第4話 美しき女性たち
「目がさめました?」
すぐ傍で女性の声がする。
「ん……? まぶし……い……」
明るさに目が慣れ始めると、そこには白衣を着た一人の女性がいた。
虚ろで現実と空想の区別もまだつかない夢うつつの僕は、つい、
「ここは天国ですか?」
彼女は小柄でとても可愛らしく、思わずそんな言葉が僕の口から零れる。
見ず知らずの他人に、何の抵抗も感じず声を掛けたのは今日が初めて。
人見知りの僕なのに。声をかけずにいられないほど好みの女性だった。
「バカかアンタは?」
聞きなれた声に僕は首を反対方向へ。
そこには我が家のボス猿が!
「ゲゲッ!」
いきなり母親の登場。
どこの家でも例外ではないと思うが、家庭最大の権力者マミー。
気に入らないとすぐ不条理にブチ切れる怖いもの知らずのマイマム。
醜態を見せた僕の顔がハワイ島のマグマより熱くなるのに時間はかからなかった。
マジハズカシー!
「アンタ入学式の途中で失神して救急車で運ばれたのよ」
「マジで!?」
聞けばイヤンに頭突きをかまされて気絶したのだとか。
泡吹いて意識不明だったらしい。
「やっぱアタシの子だねぇ。一応検査してなんともなかったらしいけど、今日は様子見の為に一泊入院だってさ。頑丈な体に生んだアタシに星の数ほど感謝するように!」
「野性に感謝だね」
{ゴン!}
美人の看護師さんが慌てて僕を庇おうとするも間に合わずに、グーパンゲット。
結構な勢いで頭を殴られたわりに思うほど痛くはなかった。
「僕って頭打ってここに運ばれたんじゃなかったっけ? 頭部はデリケートなんだからコンクールに出すパティシエ作品ぐらい慎重に扱って……」
{ゴン!!}
そんなやり取りをしているうちに意識も覚醒。
しかし何だかとても重要な事が思い出せなくてモヤモヤする。
そんな中、違うもう一つの重要な案件を思い出した。
「イヤンと頭ぶつけたはずだけど、アイツどうしてるの?」
僕の問に母はゆっくり腕をのばし、隣のカーテンで覆われている場所を指さす。
それを見た仕草も何もかもが美しい看護師さんがそのカーテンを勢い良く開けた。
天使のような彼女だが、時々僕をチラリと見るその眼は非常に切なげ。
理由は直ぐに明らかとなる。
「あぁっ!」
再びこちらを振り返り、溜息交じりの小さな笑み見せる看護師さん。
その後視線をベッド上へ向けた。
僕も彼女の目線を追い視線を入院ベッドの上に。
「グゴガガガガ!」
そこには掛布団を蹴り上げて大イビキをかきながら眠りこけるヤツの姿が!
ミジンコほどにも心配した自分自身に激しく後悔。
「お前もかよ! あ、でも頭打った後のイビキってヤバいんじゃね?」
頭部に激しい衝撃を受けた後のイビキは非情に危険なのだそうだ。
脳に何らかのダメージを負った可能性があるとなんかの本で読んだことがある。
昏睡してそのまま帰らなくなる事も少なくないとか。
もしや脳挫傷?
そんな風に病室の天井にある蛍光灯を見つめながらアレコレ考えていると……
{ブーッ!!!}
やりやがった!
不愉快な音のした方向に顔を向けると、僕へ向かって尻を着きだすイヤンの姿が!
しかも一発かますとはいい度胸ではないか!
そして今度は寝返りを打って反対を向き、何食わぬ顔で再び大いびき!
だらしないその姿に僕は殺意さえ覚えた!
ってか死ね!
「彼自身はぜんぜん大したことないけどアンタの事が心配だからって、検査がてら一緒に入院する事にしたんだってさ。まあ、病院に着くまでは彼も意識失っていたらしいけどね。アンタ達が学校に行けるのは明後日からだよ」
びかりゃと同じくスタートダッシュに失敗した僕達二人。
バカは入院しても直らないらしい。
「安成の無事も確認した事だし、あたしゃ今から家帰って残りの子豚たちにご飯作んなきゃ。だからそろそろ行くわ。てな訳で、明日の夕方迎えにくるねー!」
「夕方かよ! でも迷惑かけてごめんね母さん」
「本当だよ! ご飯担当のアンタが抜けると私が大ダメージなんだからね!」
「えぇ……そんな理由かよ?」
こんな時ぐらい労ってくれないのかよなどとツマラナイ指摘は胸の奥へ。
なんだかんだと迷惑かけた母親にもう一度お詫びした。
勿論、心の中でね!
昔の洋画のヒロインのように投げキッスをしながら病室を出ていく母親。
超恥ずかしい!
「フフフ。」
その姿を微笑みながら見ていた女神のような美しさの看護師さん。
彼女もこれを境に自分の持ち場へと戻ると言い出す。
「三河さんが起きたことを報告しなければいけないので、私もそろそろ行きますねー」
そんな感じで我が空想の恋人である看護師さんも病室を後にした。
なんとな~くだが逃げるように早歩きだったと思ったが気のせいだろうか?
