プロローグ

ピザ鳩

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 彼の誕生日にこうやって墓の前で手を合わせたのは、確か2年・・・いや、3年振りだったかな。

 翔の墓に来たのは今日が3回目、納骨の時とその翌月の翔の二十歳の誕生日の時

以来だ。僕は未だにかけるがこの世にいない事実をまだ完全に受け止められずに墓の

前で静かに手を合わせた。

 翔の人生は19で止まってしまったが、僕は今も心臓が鼓動を打つたびに、生きて

しまっているというどこにも向けることのできない罪悪感を感じることがある。

「お前の誕生日だからか、今日のライブはなんか照れくさくも思うし申し訳なさもある。でもお前のあのノートはお前が死んでも俺が大切にしてる。だからもう少しの間俺に貸してくれ。」

 と、普段の口調では、翔と会話する中では絶対に言わないような言い回しで墓に語りかけ、その場を後にした。

 僕の家族と翔の家族が一緒に墓参りに行ったのは、納骨の日以来だったから、これはこれで何とも言えない懐かしさに僕は包まれた。

 もう少し実家でゆっくりして、両親や翔の家族とも話したかったが、あと2時間

ちょっとで下北沢に戻らないと今日のライブに間に合わなくなる。ライブ自体は夜からだけど、リハーサルだったりチケットの精算だったりで、18時スタートのライブだけど14時にはライブハウスにいないと怒られてしまう。

 実家からライブハウスまでは急行に乗れれば1時間もしないで着くので、あまり焦

りはしていない。こういう時、実家が田舎ではなく東京の郊外で良かったと思う。大学に入ってすぐの頃は、田舎から出てきた同級生の話を聞いたときは遠い地に故郷があって羨ましいと思ったけど、最近はそう思うこともなくなった。

 親父とお袋、それと翔の両親と翔の姉さんに挨拶して僕はライブハウスに向かった。


13:48

 思ったよりも早く着いた。

正直遅刻覚悟だった。間に合うように家を出たから時間通りにつくのはあたり前なのだがいつも利用しているJRの線路に男性が入り込み、安全確認のために電車が運転を見合わせてしまったため、再度運行するのには相当な時間がかかるとおもっていたから間に合ってよかった。

「お疲れ様です。今日もよろしくお願いします。」

と店長にいつもの素っ気ない挨拶をして僕は楽屋に入る。何度もこのライブハウスには出させてもらっている身分なのに、自分でも素っ気ないと思っているが、未だにここの店長さんは左腕に入った虎と首に入った筆記体の英語のタトゥーが怖くてなかなか深い関係になれずにいる。だけど、この前までは首のタトゥーには筆記体では無く細く美しいアルファベットで書かれていた"R.I.P"の文字はなかった気がする。すこし気になって聞いてみたくなったけどこれがもし、大切な友人や最愛の恋人の名前だったらと思うと多分今の僕の立場じゃ聞くことは一生をかけてもできないだろう。

 楽屋には、今日の対バンのメンツが既に集まっていた。

 と、思ったら主催のバンドのドラムがまだ来ていなかった。そう思ったときに、ボーカルの携帯に遅刻すると連絡が入ったようだ。何度か一緒にライブをしたことがあるけど彼が時間どおりに来たことって・・・・あれ?彼は毎回遅刻していないか?

でも、そんなことはメンバーが一番知っているだろう。適当に怒鳴りながら電話を切って笑っていた。メンバーからはちゃんと信頼されているみたいだ。

 10分後にドラムの彼がやってきた。遅刻のお詫びと言わんばかりに、参加者と音響や照明のスタッフの皆さん全員分の安い缶コーヒーを買ってきてみんなに笑いながら軽く頭を下げながらひとりひとりに配っていた。こういうちょっとした気配りのできる人だから遅行の癖さえ無くせばすぐに彼女のひとりやふたり簡単にできるんじゃないかなど下世話なことを考えた。彼に彼女がいるのかさえ知らないのにそんなことを思ってしまった。

 出演者が全員始まったところで、リハーサルが始まった。リハーサルは出演順とは逆の順番で行うのでトリの主催バンドが最初にリハを行い、トップバッターの僕が最後にリハを行う。リハの間は各自いわゆる自由行動なので、僕はライブハウスの外にあるすぐ近くの喫煙所で時間を潰すことにした。

 白を基調に、中央の赤丸の中に黒い文字で商品名が書かれたタバコは翔が17の秋から吸っていたタバコでもある。あの時は吸うもんじゃないと止めていたが、去年の夏から僕も吸うようになっていた。吸い始めた理由は学生がタバコに手を出した時みたいに「なんとなく」だから深い理由なんてない。世の中のタバコを吸っている人の大半がなんとなく吸ってるんだろうと思っている。

