第10話 カースト制度


 学校が始まって一週間。

 まだ一度も真面に登校した感がないまま、高校生活初となる土曜日の朝を迎える。

 

 窓を開けて空を見上げると、少しだけ白んだ青色が視野いっぱい広がって見えた。

 寝起きの間抜けな顔で暫く眺めていると、下から聞こえる母の声。


 「やすなりーっ、起きたー? 起きたならさっさと下りてきて顔を洗いなさいっ!」


 珍しく寝ざめの良かった今日、母の呼び声を聞いて素直に従い一階洗面へ。

 そこで鏡を見て愕然とした。


 「か、母さん、なにこの僕の顔っ!」


 両頬がパンパンに腫れあがって頭がコブだらけ。

 そんな超絶不細工となった僕自身の顔が鏡に映し出されているではないか!

 歯を磨くことも忘れて急いでキッチンへ!

 そこには既に朝食を食べ始めている母・姉・妹の三人がそこにいた。


 「アハハハッ、なによその顔! ククク、ちょっと朝から笑わせないでよねっ!」


 知りたいのはこちらのほうである。

 あまりにも僕をコケにする姉の笑いで朝からテンションダダ下がり。

 この時点でガタガタになった顔の事などどうでもよくなっていた。


 「凄いねおにーちゃんの顔、男爵イモみたい! ……学校で虐められてるの?」


 「そ、そんな訳ないじゃん! 入学一週間でカースト最下層の指定席券与えられるほど他人に接していないっつーの! 人見知りをなめんなよ!」


 実は既に指定席券を持っていた。

 僕自身、知らぬ間にカースト最下層でのプレミアムチケットを入手していた。

 

 そもそも僕は我が三河家の末席における永久指定席券も、とうの昔に入手済み。

 悲しいことに、それは我が家の愛猫ニャゴロー君(仮名)よりも下の地位。

 

 父親は家族の為に外貨を獲得してくるのだから、当然立場は僕より上。

 それがあの扱いなのだから……トホホ。

 女系家族など、どこもこんな感じだろう。

 

 もとより最近の輩は姉と妹に幻想をもつ者の多いこと多いこと。

 暴力的な性格を除けば尊敬できるところもそれなりにある姉。

 対して妹のわがまま放題たるやまぁ酷い。

 

 多くの男性が理想とする控えめで大和撫子に例えられる心優しき姉妹。

 端からそんなものなど皆無であると断言できる!

 

 尤も、今は磁力で走る電車が実用化されている程進化した世の中。

 そんな時代錯誤ともとられる女性蔑視発言は如何なものか?

 化石の様な頭の硬い考え方は多くの敵を作ることになりかねない。

 僕は団塊の世代と違うのだから。

 

 だがしかし、我が家を見れば分かるその事実。

 外観は女優やアイドルを彷彿とさせる美しいルックス。

 ハリウッドセレブも驚くそのスタイリッシュなボデイを持つ三河家女性群。

 見てくれだけなら超一流なのだ!

 

 しかし中身は只のチンピラ。

 強いものに媚び、弱いものは虐げる徹底した態度。

 365日虐げられている僕はその事実を肌で体験している。

 

 ”美しいバラには棘がある”を地で行くのが三河家の女達だ。

 こんな言い方は受け取り方によって、褒めているようで癪だが……

 

 だから僕は女だからといって容赦はしない。

 それこそが男女差別に相当するからだ!

 見てろよキサマ等!

 いつか見返してやる!

 

 そんな現実の女性像論を心の中で熱く語っている僕に妹が質問してきた。

 あくまでも語ったのは心の中なんだから!


 「昨日おにーちゃんと一緒に来た女の人って彼女かなんか?」


 (ドユコト? ってか、誰?)


 またしても知らない時間にいる僕が姿を現す。

 不思議そうに首をかしげながら妹を見ると、

 

 「あー覚えてないか。具体的にはおにーちゃん、男の人におんぶされてきたんだよ? 一緒にいた超キレイな眼鏡の女の人はカバンを持ってきてくれてさ。男の人はおにーちゃんがまだ中学にいるとき一緒にいるの見た事あるから多分同級生だと思う。二人とも家に着くなりおにーちゃんを玄関に転がすと、”お大事に”と一言だけ言い残して慌てて出て行ったよー。女の人は初めて見たなー」


 まったく覚えていない。

 なんだか最近色々な記憶が消失している気がする。

 僕の身体には今何が起こっているのだろうか?

