め反応がなかったが、何度か揺さぶると少女は苦悶の表情を浮かべながら薄らと目を開ける。


「おい、起きれるか?」


 初めは視点が定まらない様にキョロキョロしていたが、何度か瞬きした後、少女の瞳が京也を捉えた。


「ぁ・・・」


 何か言おうとしたようだが、声が出ないのか薄い息だけが口から吐き出された。


「とりあえずこれを飲め」


 京也が水筒のカップに水を入れて差し出すと、少女は少し手を上げようと動かすが、思ったようにいかず途中で持ち上げた手を力なく落としてしまう。


「まだ自力じゃ無理か・・・」


 そう判断した京也は、昨日と同じように少女を抱き起こすと、口元にカップを近づけて傾ける。


 風子が、何か期待するような目で見てくるが、無視だ。


「んっ・・・」


 口に水が入ってくる感覚に驚いたのか、少女は一瞬くぐもった声をあげたが、その後はコップの水をすべて飲み干した。


「あと、これを食べとけ」


 今度は、チョコレートを包み紙から出して、少女の口元に持っていく。


 しかし、少女が自ら口を開くことは無かった為、半ば無理やり口に押し込む。


「ん!?」


 再度驚き、くぐもった声を上げながら眼を泳がしていたが、食べ物だと解ったようで、ゆっくりと口を動かしながら飲み込んだ。


「ほれもう一個」


 再度口元に持っていくが、同じく口を開けない為、また押し込もうかと思ったが、唇にチョコレートが触れると、自分から小さく口を開けた。


 少し疑問に思った京也だったが、とりあえず食べたのなら良いか思い、疑問を脇に置いておくことにする。


「立てるか? って無理だよな」


 今も京也の腕に抱かれながら、力なく横たわる少女がとても自力で歩けるとは思えない。


「おぶって行くしかないか・・・」


「お姫様だっこじゃないんですか!?」


 唯一の持ち物であるバックを肩にかけ、袋部分を邪魔にならないように前に移動させてから、少女の腕をとって背負おうとしていると、風子が驚いたように言ってくる。


「お前は俺に何を期待してるんだ」


 少女を背負って立ち上がった京也は、怒る気さえ起きずに呆れた眼で風子を見るが、風子の方はいたって真面目に言っていたらしく、「ここはお姫様抱っこでしょ!!」と身振りも加えて力説する。


