6
その後、一度も足を止めることなく走り続け、三人はT君の家に転がり込んだ。帰り道は下りだったこともあって、ありがたいことにあっという間だったという。
畑仕事を終えて家の中にいた母親が、ぽかんとした顔をしてどうしたのとたずねてくる。
三人は顔を見合わせると、
「なんもない、追いかけっこしてただけや」
と、T君が答えた。
そもそも峠に行ってはいけないと言われていたし、そのうえ勝手にひとの家に入ったとなれば、ひどく叱られるのは目に見えていたからだ。
時刻はすでに夕方になっていた。
その後すぐにそれぞれの親が迎えに来て、友達ふたりは大人しく帰っていった。
T君はその日の夜以降、あまりにも怖くてしばらくひとりでは眠れなかったそうだ。
「両親は元々畳の部屋で寝ていたので、そこに自分の布団を持ち込んで雑魚寝してました。たぶん夏休みの最後の一週間ぐらいだったかな。それで学校が始まるとすぐに、僕たち三人がお化けを見たって話題で持ちきりになりました。友達のひとりが言いふらしたんです、キャンプ場で見たって。
僕ももうひとりも、特に訂正しませんでした。なんとなく、ほんとのことを喋るのはまずい気がして」
二学期が始まってから一か月ほどが経った十月のある日、T君が学校から帰ってくると、母親が妙に上機嫌だったことがある。
見ると、台所に置かれた大きな木の食卓に、いちごのショートケーキが載っていた。
あれ、珍しくひとりで買い出しにでも行ったのかなとT君が不思議に思っていると、母親がこんなことを言う。
「このケーキな、今度あの峠の家に引っ越してくるひとからもろてん。お世話になりますて、さっき挨拶に来はったわ。これ、おいしいわあ。あんたの分もあるから手洗っといで」
え?
まさか。
びっくりしたT君が固まっていると、
「もう今月末には越してくるらしいで。なんや仕事の関係でばたばたして、遅くなったて言うてはったわ。奥さんと、あんたと同じ年の男の子がおるんやて。来たんは旦那さんひとりだけやったけど」
母親が話を続ける。
「スーツ着た普通の男のひとやって、うちのお父さんよりちょっと若いんちゃうかなあ。にこにこしてはって、愛想のええひとやったわ」
しかし結局、翌月になっても誰も引っ越しては来なかったそうだ。
「…え? その峠の家ですか? もう何年も前に取り壊されましたよ。急に工事が始まって、一週間ぐらいでしたかね。
この間、久しぶりに実家に帰ったら、たまたまその家の話になったんです。母親が、越してくるはずだった一家は結局どうしたんだろうって。そしたら、あんなところに家を建てるのがそもそもおかしいって、また父親が言うんです。あんな、墓のあった場所にって。
昔、親がふたりで峠に登った時、あそこにはお墓が三つあった、そんな場所だって、そう言ってました」
峠の家 鈴木タロウ @tttt-aaaa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます