第6話 ないろ

 「キーンコーンカーンコーン♪」


 ベルが鳴ると同時に、威勢のいい声で担任が教室へ入ってきた。

 その元気さに教室は魚市場のセリのよう。


 「ハイハーイ、みんな席についてーっ!」


 ホームルームの始まり。

 僕にとっては初体験。


 「アンタは自分の教室に戻りなさい!」


 出席簿らしきもので頭を小突かれて、すごすごと退散するマッキー。

 その光景がとても可笑しく、僕達三人は大爆笑!

 ゲラゲラと笑う中、周りはいつの間にやら全員が席についていた。


 「あのー先生、俺席どこか分かんないんですけど……」


 笑いを止めて、先生に質問するイヤン。

 まるで打ち合わせでもしていたかの如く、僕とぴかりゃも同時に頷く。


 「あーそうか、君達は昨日まで休んでいたんだっけ? えーっと……委員長、説明してあげて」


 「わかりました」


 柔らかいトーンで答えるその女性は、窓際より一つ手前で後ろから2番目の席に立ち、黒髪セミロングで赤いフレームの四角いメガネをかけた、よくあるテンプレ通りの委員長以上に委員長している人物。

 

 彼女の上から目線でテキパキ支持するその姿にスゴスゴ従う僕達三人。

 それは、どこぞのダメ社員が上司に恫喝され、慌ててお得意先へお詫びに走る姿によく似ていた。


 「矢田君は今いるその入り口に近い一番前で、尾藤君は窓際の一番前。そして三河君は一番後ろの窓際から二番目の古屋(ふるや)く……さんの隣ね。」


 女性特有の高い声を教室に反響させながら、歯切れのいい口調で的確に座席の位置を説明した委員長だったが、僕の時だけ少々困惑した表情をしている。


 (委員長の後ろの席か。しかし古屋さんって誰だろ? 女子なのかな?)


 甘い期待を抱いて、僕は委員長の後ろにある彼女の指さす席へ。

 席付近に辿り着き、何気なく隣に目を向けると……


 「おっさんじゃん!」


 やってしまった!

 そこには例の彼がいた。

 これでおっさんと大声で言ったのは何回目だろう?

 

 クラス中へ響いた僕の声に騒めきが起きる。

 恥ずかしさのあまりに、下を向いたまま僕は自分の席へ座った。

 

 当然こんな状態では横に座るおっさんの顔なんて見られるはずもない。

 バツの悪さを半笑いで誤魔化しつつも彼と目を合わせない様に注意。

 尚且つ、礼儀として一度だけペコリと頭を下げる。

 直後、何事も無かったかのようにホームルームが始まった。


 「えーみなさん、本日から授業に参加する者が三名ほどいますが、暖かく迎え入れてあげましょう! 座席が入試時の成績を参考に前へ行くほど悪いってのは彼らには内緒にね、ウフ」


 結構な年齢を顧みず、語尾に可愛らしい言葉を混ぜるも大ブーイング。

 当然教室の中間から前列に向かうほど声は大きくなってゆく。

 そんな先生を見て、なんだか僕は泣きたい気分になっていた。


 「三河君って結構できるのね」


 前に座っている委員長が突然振り返えると、そんな事を口走る。

 そして僕への距離を詰めると、今度は小声で


 「隣の古屋さんってなんで高校生なんかやってると思う? どう若く見積もっても40はいってるわよ? 先生からは何の説明も無いし、正直委員長の私としてはやりにくいのよね! もう三日目だってのに全然クラスに溶け込めてないのよ! ってか溶け込むことができないってのが正解ね。まぁ当然だけど。だからアナタなんとかしなさいよ!」


 オイオイ、僕は今日が本当の意味での初登校だぞ?

 そんなの新人銀行員に横領しろっていってるのと同じぐらい難問じゃない?

 しかもアンタとはほぼ面識もないのに、その馴れ馴れしさはなんですかい?

 委員長がもし不細工だったら鼻の穴に豆板醤塗り込むところだぞ!?


 「初対面でそれはちょっと……」


 速攻否定の僕。

 オコトワリゴメンナサイマタノキカイデ。


 「えぇー!?」


 あり得ない程に驚く委員長。

 断られる事も想定しなよ。

 しかし予定外の返事に彼女がしたスネ顔は、なんとも可愛らしかった。


 ところで座席が入試時の成績順だそうだが、僕は勉強ができるほうではない。

 いやできない。

 ってかやらないしやりたくない。

 しかし入試時の問題はとても易かった。

 

 あるとき押入れの中から入試時の問題を記したらしき手帳を見つけた僕。

 その古臭い手帳には母親の名前が書いある。

 そう、家のボス猿は赤楚見高校の卒業生だったのだ!


