第8話 山賊とメロスと妹と 二


 山賊たちが何やらひそひそと、話をしていた。

 どうも、見せたメロスの妹の肖像画の件らしい。


「なあお頭、メロスのさぁ、妹にコクッたらどうですかい?お頭、この前の飲み会で俺は年下もイケるんだって言ってたじゃあないですか」


馬鹿バッ………おま、やめろよ何言ってんだ、俺ロリコンじゃねーし!あれだし、もっとオトナの女性れでーが好きだし」


 山賊のお頭―――いや、山賊の首領は挙動不審に陥っている。

 俺ロリコンじゃねーし、と激しく連呼し始める山賊首領。


「おかしら、やっぱすげぇっす」


「イカすっス」


 部下たちは称賛するが、メロスはなんとなく、声をかけることをしなかった。

 ていうか、盛り上がるとこなのか?これ


「でも………まぁ、たまにはロリもいいけど………うん、たまには、どうしてもっていうならな。俺の、腹までの、くらいの背の高さの………小さい子がさ。いや、たまにはだよ?マジじゃねーから、全然優先度低いから」


 山賊の子分たちは、なんだか不安そうに彼を見る。

 首領は小声だった。

 囁くような。

 しかし、妙に聞き取りやすい。


「そういうは可愛いと思うけどそれは恋愛のアレじゃあねーんだよ、そういう付き合うとかじゃなくてアレだろ、守ってあげたい―――という感情に、守ってあげたい的な心境になんだろ、お前ら?」


「なります!俺っち小さい女の子ストライクっす!」


「俺もロリコンですよ、お頭!」


「バッ………!ばか!ばーか!ロリコンじゃねぇっつってんだろ、だから!」


 なまじ全員が馬に乗って、氾濫した川を思わせる足音の合間に行われた会話であるので、声がでかい。

 お前ら声がでかいよ。


 いらない情報がある。

 この世にはいらない情報がある。

 別に知りたくもないし、知っても別に得もしないし楽しくもない情報がある。


 メロスの悩みの種が増えた瞬間であった。

 彼の妹は器量良しで、単なる身内びいきかもしれないという兄の心配をよそに、実際可愛く、それがそっくりそのまま兄の心労に直結していた。

 妹が可愛すぎるのも考えものなのである。

 あいつの身長は腹くらいまでではなかった。

 もう少し、ある。

 俺の胸か、乳首くらいまでの高さはあったように思う。

 ………いやいや。



「山賊の首領よ………肖像画、見せただけだぜ。妹が山賊さんたちを気に入るかどうかは、妹に聞かないとわかんねえな」


「そうか」


「まずはその毛深いのを何とかしないとなー、山賊の皆さん、何日も風呂に入ってないんじゃねえのか。不潔なのキライだからな、妹は。毎日髪を洗っていなくては。臭ければ犬でも蹴り飛ばすぞ、あいつは」


 そう言うと少ししゅんとした山賊たち。

 首領の頭は油で艶めいていた。

 臭いはそれほどしなかったが―――。


 だが強めに言った方がいいと、メロスは思った。


「この前風呂に入り損ねて帰ったとき、あいつ俺に何したと思うよ?平手打ちで牽制けんせいしてからの回し蹴りだぜ、信じられるかよ?実の兄に向けてだぜ?この頬を見てくれ、まだおそらく、跡が残っている、妹の脚の」


 あまり可愛い可愛いと盛り上がると、妹にしつこく付きまとってくる。

 だから悪評を。

 広めないと。

 セリヌンティウスはその前例でもあった。


「風呂に入ったら妹を紹介してくれ!」


「床屋に行くから!そうしたらこの子と付き合えるんだな?絶対だな?」


 山賊がそんなこと言うもんだから


「ごめん妹は山賊は無理だって。言うの忘れてた」


 アホだなぁ。



 ………馬鹿らしくなってくる。

 すべてが。

 馬に乗ったからだろうか。

 鹿はいない。


 ………私もそのアホで馬鹿なのだ、妹のためである、こうして走ることになったのは。

 私の命なぞは、問題ではない。


 男は女に惚れるのではない。

 男は女の前で馬鹿になるのだ。


 そしてそれは重要で大切なことなのだ。

 たぶん。


 いつの世も。

 今も、昔も、西暦二千年を過ぎても。


「シラクスの市でも、日本でも―――およそ避けられないことなのだ………」


「メロスよ、というのはなんだ」


「さぁ………」


 なんだろう。

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