 

 妹の話す内容から想像するに男はイヤンだろう。

 女は眼鏡でキレイなら委員長で間違いない。

 しかし腑に落ちないのは、なぜその組み合わせで僕を運んできたのかと言う事。

 それもわざわざ家まで?

 

 どんなに考えても昨日の昼休み以降の事が思い出せない。

 しかもこの顔である。

 事件か事故に巻き込まれたのは一目瞭然。

 事の成り行きをイヤンに確認する必要があるようだ。


 もう一つ気になることが……。

 イヤン達が玄関で僕をポイーなら、ベッドの上で目覚めたのはどうしてだろう?

 記憶がない事をすっかり忘れて必死に昨日の事を思い出そうとするオマヌケ安成。

 そんな哀れな僕を見てか、その答えは妹の口から簡単に出た。


 「ベッドに運ぶの大変だったんだから! 今度埋め合わせしてよね!」


 我が妹でも人並みに可愛げがあることをするではないか?

 なんだかんだ言っても兄である僕を慕っているのであろう。

 フフフ、憂いやつである。


 「アンタはカバン運んだだけじゃない。お母さんがおぶって運んだんでしょ?」


 前言撤回。

 姉の説明により妹の企みが暴かれた。

 美也よ、貴様に良心や誠実という概念はないのか。

 

 自分の立場が危うい時の”ベロをだしながらテヘヘと笑う”その可愛い仕草。

 そんなことで誤魔化そうとしてもお兄ちゃんは騙されたりしないんだからな!

 ……とこれまで何度思ったことだろうか。

 

 気分もすっかり落ち着いた僕は、一旦部屋へ戻る事に。

 そしてパジャマを着替え、朝食を食べるべく再びキッチンへ。

 

 そこそこの時間が経過したはずだが、彼女達はまだ朝食の途中だった。

 土曜日で休みだからなのだろうか?

 

 午前9時を回ったのにべちゃくちゃ喋りながら、のんびりと食事をする家族一同。

 僕も席に座り、会話に混ざりながら朝食を食べ始める。

 

 時折バリバリと煩い音が聞こえくるものの、この近所ではごく当たり前の日常。

 この音こそが平穏な日々の証。


 「小張さんとこも大変ねー。サービス業だから土日も仕事しなきゃいけないなんてねー。私なら発狂だわ」


 確かに一日数時間しか仕事をしていない母がそんな事態になれば発狂間違いない。

 手に職があるのかなんだか知らないが、得体の知れない教室を開いている彼女。

 時折腰を抜かすほどの妖しい出で立ちで家を出る事も……。

 

 しかしそんなママンは、カーストブービーの父親より遥かに稼ぐというのだ。

 悲しい事に、彼はその事実すらも知らないらしい。

 

 これは姉情報なので真偽が定かではない。

 それでもボス猿普段の行動を目にしていれば自ずと答えが出る。

 身なりや交友関係を見るに、高給取りはほぼ間違いないだろうと。

 電話口でも社長やCEOとかブルジョアな言葉をよく聞くし。


 それでも母親は父親が大好きな模様。

 彼女曰く、所得格差を父親が知れば彼の事だから家を出て行くだろうと。

 或は、尊厳威厳も何も無いと殻に閉じこもってしまうから絶対教えない。

 もしそんな事になるのなら、アンタ等含めた全て捨ててでも彼をとるのだと。

 

 ……キサマ本当に僕達の親か?

 子供より亭主を取るって。

 

 まあ、考えようによっては家族分裂などそれぐらいありえないって話だな。

 それに僕の知っている父親はそんなことでガタつくほど弱くないと思うけど。

 

 そんな訳で、その秘密は墓場まで持って行くつもりとの事だそうだ。

 なんたる美談!

 しかしこれは10年ほど前の話。


 残念な事に今は尊厳威厳どころか、居り場すらも既に失っている父。

 あんな事を言いつつ、彼の書斎は今現在物置となっている。

 もう父親の部屋など何処にも存在しないのだ。

 

 彼は今でも愛する家族の為にと一生懸命頑張っているのだろう。

 その姿を想像した僕は、なんだか切なくて目に涙が滲んだ。

 

 しかし同情などしている場合ではない。

 父のポジションにエスカレーター式で就任する事が義務付けられている僕。

 それこそ明日は我が身!

 チキショー、いつか成り上がってやる!


