第5話セリヌンティウスは牢で友人の妹を想う



 とらわれの身であるセリヌンティウスは、牢屋の中で思った。

 無実の罪、冤罪えんざいの類でもなく、俺は周囲の罪人と同じ扱いを受けている。

 隣の牢屋からの、呻きとも咳払いともつかぬ、奇妙な声を聞きながら思う。

 何故こんなことになったのか。


 メロス、あの色々と大雑把で読めない性質の、我が友人よ。

 メロスは何故自分を人質として、牢獄の中に送りこむことを選んだのであろうか。


「………メロス、メロス。奴は俺のことを鬱陶しいうつけだと思っていたのか。回想してみれば、俺もやり過ぎなところはあったが―――やはり妹御のことをしつこく迫ったのがいけなかったのだろうか」


 セリヌンティウスは、思い当たることがあまりないが、それでも一つか二つはあった。


「妹と付き合わせてくれと二百回ほどは言ったが、うむ……やはりまずかっただろうか」


 思い当たることの中ではそれが一番悪道あくどい行いだった。

 一つではあるが、実質二百回くらいなのであった。



「まあしかしだ、許容範囲内だと思われる。それともあれか、あれがいけなかったか。あの妹が七つの時に、その時点であまりにも可愛らしかったものだから、俺がやや調子に乗って―――」


 ぎぃ、と地下牢の扉が開き、王が従者じゅうしゃと共に、苦悩のセリヌンティウスを見下ろした。

 逆光で表情はあまり見えなかった。

 開口一番、王は


「二百は多いじゃろ」


と言い、まあそれはさておき、言葉を紡いだ。


「メロスの友人―――セリヌンティウスといったか、どんな気分だね」


 王は、暴君ディオニスは言う。


「王様よ、メロスは見えたか、村まで走っていったメロスは」


「………城壁の塀からはそれらしい報告はない」


「王様よ―――」


 言いなりになっていてはどうせ死ぬ。

 ならば、と彼はやや踏み込んだ。


「俺を殺してなんになるのだ―――この先に何がある」


「くくく、殺してやるしかない、皆同じだ。殺してやると決めれば皆命乞い。命それだけ、それだけ………命が惜しいか、メロスは何というだろうな」


「それと、あんた―――この国で一番偉い人だな、それで―――友と呼べるものはいるかい?」


「友………」


 王はあまり表情を変えなかった。


「友は…王に必要ない。友は、対等と呼べるものだろう、並べるものだろう、国で一番偉いものは頂点である。上に立つ私にいないのは必然」


「………何か思わないのかい、悲しいとか、寂しいとか」


「………」


 王は思いをめぐらした。

 立派な王になれ、と周囲の期待を背負った王は勉学に励んだ。

 様々な思惑が渦巻く権力争いの中、上に登りつめる中で、人は信じられなくなった。


「メロスの友よ、お前の友も結局のところ悪しき男よ、お前を身代わり、置き去りにしていった」


 王はにやりと笑った。

 結局のところ皆同じだった。

 友は裏切らないと大声でわめくのが常であった。

 そして結局のところ誰も助からぬのが宿命よ。


「国王陛下、どう思うかと質問したのだが」


「わからんな、そういう感情の機微は―――庶民が大事にしそうなものではあるが」


 セリヌンティウスのいう悲しさというものがあるとすれば、それは王が生まれた直後からであった。

 王はそれに頭頂部まで浸かりきって、慣れていた。


「セリヌンティウスよ。まだあの男を信じるか、必ず戻ってくると」


「信じるね………たとえ戻ってこなかったとしても信じる」


 王は眉を動かした.。


「ほほう、戻ってこなかったとしても?それでは破たんしているではないか、滅茶苦茶だ。そこまでのおろか、馬鹿だったとは」


「距離からして、三日あればできる。不可能ではない。それは王様よ、少し調べればわかることだろう」


 王は口を動かさない。


「仮に―――できなかったのだとすれば理由があるはずだ、何か事故でもあったか、偶然の―――それとも故意の」


 悪の王の手下が襲い掛かるなどの。


「はははは!はははは」


 王は笑った。


「いい、いいのう―――」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る