「今から3時間近く歩くってのに、ずっと抱えていられるほどの腕力は俺にはない」


「そうなんですか! 残念です!」


 何が残念なんだと思いながらため息を付き、京也は忘れ物が無いか回りを確認する。


 本来であれば焚火後はきちんと処理をしなければならないが、ここを見つけた時から名残があった為、そこまで気にする必要はないだろう。


 念のため火が完全に消えていることを確認して、京也は打ち合わせした北方向へ歩き出す。


 当分の間はこのまま森と草原の境を歩く予定だ。


「はぁ、いったいどうなることやら・・・」


 ため息とともに愚痴をこぼした京也は、少女を背負って風子とともに北の村へ向かうのだった。


※※※ ※※※


 歩き始めて1時間ほど経ち、京也達は一旦休憩を取ることにした。


 やはり子供とはいえ、人一人背負って歩くのはかなりの重労働だ。


 風子が「がんばって下さい!」と言いながら追い風を吹かせてくれているからまだいいが、向かい風が吹いていた場合もっと早くへばっていただろう。


「はぁー」


 ため息をつきながら草原に腰かけ、少女にかけたままにしていたジャケットを下に引いて少女を下ろす。


 水筒から残り少なくなった水を少し飲み、少女にも朝と同様に飲ませた。


 風子にゆるやかに風を送ってもらうように言って、タバコに火をつけて一息つく。すると、


 ヒュッ、トスッ


「ん?」


 タバコを吸いながら体を伸ばしていた京也の耳に、聞きなれない風切り音と物音がする。


 音の方を見てみると、そこには一本の木が地面に刺さっていた。


「なんだ?」


 京也がその木に手を伸ばそうとしていると、その近くに再度音と共に木が刺さった。


「これって・・・」


「矢、ですね!」


「矢!?」


 驚いた拍子に加えていたタバコが落ちるが、驚きのあまり京也は気が付かない。


 近づいて来て首をかしげる風子と、木を引き抜き確認すると、確かに矢じりがついている。


 羽が付いていなかった為、それが矢だということに京也まるで気が付かなかった。


「まあ問題ありませんね!」


「何処が問題ないんだ! 刺さったら死ぬぞ!?」


 矢が刺さった経験は京也にはないが、無事ですまないことくらいは解る。


 緊張間の無い風子に怒鳴るが、当の本人は「だって・・・」と矢が飛んできているであろう、森の方を指差す。


「あそこからじゃ私がいる限り、当たるわけがありません!」


「はぁ?」


 自信満々な風子の言葉を聞きながら、間の抜けた声を上げる京也の足元の再度矢が刺さる。


 それはつまり、また京也には矢が当たらなかったということだ。


 状況を理解出来ない京也は、「どうなってんだ?」と首をかしげた。


※※※ ※※※


 時間は少し遡り、京也が目を覚ます少し前の明け方の事。


 一人の女が南に立ち上る煙を発見した。


 彼女は近くの村に住んでおり、今は精神と体を休ませる為、近くの池に身を清めに訪れていた。


 とある事情があり、彼女は精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。


 そんな時に遠くに煙を見つけた。


 もしやと思い、居ても立っても居られなくなった女は、急ぎ村に戻り、家に駆け込むと、なにがあっても大丈夫なように装備を整えて、家を飛び出した。


 煙が立っていた方向から、森との境目付近と目星をつけて、草原を走る。


 なれた様子で草を掻き分けて走った女は、二時間ほどで煙が立っていた近くまで到着した。


 そして一人の人影を発見する。


 このままでは相手に発見される。そう思った彼女は即座に森へと入り、身を潜めて様子を伺った。


 相手に悟られぬように身を潜めた為、彼女と相手との距離はかなり離れており、とても普通の人間が見聞きできる距離ではない。


 しかし女には相手の様子をはっきり見ることができた。 


 村で交信者の教育を受ける彼女は、微精霊という意識のほとんど無い精霊を通じて、辺りの様子を普通の人間よりも詳しく観察することが出来たからだ。


 その人物は男のようで、見たことも無い奇妙な服を身に付け、何か一人でぶつぶつと言っているようだった。


 さらによく観察してみると、背中にもう一人小さな人影がある。


 子供の様で、力なく男に背負われながら浅い息を吐いており、体調が良いようには見えない。


 それを見た女は息を飲み、すぐさま飛び出そうとするが、寸でのところで思い留まる。