 1本目を吸い終えて、ドラムの彼からもらった缶コーヒーを煽り2本目に手を伸ばした時にタトゥーの店長が喫煙所に入ってきた。

「お疲れ様です。」

「おう、おつかれぇ」

相変わらず店長の挨拶はどこか気が抜けるようなゆるい挨拶だ。喫煙所のいるのは僕らふたりだけなので、必然的に。というか店長の方から世間話を振ってきた。

 最近の調子や、景気の悪さなど在り来りな話でつないだ。世間では数多くのバンドがいるというのに、最近の売上げは90年代のバンドブームの時と比べては半分近くに落ちてしまっているらしく、このままだと来年の今頃にはライブハウスを閉めてしまうかもしれないという話までしてきた。来月にはとある有名バンドがツアーでこのライブハウスを利用するのでそれが起爆剤となり売上げがまた伸びてくれることに今は一番気合を入れていることまで教えてくれた。

「そういや、お前の曲って歌詞と曲調がアンバランスだよな。何度もライブに出てるし、徐々に知名度が上がってきたから聞いてみるけど、あれってわざとやってるの?」

急に話題は僕の曲のことに急旋回した。

「いや、わざとというか・・・僕はああいう曲しかできないんです。それに、歌詞は僕が書いたものじゃないんで何とも言えないですね」

「じゃあだれが書いてるんだ?」

「俺の親友です。でもそいつ自殺しちゃっててこの世にはいないんですよね」

別に傷つくような話じゃない。もう何度かこの手の話はしてきてるので淡々と話してしまった。

「そんな漫画みたいな話あるんだな。あと、なんかすまんな」

店長が素っ気ない驚きと若干の謝罪をした。

「でも、俺お前の歌結構好きなんだよな。妙に耳に残るキャッチーなメロデイーと文芸書みたいな堅苦しく世間に向けて叫んでるような歌詞が。」

まさかこんなにも身近な人から曲の評価を、しかも批判的ではない評価をもらって僕は少しの間固まってしまった。

「あ、ありがとうございます。まさか・・そんなこと言ってもらえるなんて。嬉しいです。」

正直、嬉しいよりも驚きが上回っていたので、また素っ気ない返事をしてしまったと言い終わったあとにすこし後悔した。

 それから、徐々に僕を見に来たくてお客さんが来てるとか、スタッフは大半の人が僕の曲を好きだと言っているとか普段僕が生活していく中では聞くことのできない話ができた。店長とすこし距離が縮まった気がして嬉しかった。自然と僕の表情も柔らかくなっているとわかった。

一通り話が終わったあとに僕が今日一番に思った疑問をぶつけてみることにした。

「そういえば、首のタトゥー。また新しく彫ってましたましたねそれって・・・・・・」

突然店長の携帯が軽快な音を鳴らした。着信が来たらしくそのまま電話に出て、僕に手を振ってわかりやすい作り笑顔で喫煙所を出て行った。

 僕が振った話題が悪かったわけではない。たまたま着信が来ただけだったが、なんだかそれ以上は踏み込んでは行けない気がした。もしそれ以上のことを聞き出してしまったら。修復不可能な関係になってしまうと思った。書きなぐったような筆記体の英語のタトゥーは女性の名前のような字とその横に小さく向日葵の花が彫られていた。

 もう1本短くタバコを吸ったあとは楽屋に戻りリハーサルの準備をした。

 リハーサルはいつもと同じように10分弱で簡単に終わった。他のバンドとは違い、僕は弾き語りなので、自分のギターの音と歌とギターの音のバランスを見るくらいなのでそんなに時間はかからない。

 僕のリハーサルが終わって20分後にお客さんがライブハウスに入ってきた。150人くらいしか入らない小さなハコだが、今回は売り切れ間近だったらしく。たくさんの人がいる。ここまでたくさんの人の前で演奏するのは初めてかもしれない。緊張してきた。

 スタッフから合図があったので僕はライブ前に必ずしている2回の深呼吸と2回転半の肩回しをしてステージの袖に立った。

 BGMで流れていた昔のメタルバンドの音楽が止まり、僕の入場のSEが会場を包み込むように流れる。

 ステージの中央のマイクスタンドまで静かに近づきギターをかけ、軽く片手を上げ音響さんにSEを止めてもらう合図を送る。

「天野和です。今日はよろしくお願いします。」と、いつもより少しだけ、ほんの少しだけ笑顔で自己紹介をすると、1曲目のイントロの2カポのAマイナーセブンスを優しく鳴らした。








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