第11話 孤独の王と、彼の妹


 シラクスの町で、王はぽかんと口を開けていた。

 立ったままいた。


「行って、しまうのか………メロス」


 権力争いの中では、家族のつながりなど、弱みだった。

 弱点でしかなかった。


 血のつながったものを、手にかけた。

 政治の上での、敵、いや、自分に従わない厄介な者だった。

 それは―――権力争いの中では、珍しくもない。

 前例があることだった。


 ―――だから、自分は悪くない、そう思ったのか?


 最初に処刑をしたとき、残虐な王である自分を、誰も止めなかった。

 自分もまた、誰の目も、直視できなかったが。



 何人も処刑し、妹も手にかけた。

 あれの、気持ちがわからなかった。


 ―――まあ、もう人殺しである自分を見る女など、いないだろうが。


「刑にかけたのは―――相手が憎かったからではない」


 恐ろしかったのだ。

 自分が、いつ殺されるか―――次は誰か---いや、自分かと。

 自分かもしれないと。

 そうであるに違いないと、そう思うことが備えであると。

 誰が自分を憎んでいるかわからない。


 一端堕ちれば、もう堕ちるしかなかった。

 今さら、善良な人間に戻れるわけもなく。



 ああ、儂も―――どこか、一般の、村の人間として、生まれていれば。

 年端も行かぬころから王となるべく教育のかごの中にいなければ。

 ああなれていたのか、と

 メロスを見て、王はそんなことを想った。


 ああ、そうさ。

 今の自分が決して素晴らしいものでないと、鉄槌が下ると、知っていた。

 真の王ではないと知っていた。

 しかし決定的な罰を与えてくれるものが、周囲にはいなかった。


 怒りはやがて収まったが、別の感情が沸きあがってきた。

 これは王が経験したことのない種類のものだった

 メロス。

 あのものがいなければ、気づけなかったかもしれない。

 受けたのは鉄槌ではなかった。


「―――おい、そこの、衛兵よ」


 王が呟く。

 暴君だった王に呼ばれ、びくりとする若い兵。


「え、あ………申し訳ありません!今すぐ、馬をそろえ、奴をメロスを追いかけます」


「いい、いいのだ―――それよりも儂を、儂に手かせを。………儂を牢に入れるのだ」


 王はゆっくり、兵に両手をさし出した。

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