第7話 烏合の衆
「ばかものおぉぉぉーーーーっ!」
僕達三人に雷が落ちた。
それはもう、地面を真っ二つにするほどの強烈なヤツが!
「私の貴重なお昼時間をアンタ達の為に割いているんだ! ちょっとは気を使わないかっ!」
まだ昼ご飯すら食べていない僕は逆にその言葉で少し苛立った。
そもそも僕達はそれほど先生に怒られるような事をしたのだろうか?
姫路城の壁より白く塗られた化粧のほうが余程時間を無駄に使うのではないのか?
素材はいいのだろうが、僕から見れば母親と同世代ぐらいなおばさんの先生。
彼女もまた、ゼロからマックスへと瞬時に怒りパワーを絞り出すエンジン特性か。
迷惑極まりないあの機能はなんとかならないものか?
もしかして、これが噂に聞く更年期障害?
その間とめどもなく浴びせられる愚痴連射砲。
更にはストレス発散とも取れる叱り時々体罰。
殴られているイヤンを見ながらあれこれ考えていると、
「話を聞いているのか三河君?」
「!」
突然のフリに固まる僕。
その姿を見た先生は、
「なぜ君たちが今怒られているのか言ってみなさい!」
「あの……先生の更年期障害が怒りパワーで……えっと……おばさん?」
「わ、バカッ! なに言ってるんだよアンジョー!」×イヤン、ぴかりゃ
「わんだらあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
文字で表すことができないほどの大噴火!
地盤が揺れ、鉄筋校舎の基礎を傾けるほどの衝撃が僕達三人に走る!
職員室でおきたその出来事で、僕たち三人一目おかれる存在となった。
無論教師は疎か、学校中でだ!
「アンタ達三人は昼から授業を受けなくていい! 終業の鐘が鳴るまで反省室で謹慎してろっ!」
冬眠途中に起こされた羆の如く怒り狂う先生。
彼女のキツイ言いつけに、僕達はただ頷くことしかできなかった。
どうやらバカ三人組が眠れる龍を起こしてしまったと見える。
この時から担任の有松先生は態度が一変してしまう事となった。
「つまらん……非常につまらんっ!」
反省室。
殆どの生徒がその存在すら知らないであろう。
真っ白な壁に囲まれた、窓もない六畳ほどの室内。
あるのは中心に長テーブル一つと複数のパイプ椅子のみ。
精神不安にさせられる雰囲気を醸し出すこの教室はどこか古い病棟を思わせる。
職員室の奥にあるので勝手に抜け出すこともできない。
先生が出て行ったあと、僕たち三人は適当に座り反省した”てい”を装っていた。
「アンジョーあれはないわ」
イヤンに続きぴかりゃも、
「ないわー、空気読めない俺でもないわー! アンジョーのせいで結局呼び出された意味すら分からず終いだったな」
「まぁまぁそう言うなって。大体あの先生短気なんだよ? あれ独り身だろ? そりゃー貰い手なんかないよ」
そんなやり取りをしているとイヤンが思い出したように言う。
教室での会話へ逆戻り。
「ところでアンジョーさ、委員長と仲良さげだったけどなんかあったの?」
全く見当はずれな誤解をしているようだ。
面倒だが、事の成り行きを丁寧に説明。
バカでも猿でもイヤンでも分かりやすく親切丁寧に。
「そっかー、古屋とか言うあのおっさん、馴染めてないのかー。っつか、俺らもじゃね?」
全くもってその通り。
少々……いや、相当足りないイヤンでも分かる僕達の今置かれている立場は明白。
この場を打開すべくあれこれ知恵を絞ろうにも、そこは三人烏合の衆、まともな答えなど出るはずもない。
考えれば考えるほど迷宮の奥深くにハマっていく、バカ特有の考えることが面倒くさいといった結論へ落ち着く事に。
「しかしあのおっさん、どうして今頃高校生なんかやっているんだろうな? なんか人生の敗北者って感じでもなければ病弱で今まで学校に行ってなかったって感じでもないよなー」
ぴかりゃの疑問。
それはまんま僕達三人が思っている事。
「そうだ、アンジョーそっから切り込めよ! なんで高校生なのとかさ、歳いくつなんですかとかさ」
突拍子もない事をイヤンが口走った。
フザケンナ!