 虚しい思いで食べている朝食はどことなくいつもと味が違うような。

 そして食事も終盤に差し掛かった頃、玄関の呼び鈴から音が。


 {ピンポーン♪}


 「はいはーい!」


 現時点では家族(一部を除いた)が全員揃っている。

 未知への訪問客に心躍らせ、駆け足で玄関に向かう妹。

 誰かと約束でもしているのだろうか?


 ところが彼女はすぐに血相を変え、僕たちのいるキッチンへ戻って来た!

 ハァハァと息を切らす妹は血相を変えてこう話す!


 「たいへんたいへんたいへーんっ! 変態のおにーちゃんにお客が来た!」


 おいおい妹君。

 大変変態の古典ギャグなんて今更笑えないぞ?

 明らかに悪意がこもっているだろう?

 

 しかし僕に客だって?

 こんな朝早くから誰なのだろうか。


 「綺麗な女の人で恰好もなんか気合い入ってる感じよ! あれは詐欺師ね。おにーちゃんにあんな美人の知り合いなんているはずないんだもの」


 (妹さん妹さん。あなたは昨日なにを見ていたのですか? そうですかそうですか、委員長をガン無視ですか)


 記憶が消失するのは我が家の伝統なのだろうか?

 たしかにバクテリアほども身に覚えのないその訪問客。

 妹の言うキレイらしき女性を確認すべく、僕はキッチンを出て玄関へ……。


 「あ、アンジョー君……」


 「えぇっ!?」


 イヤンの姉ではないか!

 なにがどうしてこうなった?


 どこぞのブランド品らしき身体のラインがモロにでるタイトなワンピース。

 上半身に薄手のカーデを羽織り、淡い化粧をしたその整った顔立ち。

 僕は彼女の出で立ちに見とれて暫し棒立ちとなっていた。


 「なんだあれ? もしかして安成の彼女?」


 「何言ってるのよおねーちゃん! そんな訳ないでしょ? 夜になると部屋で一人カタカタなにかしているおにーちゃんに彼女なんてできるわけないじゃん!」


 お二人さん、全部僕に聞こえていますよ?

 君達こそ丑の刻辺りになると息遣いが荒くなるのはなんでですかね?

 あと変な機械音も。

 ぜーんぶ聞こえてますよ?

 

 「見ておねーちゃん! イカれたコンピューターより低い能力しか持たない低能なおにーちゃんでは理解不能な出来事みたいよ? ぼーっと突っ立ってるだけの木偶の坊になってるし」


 僕を殺しにかかっている我が家の魔女達から放たれる暴言の数々!

 これには勇者安成も業を煮やし、この場打開すべくイヤンの姉を家に上げる!

 間髪入れずに彼女の右手を掴んでそのまま自分の部屋へ猛ダッシュ!

 

 途中階段に差し掛かった辺りで一旦停止。

 こちらの様子を伺うべくキッチンから顔を出していた母親に、


 「お母さま。お客様にお茶をご用意してくださいね」


 そして再び階段を駆け上って行く。

 自分の部屋へ到着する頃には、ゼイゼイハアハアと僕達二人の息も上がっていた。


 「い、いきなり来てゴメンねアンジョー君。実は昨日……」


 部屋へ入るなり床へペタンと正座をするイヤンの姉。

 彼女は俯いて昨日起きた出来事を丁寧に話し始めた。

 

 イヤンが看護師さんに振られたことを僕が彼自身へガサツにバラしたこと。

 そのせいで、彼女の弟への気遣いを台無しにしたこと。

 僕と彼女が付き合っていると学校中に勘違いされて恥ずかしかったこと。

 

 更には様々なイヤラシイ言葉で僕が罵倒されると、とても耐えられなかったって。

 彼女自身が罵倒されているとの錯覚に陥って、その場にいられなかったって。

 ……そしてなにがなんだか分からなくなり、僕を力いっぱい張り飛ばしたって。


 「そんな事があったんですか? でも僕あんまり昨日の事覚えてないんですよね。分かっているのは今現在僕の顔がコレもんになちゃっているってことです」


 焼き餅みたいに膨れ上がった僕の顔を初めて真面に見た彼女。

 驚いた表情をしたかと思ったら、今度は涙を浮かべて、


 「ご、ごめんなさい! そんな事になるなんて……。」


 土下座で謝るイヤンの姉。

 その姿に僕は申し訳なく思えた。

 ……だって記憶がないんだもん!