 どういった状況かはわからないが、今飛び出して行って子供に危害を加えられるのは女にとって避けなければならない。


 逸る気持ちを抑えて、ひとまず深呼吸して心を落ち着かせ、もう少し様子を見ることにした。


 見慣れない服の男はその後もぶつぶつ独り言を言うと、焚火あとを足で踏み、火が消えたことを確認するような仕草をして、子供を背負ったまま森との境を北に歩き出した。


 北へ向かって歩く男を観察していると、おかしなことに気づく。


 歩きながらもぶつぶつと何かを言っているのだ。


 最初は、背負った子供に話しかけているのかと思ったが、そうではないらしい。


 肩に背負われた人物は答えることはないし、男も子供からの返事を待つことなく、有らぬ方向に向かって離し続ける。


 まるで見えない何かに話しかけているようだ。


 彼女はこの時点で、男がかなり危ない人物であると断定する。


 その後も独り言を言いながら歩き続けた男は、一時間ほどして立ち止まると子供を降ろした。


 どうやら休憩するようだ。


 男と子供の距離が離れた為、駆け寄るかどうか悩む女の目に、男への対応を決定的にする出来事が起きた。


 男は奇妙な袋から何か取り出し、水のような物を寝かせた子供に飲ませた。


 その後、さらに袋から白い棒状の物を取り出したかと思うと、何も無いところから炎を出し、口にくわえた棒状の物に火を点け、煙を吐き出したのだ。


 形は異なっているが、女はそれに近いものを知っていた。


 それは呪術などに使われる催眠術を施すための道具であり、とても危険なものだ。


 それを見た女は地面に寝かされた人物に催眠術を施すと判断し、急いで行動を取る。


 荷物を置き、持っていた弓に矢を番えて引く。


 狩で培った弓矢の技術に、女はかなり自信を持っていた。


 後に事情を聞くため、頭や胸は狙わず、逃げることが出来ないように足を狙って放つ。


 しかし女の放った矢は男の足に刺さることなく地面に突き刺さる。


 そのことに女は激しく驚愕するが、そんなこととは露ほども知らない男はあせる様子も無く、足元の刺さった矢を不思議そうに眺めている。


 何かの間違いで矢が外れたに違いないと思った女は再度矢を放つが、またしても矢は地面に突き刺さり、男を傷つけることはなかった。


 しかし2本目の矢に驚いた男は、呪術の道具を口から落とす。


 催眠術の危険が去ったことにひとまず安堵した女は、狙いを変えて胸の中心を狙う。


 もう事情を聞くなどと悠長なことを言っている時間は女には無い。


 体の中心を狙えば、自分の腕であれば少なくともどこかに当てることが出来ると思い、放った女の矢はまたしても男の脇を通り過ぎて地面へと刺さる。


 その間、男は地面の方に刺さった矢から視線を外すと、見えていないはずの自分の方を向き、呆けた表情のまま立ち尽くす。


 弓矢の腕に自信があったにもかかわらず、当たらない所か逃げようともしない男に腹が立った女は、持っていた矢すべてを男に向けて放った。


 しかし避けてもいないはずの男にやはり矢が刺さることはなかった。


 業を煮やした女は、弓を放って腰に刺していた短剣を抜き放つと素早く男の方へと駆け出した。


 普段道理に冷静な彼女であったなら、男が一度も寝かされている人物に危害を加えていないどころか、男が口に含んだ水と同じものを飲ませていること、その人物の為に布を引いているなど、気を使っていることに気づいたのだろうが、動転した彼女がそれに気が付くことはなかった。


※※※ ※※※


 風子の言葉道理、京也に矢が当たることはなかった。


 風子が起こした風により、すべて射線をそらされた為だ。


「逆に狙いが正確すぎますね!」


 風の影響を鑑みず、自分の腕で京也を狙う射手に風子はそう言いながらふんぞり返った。


「逆に言えばお前が何もしなければ俺は蜂の巣ってことか?」


「そうとも言いますね!」


 軽く答える風子を、呆れたとも感心したとも見える顔で眺める京也が「ありがとうございます」と言うとと「どういたしまして!」と風子は無い胸をはて返してきた。


 そんなやり取りの間にも矢は飛んで来ており、その数は既に十を超えている。


「いつまで続くんだ・・・」


「さあ?」


 もはや絶対に当たることは無いだろうと考えた京也は、落ち着いた様子で風子に問いかけるが、森の中のことがぼんやりとしか見えていない風子には、射手がいる方向はわかっても、正確な場所や矢の本数を確認することはできない。