「なんで僕が聞かなくちゃいけないのさ? お前らも委員長と同じこと言うんだな。そもそも僕じゃなくても誰か他の人がやればいいじゃん」
半ば不貞腐れ気味に答える僕。
それに対して二人は詰まることなく同時に、
「だってお前隣じゃん」×イヤン、ぴかりゃ
いつもオリジナリティーを求めて他人と同じはイヤだとかほざいてる二人。
こんな時はなぜか意見があうんだなと感心。
だが、このままでは僕一人だけが重荷を背負うことになると危機を感じる。
(そうだ、この際この二人も巻き込んでやろう)
悪アンジョーが顔を出す。
僕は早速二人に相談を装い、少し思いつめた表情で、
「わかったよ。とりあえずおっさんに上手いこと取り入ってみるよ。委員長も気にしていたみたいだしなー。しかしあの委員長ってオッパイでかいよなー、メロンパンと同じか少し小さいぐらい? しかも眼鏡外すとクラスナンバー1ぐらいの美人じゃないのかアレは?」
「マジ!?」
食いついた!
エロぴかりゃがファーストバイト!
「マジも大マジ、お前らまともに見てないだろ? しかもスタイル良いしルックスも相当だよあれは。赤ブチメガネの下から見える二重の大きな瞳は確実に美人を物語っているねぇ」
「うっそ!?」
セカンドバイトのイヤン。
その眼は心なしか血走っている。
だいたい彼女をまともに見ていないのは僕も同じ。
それどころか、胸も大きいのか小さいのか記憶にすら留めていない。
狙いどおり適当な言葉を見繕って彼らに興味を持たせるよう仕向けるのに成功。
「おっさんと仲良くなるとオッパイの大きな委員長は感激するだろうねぇ。そう思わないかぴかりゃ?」
イヤラシイ笑みを浮かべてコクリと頷くぴかりゃ。
コンプリート!
次はイヤンだ。
「感激した委員長は僕達にチュウでもしてくれたりしちゃったりして。一見清楚を装ってはいるが、あれは好きモンと見たねぇ僕は。やり始めたら止まらないってね」
「ですよねー。」
針が付いているのも知らずに僕の投げた釣り餌にすぐ食いついたイヤン。
アイガディッ!
つい最近彼女が出来たばかりとは思えないイヤラシイ笑い顔をするイヤン。
とても正視できるものではなかったが、ここぞとばかりに僕は詰めへ。
「じゃあみんな、オッパイのでかく美しい委員長の艶やかな唇を手に入れる為、いや委員長自身を手に入れるる為に、おっさんこと古屋さんを攻略するべく手を組もうではありませんか」
「おーっ!」×イヤン、ぴかりゃ
バカを騙すのはとても容易いと改めて思う。
なかでも彼等は特にやりやすい。
難しい言葉使いや言い回しをしてやれば納得したフリをしてくれるから。
いい意味でも悪い意味でも素直なんだなこの二人は……
その後僕達は様々な方法を議題に討論。
委員長をその手中へと納める為だけに!
