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 その後、一度も足を止めることなく走り続け、三人はT君の家に転がり込んだ。帰り道は下りだったこともあって、ありがたいことにあっという間だったという。

 畑仕事を終えて家の中にいた母親が、ぽかんとした顔をしてどうしたのとたずねてくる。

 三人は顔を見合わせると、

「なんもない、追いかけっこしてただけや」

 と、T君が答えた。

 そもそも峠に行ってはいけないと言われていたし、そのうえ勝手にひとの家に入ったとなれば、ひどく叱られるのは目に見えていたからだ。

 時刻はすでに夕方になっていた。

 その後すぐにそれぞれの親が迎えに来て、友達ふたりは大人しく帰っていった。

 T君はその日の夜以降、あまりにも怖くてしばらくひとりでは眠れなかったそうだ。

「両親は元々畳の部屋で寝ていたので、そこに自分の布団を持ち込んで雑魚寝してました。たぶん夏休みの最後の一週間ぐらいだったかな。それで学校が始まるとすぐに、僕たち三人がお化けを見たって話題で持ちきりになりました。友達のひとりが言いふらしたんです、キャンプ場で見たって。

 僕ももうひとりも、特に訂正しませんでした。なんとなく、ほんとのことを喋るのはまずい気がして」


 二学期が始まってから一か月ほどが経った十月のある日、T君が学校から帰ってくると、母親が妙に上機嫌だったことがある。

 見ると、台所に置かれた大きな木の食卓に、いちごのショートケーキが載っていた。

 あれ、珍しくひとりで買い出しにでも行ったのかなとT君が不思議に思っていると、母親がこんなことを言う。

「このケーキな、今度あの峠の家に引っ越してくるひとからもろてん。お世話になりますて、さっき挨拶に来はったわ。これ、おいしいわあ。あんたの分もあるから手洗っといで」

 え?

 まさか。

 びっくりしたT君が固まっていると、

「もう今月末には越してくるらしいで。なんや仕事の関係でばたばたして、遅くなったて言うてはったわ。奥さんと、あんたと同じ年の男の子がおるんやて。来たんは旦那さんひとりだけやったけど」

 母親が話を続ける。

「スーツ着た普通の男のひとやって、うちのお父さんよりちょっと若いんちゃうかなあ。にこにこしてはって、愛想のええひとやったわ」

 

 しかし結局、翌月になっても誰も引っ越しては来なかったそうだ。


「…え? その峠の家ですか? もう何年も前に取り壊されましたよ。急に工事が始まって、一週間ぐらいでしたかね。

 この間、久しぶりに実家に帰ったら、たまたまその家の話になったんです。母親が、越してくるはずだった一家は結局どうしたんだろうって。そしたら、あんなところに家を建てるのがそもそもおかしいって、また父親が言うんです。あんな、墓のあった場所にって。

 昔、親がふたりで峠に登った時、あそこにはお墓が三つあった、そんな場所だって、そう言ってました」

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峠の家 鈴木タロウ @tttt-aaaa

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