第9話 妹の村から走り、日が沈む前に---

 シラクスの町。


 陽はまだ高かった。。黄金色の光が、まだ天に昇っている。

 そのまばゆい光はいずれは落ちて、地平線に吸い付く、夜が訪れるだろう。

 暴君は闇の目でセリヌンティウスを見やる。



「セリヌンティウスよ、陽が沈む前に言いたいことはあるか」


セント・ルチアの祭りにもう一度行きたい」


「くく、どうした元気がないな」


「俺はいつもこんなだよ」


「強がるな、本当は友が助けに来ず、心が砕けておるのだろう」


「………まだ時間はあるぜ王様よ。」


「来なかったらどうする、どうするんだ」


 王は笑いが出てきた。

 同じだ。

 同じ同じ。

 処刑される者たちもそうだが。


 はいはい言って従うのみの家臣たち。

 御機嫌取り。

 結局は紋切もんきがた



 いつからか、儂は感じ始めた。

 これが―――自分の手に入れた、王というものなのかと。


「メロスが来なかったら来なかった、さ」


 セリヌンティウスの声色は、激しくない。


「………………大したことのない男よ。お前も、こうか、所詮は皆、こんなものよ」


 王は言いながら、苛立ちを覚える。

 セリヌンティウスの落ち着きよう、表情。

 そこには安堵すら漂う。

 この男は国王である私よりも、あの若造、メロスを想っているのだ。

 戻ってこないのに―――。


 まあ良い。

 今日のセリヌンティウスの処刑。

 あとでプラトンにでも言いふらすとしよう。

 人間の本質に関して、また新たな境地が開けるかもしれん。


 追い詰めてやらねば、人は変わらぬ。


 そう思っていた王。



 やにわに、向こうが騒がしくなった。

 それは最初、大太鼓の音か、と思ったが。

 人々の悲鳴が聞こえる。

 徐々に地鳴りが大きくなり、暴君はしばし、姿勢を崩しかけて、とどまった。。



 広場に馬の大群にのった男たちが現れる。

 なだれ込んでくる。

 広場に少数待機していた警備の兵たちが、緊張する。

 手にしていた槍を握る腕に、力が入る。


「ふん、血気盛んな若造か―――、こんな日に何の用だ」


 王は呆れた。

 町の治安が悪くなっていることはあらかじめ知っている。

 が、知る顔が視界に入った。


「我こそはメロス!間に合ったぞ、王よ」


 馬に乗って、思いのほか雄々しく先陣を切ってきたのは、他でもない。

 メロスだった。


「なっ―――!」


 暴君ディオニスは驚いたが、すんでのところで表情は変えない。


「メロスよ、そう来たか」


 セリヌンティウスはやや苦笑い。


「王様よ―――驚かれたか。まあ、なんだ。驚くよなぁ………しかし、つまり。こういう奴なんだよメロスは」


 セリヌンティウスは、この勇敢な友人の状況を完全に予想できたわけではない。

 むしろ予想外。


 一番驚いたのは彼だったりする。

 しかし、セリヌンティウスの目線と表情は、どこか誇らしげだった。

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