 彼女に尋ねると、試験後に家で答え合わせができるように、覚えている限りの問題を一科目終わるごとに手帳へ記入していたそうだ。

 僕はそれを借りて丸暗記しただけだったが、バカなこの学校は多少時代背景を変えただけで、ほぼ同じ問題を出してきた。

 

 受験をなめてるだの世間はそんなに甘くないだの周りから散々言われていた僕だが、なめているのはこの学校のほうである。

 そんな世間をなめ腐った高校に入学した僕もやはり世の中をなめているのだろう。

 

 いや、本音は何も考えていないと言ったほうがいいのか?

 とりあえず赤楚見高校は家から近いんでココにしようと軽い気持ちで受験。

 そして、僕の思惑通りに入学できたというわけだ。

 

 そのスチャラカな心中を知っているとは思えぬ委員長。

 彼女は目をキラキラさせた少女漫画のような笑顔で、


 「そんな訳でこれからよろしく!」


 話し終えると、サラサラの髪の毛を揺らしながらくるっと前を向く彼女。

 なんだか食べたくなるような甘い香りがした。


 (このヤローいい匂いプンプンさせやがって! 興奮してしまうじゃないか?)


 人見知りな僕の中にいる、”常に最強である僕の心の声”はいつでも強気。

 内弁慶とか言うやつ。

 

 それでも委員長の言葉が気になり、となりのおっさんをチラ見。

 彼は授業開始初日で様々な問題を抱えてしまった僕など眼中にはない感じ。

 黙々と一時間目の授業である数学の用意をしていた。

 

 そうこうしているうちに、先生の熱い教育論を語るホームルームも終盤となる。

 最後に、色んな意味で嫌な気分にさせられた僕達生徒へ向かって、


 「以上。では今日も一日がんばりましょう!」


 最後は爽やかに締めくくる。

 騙されるか!

 

 クラス全員が漸く終わりかと胸をなでおろした。

 しかし、それも束の間、


 「あ、それと三河君と矢田君と尾藤君の三人はお昼休みに職員室に来ること!」


 有松先生はそう言い残して教室を出ていった。

 早速呼び出しを喰らった形となる僕達三人。

 先が思いやられるなぁ。


 

 その後、これと言って誰かに話し掛けられることもなく午前中の授業が終了。

 腹ペコ小僧には待ちに待った昼休みとなった。

 

 ここまでの僕は授業の内容がまったく頭に入っていない。

 理由は一つ、隣のおっさんが気になって気になってしかたがないのだ。

 この昼休みはおろか、休み時間にすら一度も隣のおっさんは口を開いていない。

 

 そもそも誰も彼の席に来ないし、彼もまた自分から他者にかかわろうとはしない。

 謎、そして謎。

 そう、全て謎である。

 

 探偵アンジョーはさり気なく彼を観察。

 ここまでで把握できたおっさんの概要は……

  

 身長は高くも低くもなく、清潔感もあり姿勢もいい。

 休み時間になってもスマホを弄っているわけではなく……てか持ってない?

 時々視界に入ってくる彼は、いつも楽しそうな感じを受ける。

 普通の生徒みたいにダレる事もなければ寝る事もない。

 純粋に勉強を楽しんでいるかのようにすら思えるのだ。

 大多数の生徒とは違い、学校に対する彼の取り組み方に誠実さが伝わってくる。

 単純に真面目といった感じではないし……

 なにかこう、特別な思い入れがあるかのように。

 

 とまぁ、こんな感じ。

 見れば見るほどに興味深いおっさん。

 僕は知らないうちに彼の虜となっていた。


 (そういえば昼はどうするんだろう? 弁当とか持ってきているのか?)


 そんな僕の心配をよそに、おっさんは鞄の中からパンを数個取り出した。

 見るからに大きくて美味しそうなメロンパンをカブリとかぶりつく彼。

 またその姿が何とも言えぬほどダイナミック!


 「あっ!」


 委員長が思わず声をあげる。

 彼女の目はそのパンに向けられていた。

 なぜだか分からないが、彼女の顔は茹でた蟹のように見る見る真っ赤に変色。

 う~む……


 「モグモグ……おーいアンジョー、早く昼食べて職員室行こうぜー!」


 ここで僕を呼ぶガサツな声が!

 イヤンがパンを口に含みながらぴかりゃと一緒にこちらへ近づいてきたのだ!

 

 奴等も今日はパン食らしく、二人は同じメロンパンを手にしている。

 どちらも片手には”ナイローブレッド”との店名が印刷された袋を持っていた。

 そう、隣のおっさんと全く同じもの。


 (あれ? 委員長の食べているパンも同じ袋だな? 流行っているのかな?)


 そんな事を考えながら、自分も弁当の用意を。

 しかし、ここで衝撃的事実が発覚する。


 (な い っ ! )


 やらかした!

 授業より大切な弁当を忘れてしまった!