 何か行動を起こした方が良いかと考え始めた京也だったが、十六を数えた所で突如射撃がやむ。


「終わったか?」


「どうでしょう?」


 突如止んだ射撃に疑問を持ちながら京也は森を凝視するが、暗い森の奥を見渡すことはできない。


 そんな時、森の奥からガサガサと物音が聞こえだす。


「京也さん? なんか向かって来ますよ?」


「なに!?」


 相変わらず緊張間の無い風子の指摘に、驚きの声を上げ京也は再度森を凝視する。


 それと同時に、森から一人の栗色の長い髪の女がものすごいスピードで京也の方へ突っ込んでくる。


 白無垢のような着物を着た女は、持っていたナイフのような刃物を逆手に持ったまま、京也に近づき横一線に切りつける。


 来ることが解っていた京也は、どんな攻撃かはわからなかったがとりあえず後ろに向かって飛んだ。


 その甲斐あり、横なぎの一線を回避した京也だったが、戦闘経験など無い京也はそのまま尻餅をついてしまう。


 切りつけてきた女がそんな隙を逃すはずも無く、素早く京也に近づき馬乗りになりると、両手に持ち変えた刃物を顔に向かって振り下ろす。


 振り下ろされた刃物を、身動き取れない京也はすんでのところで女の腕を掴んで止める。


 これだけでも普通の人間である京也にしてはたいした反射神経ではあったが、女はあきらめることなく腕に力を加え続けた。


 思った以上に強い力の女に、力負けした京也の顔に徐々にナイフが近づいていく。


「やめ、ろ・・・」


 京也が静止するための声を漏らすが、女の手から力が抜かれることはない。


『やめなさい、人間よ』


 そんな二人が攻防を続けていると、突如脳内に声が響く。


 その声に驚いたのか女の力が一瞬抜け、それを逃さなかった京也は顔を横にして、ナイフの方向をそらす。


 思い出したように力を入れなおした女だったが、ナイフはそらされたまま下ろされ、地面に突き刺さった。


 耳元に刃物が刺さる音にヒヤッとしながら女の方を向くと、女は苦い表情をしながら地面に刺さった刃物を抜こうとしていた。


 しかし、たいして深く刺さってるわけでもない刃物は何故か抜ける気配が無い。


『やめなさいと言っています』


 二人の間に再度声が響く。


 女は再び驚いたようで、あたりをキョロキョロ見回していたが、京也には初め同様驚いた様子はない。


 京也にとってこの声を聞いたことがある声だったからだ。


「ソウか?」


 昨日話た土地精霊の姿を思い出しながら辺りを見回すと、二人の近くに昨日と同様民族衣装を着たソウが立っていた。横にはちゃっかり風子も要る。


「助けてもらったのはありがたいが、なんだそのしゃべり方は?」


 見た目も声も一緒なのだが、昨日会ったソウとはまるでしゃべり方が違っていた。


『何を言っているのですか、人間よ。私はなにも変わっていません』


「いやいや、昨日は普通に『何々ですねー』って普通に話してただろ?」


『そんなことはありません』


「またまたー。な、風子? いつもと違うよな?」


「うへっ!? 私ですか!? いや京也さんあの・・・」


「ソウはこんな偉そうな喋り方じゃなかったよな、もっと小生意気な感じで・・・」


 さっきまで襲われていた緊迫した状況はどこへやら、京也は昨日と様子の変わったソウの口調に眉をひそめる。


 一方その頃。


 馬のりになった状態だった女は、京也の目線の先に居る神々しい存在に、固まってしまっていた。


 しかも京也に対して頭に響いてくる声の主は回答しているように見えるだ。


 交信者として学んできた彼女には、それらが全く理解出来なかった。


 そんな女の気などしらないまま、京也とソウは会話を続ける。


『何を言っているのかわかりません。人違いではありませんか?』


「いや、こんな風貌の精霊他にいないだろ。昨日の今日でもう俺のことを忘れたのか? 精霊っていうのも案外忘れっぽいんだなー」


「きょ、京也さん!」


 青筋を浮かべてひきつった笑顔を浮かべたソウが反論するが、京也は先ほどまでの緊張が一気に解けて気が抜けており、突然現れたソウの話し方にしか意識が向いていない。


 それにくらべて傍から見ていただけの風子は冷静に自体を判断することが出来た。


 今のソウしゃべり方は信仰対象としての精霊の立ち居振る舞いであり、人間がいる手前、普段道理京也に接することが出来ないのだということに。


「いや、ソウのおかげで助かったんだけど、忘れられるってのも残念だな」


『ですから・・・』


「ていうか、依頼が終わったら時の精霊の件聞く予定だったんだから忘れてもらっても困るんだが」


『・・・』


「おい、ソウ?聞いてるかー?」


 ブチッ


「ヒィ!?」


 だまり込むソウを不審に思い、問いかけ続ける京也の耳に、何かが切れる音と風子の悲鳴が響く。


 風子は即座に上空に飛び上がり、女は直感からか、何かしらの恐怖を覚えたのか焦った様子で京也から飛びのき距離をとる。


 そんな人々様子を見て、やっと京也は冷静に事態を見ることが出来るようになる。


「あ、あのソウ?」


 そしてソウを見て肩震えていることに気が付く。


『・・・』


「あ、あのー悪かっ・・・」


『なんで空気読めないんですか! あなたは!!!』


 京也が謝罪を口にし終わる前に、ソウの怒号が頭に響き渡る。


『あの風子さんだって空気を読んでいるというのに!! あなたときたら!!』


 ちなみにこの声は意識の伝達によって伝えられる為、距離や言語に関係なく本人の頭に直接響き渡り認識させられている。


 しかも今のソウは怒りのあまり対象を絞っておらず、全域へまき散らすように意識を飛ばしていた。


 つまり、近くに居た女はもちろん、上空に逃れた風子にまで響きわたり、感情のままに叫ぶソウの声はそれこそ飛ぶ鳥(風子)を落とすほどの音量で響き渡っていた。


『人がせっかくぎりぎりのタイミングでカッコよく登場したのに台無しじゃないですか!?』


 すでに存在の近い風子は地面に落ちて白目を向いているし、女と京也は頭が割れるような頭痛を感じて気絶寸前だが、ソウの怒りはこんなものでは収まらない。


『だいたいあなたには精霊を敬うという考えはないんですか!? しかも・・・』


 その後もソウは怒りのままに京也に対する文句を全域に向けて放ち続ける。


 しかし、最後まで彼女の声を聞き続けることができるものは精霊を含めて誰も存在せず、辺りにはソウの怒号だけが轟続けるのだった。

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