第10話 妹の二次会に向かって

「メロスゥ!」


 セリヌンティウスは叫んだ。

 嬉しさのあまり泣き出しそうだった。

 ああ、やっぱりメロスはなんだかんだ言って友人なのだ。

 心の友。

 妹を連れ回してもいいよな?


 あの男は時折り、いけすかない言動で刺してくるが、かけがえのない、半身のような存在で。

 あいつと一緒でない時間は、そりゃもう寂しかったよ。


 馬の大群、山賊たちに、怯む兵たち。

 広場の野次馬だった民衆も、てんやわんやの大騒ぎである。






「メロス………!メロスめぇええ!メロスぅううううう」


 一方、悪王ディオニスは怒っていた。

 怒り狂い、その皺が刻まれた額から、血管が浮き出んばかりの、紅潮具合。

 気に食わない。

 気に食わないのだ、あの若造が。

 若さが気に食わない。

 自分よりも眩しい笑顔が気に食わない。

 同じような背丈の友人を持つ者が気に食わない。


「掴まれ、セリヌンティウス!」


 メロスは馬を駆り、広場中央、処刑台を走り抜け、その際、友人セリヌンティウスの腕を、がしりと掴み、馬に引っ張り上げた。


 二人を乗せた雄々しい馬は、そのまま出口まで向かう。


 王はその様子を見て、それから、口をぽかんと開けている兵どもを見て、はっとした。


「お前たち、何をしておるか!追え!追えぇええ!あの平民を―――処刑せよ!王の重圧など一粒も理解しておらん者を」


 弾かれたように、槍を構える兵たち。

 走り出したその兵は、山賊が体当たりしてすッ転んだ。


 脱兎のごとく。

 町の出口まで向かう、大通りを走る。


「通るぞ、ちょいとごめんよォ!皆の衆!」


 町人に向かい、声を張り上げる。


「メロス、お前ってやつは、信じていたぜ!」


 セリヌンティウスの目の端に、涙がにじんだ。

 涙よりも喜びが勝ったが。


 メロスはにやりと笑う。



「村まで帰るぞ、このまま―――俺はまだやることがある。これから二次会だよ。俺も何か祝辞しゅくじを述べたほうがいいだろう。妹のために」


「二次会………メロスよ、二次会とは何だ」


「村に戻るんだよ、セリヌンティウス。それで、俺の妹の結婚式の二次会だ。久々にうまいものが食えるぞ、喜べ」


「へぇ―――では美味い肉が食えるか、ひさびさに、上等な肉が。そりゃあ楽しみ―――いやいや、待てメロスよ―――、ちょ、待てよ!メロス」


「むう?なんだ」


「妹を結婚させるって―――そんなすんなり許していいのかよ。止めたりしないのかよ」


 メロスの表情は普段通りに見えたので、それがセリヌンティウスからすれば、心をざわつかせるに足るものだった。

 今晩は居酒屋で何を食べるか、等と話しているときの表情と変わりないのだった。


「妹が律儀な青年と式を挙げたのだからいいだろう。―――お前とするんだったら止めるけど、必死で」


「えええー………俺、駄目?」


「だってお前となんか義兄弟みたいのは、なんか嫌だ………」


 メロスは複雑な心境であった。

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