 

 引き攣る僕の顔を見て瞬時に周りは察したようだ。

 恥ずかしくなった僕は、ここで誤魔化しスキルを発動。


 「そ、そうだ! ダイエットで今日は昼食べるのやめようと思って弁当持ってこなかったんだった!」


 見苦しい言い訳である。

 そもそもダイエットをしなければならないような体形でもあるまいに。

 何を言っているんだろう僕は。


 「ごめんなさい嘘です。各々方、武士の情け、某にそのメリケン粉をこねくりまわして牛の乳油と混ぜ、さらにはしっとりじめじめ湿気と糖を好む細菌を人工的に培養させて且つ、一定の温度で保ったエレキテル西洋高熱炉に放り込んで、さらには人間たちの胃袋を一瞬で窮地に追いやる殺人的な匂いを辺りに振りまきながら元の数倍にも膨れ上がる恐怖の炭水化物の化け物を……分けてくれませんかのぅ」


 どうせ無理だろうと思うが、ふざけ半分でイヤンとぴかりゃにに物乞いを。

 すると思いもよらぬ方向から救いの手が!


 「素直に分けてくださいって言いなさいよ。」


 振り返って僕の机の上にドサドサっと袋の中身をぶちまける委員長。

 そこにはパンの山が!

 しかしあまりにも突然すぎてキョトンと彼女を見るボケ老人アンジョー。


 「なに? お前らいつの間にそんな仲良くなったの? 付き合ってんの!?」


 イヤンの言葉へ僕は首を横に振る。

 そんな訳ないじゃんと。

 

 「そのパン家のなのよ」


 聞こえるか聞こえないかわからないほどの小声で理由を話す彼女。

 イヤンの発言を否定しなかった委員長が少し気になるも、今は敢えてスルー。

 同時に、自ずとバカ二人組の反応も想像できた。


 「マジか! あれ委員長の家なの!?」


 思った通り、驚きながら声を上げるイヤン。

 そしてぴかりゃも追従。


 「すんごい美味しいよねナイローパンって! ……ところでナイローパンのナイローってどういう意味?」


 その言葉でなのか、委員長の顔が高揚!

 赤ら顔で更に先ほどよりも小さな、ちぃ~さな声でこう答えた。


 「私の名前なの。私の名前”ないろ”って言うの。響きがかわいいからってお母さんが…… で、そこから脱サラしてパン屋を始めたお父さんが店の名前にしちゃったの」


 メロンパンと比べるに、委員長の胸のほうが”ない(だ)ろー”なんつって。

 まぁ可愛らしくていいんじゃないの?

 ところでパンのお味のほうはっと……


 味見の為にパンへ手を伸ばそうとするテイスターアンジョー。

 それを見ていたイヤンが、


 「アンジョーなにそのイヤラシイ顔? なんかエッチな事でも考えてるのかお前?」


 「さいてー!」


 いつの間にやら教室に来ていたマッキーも僕に向かって吐き捨てる。

 本当、いつの間に?


 しかし勝手な事言ってるイヤンになんと腹の立つ。

 ムッとした僕は、つい言い返してしまった。


 「イヤイヤイヤ、エッチなのはイヤンのほうだろー! いつの間にやら我が生涯の君であるナースと関係を持ちやがって! お前が寝ていたのは病院のベッドじゃなくってナースのチチ布団に包まって寝ていたんじゃないのか!?」


 結構な大声で嫌味交じりの文句をぶっぱなしてやった。

 怒りがフグみたいに膨れ上がり、遂には自身の拳を振り上げたイヤン!

 かかってこいや!


 「アンジョーお前っ!!」


 {パッチ――ンッ!}

 「うがっ!」


 僕は張り飛ばされた。

 いや、正確には殴られた?

 しかしそれはイヤンじゃなく、僕の脳髄をぶちまける程の強烈なマッキーの一撃。

 最早張り手レベルを遥かに超えている。

 

 あれ?

 僕なんかマッキーに殴られるようなこと言ったっけ?

 訳がわからん!


 マッキーは無意識のうちに繰り出す僕のエロ発言にただ単純に反応しただけ。

 だが、その答えへ僕は永遠にたどり着くことはないだろう。

 もしそれが理解できるならば、とっくの昔に彼女の一人もいるはず。

 

 しかしそんな事、今は重要ではない。

 張り手一撃で気まずくなった僕達五人。

 この空気を何とかしなければと思うも言葉が何も出てこない。


 「ウワッハッハッハッハ!」


 突然教室内に木霊する笑い声。

 僕達の揉め事に介入してきた大きな笑い声の主は、なんと隣のおっさん!


 (初めて声聞いた!)


 僕以外の四人も同じことを思ったのか一瞬の全機能停止!

 いや、教室に今いる彼以外の生徒全員が同じ思いで唖然とした!

 直後、タイミング良いのか悪いのか教室のスピーカーから……


 「三河に矢田に尾藤おぉっ!いつまで私を待たせるんだあぁっ!!大至急職員室に来んかあぁぁいぃぃぃっ!!!ぶっ殺すぞおぉぉぉぉっ!!!!!!」


 「ハ、ハヒィッ!」×3


 全校放送に乗せられた落雷の様な担任の金切り声で、4組全員感電。

 中でも僕とイヤンにぴかりゃは発火し、その動力を利用したハイパー加速で職員室へと向かう事となった。

 


 

 僕達の学校生活は既に終わったのかも知れない。

 

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