僕は正直どうでもいいのだが……
ってか、彼女にそれ程興味ないかも。
チチ以外は。
この時既に軌道を見失い、当初の目的から完全に脱線。
全く見当違いな訳の分からない手段に問題がすり替わってしまっていた。
残念な事に、僕自身もそれに気付かなかった。
どれだけ時間が過ぎたのだろう。
時計すらないこの部屋では時間がまったく分からない。
時折チャイムが聞こえてくるので結構な時間が過ぎたことは想像できた。
「ちゃんと反省した?」
突然部屋へ入る先生にギクッとした僕達。
全員が先生の不意な登場に、ピタリと話を辞めて恐る恐る彼女の方を見る。
「アナタ達が私の逆鱗に触れるから当初の目的も忘れてしまってたわ。そもそも職員室に呼び出したのだって大したことじゃないんだよ」
そうだった。
なぜ僕達は呼び出されたのかすっかり忘れていた。
思春期真っ只中の男子生徒である僕達は、この時委員長の事で頭が一杯に。
(これだから頭の悪い連中と話すのはイヤだったんだよ。友達付き合いも考え直さないといけないかな)
程度の低い二人にピタリとついて離さないのは僕自身も同じ。
この際その事は置いといて、今は真面目に先生の話を聞く事にする。
「一か月後に課外授業で京都に行くからその説明用紙を渡そうとしたのだよ。この学校は修学旅行とは別にクラスの親睦を深める為、入学してすぐに京都へ一泊旅行するのが恒例行事になってるのさ。その時に掛かる費用などを親御さんに説明する為のプリントを渡そうと思ったんだけど……、とりあえず私の席に来なさい」
話をしながら反省室を出て職員室にある自分の席へ戻る先生。
それに付いて行く僕達三人は完全に金魚のウンコ。
「アナタ達はみんなと比べて少し遅れているんだからしっかりやりなさい!」
僕達三人に小言を言いながら彼女は高級そうな事務イスの備えられている机へ。
他の先生方とは明らかに違う作りのイスへ座るや否や、僕達三人を機っと睨む!
この時今にも座面からはみ出そうな大きなお尻を僕は見逃さない!
でっちりめが!
「それと旅行に関する詳しい事柄は委員長から説明してもらってね。私はこれでも色々忙しいからアンタ達にあんまり構ってられないんだよ。特に三河君、あまり私の血圧を上げさせないでくれ。君はどうも一言多いから。注意しなさい!」
とんだ言いがかりだなおい。
確かに言葉を選ぶのが下手な僕ではあるが、余計な事は決して言わない。
……と思う。
てか記憶にございません。
まあ、今言われた先生のその言葉を頭の片隅へと残すことにしよう。
数分後には消滅すると思われる僕の一時メモリにでも記録するか。
「もう今日は帰っていいわ。こんなに早く反省室に入れられる生徒が出るとは思わなかったわ」
(アンタの匙加減一つじゃないかよ!)
怒られてもなお余計な事を思った僕。
それでもさすがに学習能力はある生けるROM持ちアンジョー。
鎮火した火山を刺激するなど愚の骨頂、そこはぐっと心の奥底に沈めた。
廊下から聞こえる騒がしい声に学校が終業を迎えた事が確認できる。
結局が半日パーに。
漸く学校生活をスタートするが、またしても途中で行く手を阻まれた三人。
それは後続に押されしまい、コケて足をグニった選手の気分にも似た感じだった。
悪いのは自分でないのにと……
「失礼します」
溜息交じりで自分の教室に戻ろうとしたその時!
どう言った訳か、委員長が職員室にやって来た!
彼女は棒立ちする三人を一瞬だけチラ見、そして……
「先生、何か私に御用でしょうか?」
「ちょうど良かったわ。概ね今度のことは説明したけど彼等の理解力は相当乏しいんで委員長からもう一度お猿さんでも分かるように説明してあげてもらえないかね? アナタを呼んだのはその為さ」
「フッ、わかりました」
先生の命令に近い言いつけを聞いて、即答する委員長。
気のせいか、少しだけ笑顔が見えた。
「えっと、じゃあみんな、教室に戻ったら説明するわね。……何じーっと見てるの? 私の顔に何かついてる? それとも何か私に聞きたい?」
彼女の艶めかしい唇から漏れた言葉に僕達三人は即反応!
決してイヤラシイ意味など無いが、僕達の思考がそれらをエロワードに全て変換!
『エロだねぇみんな、教室に戻ったら見せてあげるね。……中までじっくり見たいの? 私のカラダになんかつけたい? それともどこか私にキスされたい?』
不思議な事に、僕達全員の耳には彼女の言葉がそのように聞こえたらしい。
その結果、それぞれの口から出た言葉は……
「委員長のオッパイが見たい!」
「委員長のキスマークをつけて欲しい!」
「委員長は露出狂の変態!」
過去、幾度もコンクールで受賞している我が校伝統の吹奏楽部。
その練習音をかき消すほどの強烈な破裂恩は、職員室から校舎に三回轟いた。
特に一番最後は、どんな周波数も太刀打ちできない強力な音量だったという。
僕達はまだ一日もまともに高校生活を送れていない。
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