5

 友達の言った通り、家の中にはすんなりと入ることができた。

 カーポートのフェンスも屋根も、新しいだけあってしっかりとしている。小学生三人が同時に乗ってもたわむことはなかった。

 まず言い出した当の本人が、屋根から背伸びして窓枠によじ登り、家の中に降りる。

「よし、いけたで」

 次にもうひとり、同じように滑り込んだ。

 最後にT君の番になって、やっぱり怖くなった。

 閉まっていたはずの窓が、ここに来て開いていたことがどうしても気になる。

 しかし、この家に誰もいないことは確かだった。

 引っ越してくるはずだった一家は、結局やって来なかったのだから。

「おい、はよ来てや。おれたち怖いやんか」

 T君は、いま行く、と返事をして、とうとう二階の窓から家の中に入った。

「中もきれいやなあ」

「おれら、土足でええんかな」

「ええねん。なんかあったら急いで逃げなあかんやろ?」

 それもそうだと、三人でかたまりながらひそひそと囁き合う。

 家の中は薄暗く静かで、やはり誰もいないようである。それでもT君たちは、勝手に上がり込んでいるという罪悪感みたいなものもあって、できるだけ声をひそめて話をした。

「ドアが二つあるで」

「どこから行く?」

「ええっと。正面?」

 とは言うものの、誰も一向に動き出そうとはしない。

 会話もそれきり、途絶えた。

 しぃん、とした空気だけが流れていて、外で激しく鳴いているはずの蝉の声も遠くかすかにしか聞こえてこない。

 二階の廊下は長さも幅もかなりあって、入ってきた窓にカーテンがかかっていないせいか、殺風景な印象だった。フローリングは焦げ茶色で暗く、入ってきたときにはみしりとも軋んでいない。真っ白な壁紙もあいまって、まさに新築という感じである。

 窓の位置はちょうど廊下の中間ぐらいで、正面とその右側にそれぞれドアがある。

 そして、後ろには一階へ下りる階段が続いていた。

 T君は、前のドアよりも、後ろの階段のほうが気になって仕方がなかったという。

 そこは三、四段下りるともう十分に日の光が届かず、奥のほうは薄暗くなっていた。

 さらに途中で左に曲がっているようで、その先は何も見えない。

 T君には、静かな足音とともに、今にも誰かがふらっと階段から上がってきそうに感じたのだ。

 T君は早くこの家を出たいのもあって、いきなりすたすたと歩きだして躊躇なく正面のドアを開けた。

 当然のことなのだが、部屋の中には何もなかった。

 床も壁紙も廊下のものと同じ、ベランダがあると思われる大きな窓にはしっかりと雨戸が閉じられている。

 T君に遅れてやってきた友達が、

「やっぱり何もないなあ」

 と言いながら部屋を見回す。

「あ。なあこっちの部屋見てや」

 T君が大胆に動き出したことでようやく緊張が解けたのか、残った友達がもうひとつの部屋からふたりを呼んでいる。

 行ってみると、そこには子供用と思われる学習机がぽつんと壁際に置かれていた。新品なのかどうかはよくわからないものの、薄いベージュ色のきれいな木の机である。机の上には何も載っておらず、奇妙なことに椅子もなかった。

 ごく普通の机なのだが、普通はあるはずのものがないことでとても奇異に感じられる。

 また、誰もいないはずの家に、なぜか生活用品の置かれていることが妙にリアルで、不気味だった。

「なんか怖いな、ここ…」

「ほんまやな。でもせっかくやし、下も見ていこうや。そこからさっさと玄関に行って外に出たらええやん」

「…うん、そうしよう。もう出たほうがええと思うわ」

 あの時、二階の窓からそのまま外に出ていればよかったんですけど、とT君は言う。

しかし、友達の言った玄関から出るという日常的な行為の響きになぜかほっとさせられて、一階まで行くことにしたという。

 階段はさすがに暗かったので、三人は念のために持ってきた懐中電灯で足元を照らしながら下りた。懐中電灯を持っていたT君が先頭である。

 あたりは暗いのに、懐中電灯で強制的に白く切り取られた部分が妙に生々しく見えて怖い。

 階段を下りるとすぐ左手が玄関で、右手にはガラスのはまった大きい木のドアがあった。ほっとして、T君とすぐ後ろの友達はすぐに玄関に向かう。

 しかし、一番後ろにいた友達が、あれ? と言うのが聞こえた。

 ふたりで振り向くと、すでに右手のドアを開けているところだった。

 中がぼんやりと見える。

 ここもがらんとしていて、家具は何もない。

 しかしよく見ると、部屋の奥の方で何かが動いているのが見えた。

 T君はゾッとした。

 天井から、ひとの形をしたものが垂れ下がっている。

 わあ! と、ドアを開けた友達が大声を上げて逃げてきた。

 その後ろで、人影が両手を持ち上げて首からロープを外すのが見えた。

 え、なんで?

 首、吊ってるのに。

 その人影はゆっくりと床に下りると、三人のほうを向いた。

 そしてこちらの方へすたすたと歩いて来る。


「かってにみるなあああっ」


 がらがらにしわがれた、男の声だったように思うとT君は言う。

「もうほんとにゾッとしました。え、あれは一体なんだろうって思ってたらいきなりで。あの後、友達は、あれは今から首を吊ろうとしてたところだったって言うんですけど、おれにはもう吊ったあとに見えてたんです。でもそうだとしたら、吊った状態からどうやって自分でロープを外せたのか。椅子とかは何も見えなかったのに。それって絶対おかしいですよね?」

 もちろん、三人は慌てて玄関から外へ飛び出した。

 後で確認してみると、友達のどちらも玄関の鍵を開けた記憶がなく、最初に来た時には確かに内側から鍵がかかっていたというのだ。

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