第4話メロスは式を終える。妹のために

 メロスがぶっ倒れた次の日に、件の、妹の結婚式は恙無つつがなり行われた。


 途中色々とあったが、とにかく妹は結婚したのである。

 色々とあったがね。


 その、の部分を説明した方がいいだろうか―――例えばメロスが妹だけでなく花婿にも話を通そうとした時の事件であった。


 花婿。

 妹の結婚相手。


 彼の家に押し掛け、動揺している男に向かって「急な話ですまない、必要なことだ、今日、結婚してくれ!」と迫ったメロス。

 突然の変質者の訪問と、しがみつかれて身の危険を感じた彼に平手打ちからの回し蹴りを喰らうなどという一連のくだりがあった。

 何はともあれ、とにもかくにも式は執り行われた。

 メロスの顔はまだ少し赤く腫れ、痛かった。


 妹や婿むこ殿との挨拶もそこそこに、メロスは走って帰らねばならなくなった。

 王との約束を果たすために。



 妹の結婚式の描写はあまりしないこととする。

 メロスは複雑であった。

 嬉しいとは違う。

 確かに式を挙げる本人―――妹と婿は嬉しそうであったが。

 人生の節目、めでたい門出かどで

 この上なく、幸せなのであるが。


「何が悲しくて妹が男とくっつくところを見なきゃならんのだ」


 メロスは走った。

 走りながら想った。

 走りながら疲れると―――いやさ、暇になりかかると、それを忘れたいがために色々と独り言をつぶやく。


「何が悲しくて―――ええい!―――まあ、いいのだがな」


 祝う。

 ええ―――祝うよ祝うが、祝いはするが。


 兄である俺はただ走っているだけではないか。

 走っているだけであり、誰かが見ているわけでもない。

 応援されているわけでもない――――むしろほくそ笑んでいるだろう、 

 あの王は。

 こんな話はない。

 こんな話があったとして、説話せつわがあったとして。

 売れるだろうか。

 俺は売れるとは思わんがな。

 誰が買うのか。


「あぁ、はいはい―――そこまで言うなら祝います、祝いますよと」


 だが、そもそもなんで走っているのか。

 何故俺が普段ならばのんびりと友と行くこの道を、息を切らして走っているのか。

 ああ、俺が王様を咎めたせいである。


 自業自得だ。

 まさしく、自業自得だ。

 いや、王様は悪だ、俺のやったことは間違ってはいない。

 畜生、損だぜ。

 足が痛い。

 足に巻いた皮布が破けている。

 しんぞうが痛い。

 水が飲みたい。






「おにぃさーん、ちょっと俺らとお話しなぁい?」


 気づかなかった。

 気づくのが遅くなったのだ。

 ぐるぐると考えているうちに、メロスは囲まれていた。

 毛並みが野獣じみた馬に跨った男どもが寄ってきていたのに、気づくのが遅かった。

 見るからに、山賊崩れの男どもである。

 まさか、こんな時にこんな者たちに―――と、メロスは冷や汗をかいた。

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