 

 「もういいですよ、そんなに謝らなくても。腫れなんてほっとけばすぐ元に戻りますって。ところでおねーさん、そんなに着飾って今日はこれからどこかへ出かけるんですかね? まさか僕に謝りに来ただけだなんて事はないでしょう。用事のついでに家へ来ただけでしょ? これからデートかなんかですか??うらやましいなー」


 人見知りとは思えぬほど、僕の口から滑らかに落ちてくる言葉の数々。

 これには自身が一番驚いた。

 しかし顔には一切出さないポーカーフェイスを保つ。


 僕の言葉に一々左右へと首を振る彼女はとても美しく、一瞬魅入られてしまう。

 だがしかし、姉に女という生き物の生態を叩きこまれている面接官アンジョー。

 見かけで判断してはなるまいと、記憶の仕返しノートへ彼女の名を書き記した。


 「あースッキリした。」


 洗いざらい吐いた事で気が楽になったのだろうか。

 突然イヤンの姉は晴れやかな顔をして大きく伸びをした。


 「ずーっとアンジョー君には謝りたかったの。弟の事、私の事……。お詫びにお昼おごらせて! まだ早いから時間はたーっぷりあるわよ? 今から一緒に街へ出掛けましょうよ! デートよデート!」


 「お供させていただきます」

 (ブラボー!)

 

 蟠りを全て取り除いた彼女は、病院で初めて出会ったときと同じ姿に。

 あのサバサバしたイヤンのねーちゃんに戻っていた。


 元々綺麗だなとは思っていたが、不安を払拭した事に依って輝きが増した彼女。

 認めたくはないが外観だけは超一流どころの母、姉、妹に匹敵。

 残念なのは胸だけだ……あと性格もか。

 

 匹敵どころか、家族と同じでは?

 ちょっとだけうやむや感が……

 いや、全て忘れる事にしよう。

 

 ともあれ、そんな彼女の口からデートだなんて言葉が聞けるとは思いもよらない。

 ステをⅬUK全振りしたぐらいの運の良さに僕は大感激。

 

 話が決まればさっさと出かけよう!

 ってな訳で、二人はすぐに行動へ。

 

 部屋を出て階段を下り、そのまま玄関へ。

 彼女は自分の靴を履き終わると家全体に届く声で、


 「じゃあ今日一日アンジョー……安成君をお借りしますねーっ!」


 その声は反響して家中を走り回った。

 お茶を用意していた母は、彼女の声を聞くと慌ててキッチンから顔を出す。


 「ちょっとお茶は……いえ、息子をお願いね。気をつけて行ってらっしゃい!」


 お茶を頼んでいた事もすっかり忘れていた抜け策な僕。

 ハイテンションで完全に舞い上がっていたのかも。


 別段茶化す事もなく、常識的な母の態度には多少の違和感が?

 それでも目先の幸運を掴んだ僕にはそんな些細な事などどうでも良かった。


 「ではいってきまーす!」


 元気いっぱいで挨拶をするイヤンの姉。

 母と同じく顔を出した三河家残念姉妹は”信じられない”との表情で僕達を見送る。

 

 「あっ! ちょっと待……」


 {ガッチャンガラガラガッシャーン!}


 最後に姉らしき声となにかのひっくり返った音が聞こえるも気にしない。

 捕まると面倒なのでガン無視を決め込む冷めた現代人アンジョー。

 そして二人は心ウキウキで家を後にした。


 ……が、近所にあるマッキーの自宅付近でお金を持っていないことが発覚!

 180度反転して家へと戻り、


 「一生三河家の奴隷でいいから一万円下さい」


 「ほ、ほほーう、いい心がけだな」


 何故か応対したのは姉。

 しかもかなりの上から目線。

 気のせいか全身ワナワナ震ってる?


 先ほどまで旅立つ我が息子を温かい目で見守る母は素知らぬ顔。

 ドッチラケの妹の視線も妙に痛かった。


 「これでアンタはこれからも私の奴隷よ」


 土下座する僕に握りつぶした一万円札を放り投げた姉。

 アンジョー犬お買い上げ毎度アリ!

 

 勝ち誇った眼をする姉。

 彼女は続けざまにこうも言った。


 「死ぬ覚悟がないなら清い体で戻ってこい!」


 この意味は後に嫌という程知らされる羽目となるペットアンジョー。

 今はそんな事より目先の人参へ向け、猛ダッシュで家を出た。



 

 僕の私生活は奴隷以外の選択がないのかも知れない。

 

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