母親とマイ天使である看護師さんの抜けた病室はなんとも寂しげ。
それもそのはず、病室内に6個あるベッドには僕とイヤンしか使用していない。
なのに何も考えず眠りこけているイヤンを見ると無性に腹が立つ!
だからズボンとパンツをひざ下10cmまでさげてやった!
心の妻である僕の看護師さんが次に来るときが楽しみ。
ムフフ。
三十分ほど経ったであろうか?
やることもなくついウトウトしてそのまま眠ってしまった僕。
そこで事件が!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ! へ、変態かお前はっ!」
突然の断末魔にも似た悲鳴が室内へ響く!
そのせいで目が覚めた!
一体なにが起きた!?
{ドズッ!}
「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
今度は鈍くて重い衝撃音の後に野太い男の悲鳴が!
なんなんだ!?
僕は咄嗟に上半身を起こし、隣のベッドを見た!
そこには剝き出しの股間に踵落としをくらい、ベッド上をのた打ち回るイヤンが!
しかもあり得ない程に痛がっている!
「どーゆーつもりだ、あぁん?」
その女性は苦しむイヤンの胸ぐらを掴みながら起しあげた!
艶やかで吸い付きたくなるような唇からウーハーでも出せないような超低音声が!
Vシネマの貸金業宛ら問い詰めるその姿は最早本物を凌駕!
しかも、よく見ると外見は抜群の美形ではないか!
でも、胸は残念。
「ち、ちがうんだ! 誤解だねーちゃん!」
(なんだイヤンの姉か。弟は頭がイタいけどねーちゃんは乳がまなイタ……)
その瞬間、眉間に針を刺す様な殺気を感じた。
当然それは彼女から発せられている。
(はぁぁこっち見てりゅうぅぅ! イ、イヤンのねーちゃんは心の声をも聞き取れる超能力者がなんかかよぅ)
身の危険を感じた僕は、布団にもぐりこんで嵐が過ぎるのを待つ作戦を遂行!
しかしイヤンがそれを全て台無しに!
「おいアンジョー! なんか説明してくれよ! ってかなんで俺ズボン履いてないの? お前俺になんかした? チョーこわいんですけどーっ!」
胸ぐらを掴まれながらも必死に抵抗している姿を見なくても想像できるイヤン。
そんな彼が涙声で僕に質問の雨あられ!
「アンジョー? 童夢の友達?」
(ギクゥ!)
ターゲット変更補足ロックオン!
終わった……。
イヤンの姉とは面識ゼロな僕。
それでもこの数分のやり取りだけで、ある程度の性格は把握できた。
彼女も我が家の母や姉と同種族だろう。
暴君と言う名の!
「アンジョーく~ん」
(……)
色気のある声と同時に僕を覆っている布団に妙な力が加わってくる。
何をどう対応してよいのやらとパニック症候群に似た症状と額を流れる脂汗。
それらが更に僕を死地へと追い詰める!
「うらぁっ!!」
顔まで覆った布団を捲られまいと必死に抵抗するも、あっけなく剥がされる。
彼女の瞬間最大出力は地球全土へ電力を供給できるのでは!?
そんなバカ力に抵抗できるわけなどないではないか!
簡単に顔が露出してしまった僕は非常に気まずく、彼女の顔を真面に見れない。
場の空気を和まそうとその時口から出た言葉はなぜか、
「ス、ステキなバストですね……」
終わった。
今まで生きてきた15年間の思い出がセピア色の映像となって頭の中を駆け巡る。
これが噂に聞く走馬灯なのか。
「アハハハハハハッ!」
その時、甲高い笑い声で室内が一杯に!
同時に自我を取り戻した僕を見ながら彼女は続けてこう言った。
「アンジョー君って言うんだ! 初めまして、童夢の姉です。愚弟だけど仲良くしてくれてありがとうね!」
助かった!
しかも無事に誤魔化す事ができたぞ!
「そこまでストレートに私の悩めるピンポイントを攻めてきたのは君が初めてだよー。尤も、次からそんな事を言った輩は水面下で秘密裏に処理していくんで二人目は今後永遠に出てこないだろうけどねー」
「!?」
楽しそうに話すその内にドス黒く恐ろしい言葉が入り交ざっていたような?
もしかして気のせい?
「今日は家のバカ童夢がとんだ迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。本来なら親が謝罪するのが当然なんだけど、昨日から二人とも母方の実家に帰ってるのよ」
「そうだ、熊! ばーちゃんは!?」
姉の言葉に反応したイヤンを見て、実家で何かあったことは容易に想像できる。
アンジョー恐怖リスト上位が定位置の熊が出たって……
こわ!
あ、因みにトップはボス猿。
で、次がねーちゃん。
もっとこわ!
「大丈夫よ、さっき携帯に連絡があったわ」
「熊!? マジで熊に襲われたの?」
怖いと嫌いは別問題。
爪と牙に怪力が無ければ大きなぬいぐるみと同じ。
その要旨は非常に可愛らしく魅力的なツッキーワグマ君。
彼の事をもっと聞こうと興味津々食い気味で質問する僕に、
「いやね、当初は熊に襲われて入院したってじいさんから連絡があったんだけど、実は隣に住むニートで巨漢の矢作さんの孫がダイエットの為に黒いサウナスーツで農道をランニングしてたのを熊と見間違えて、慌てて逃げようとした時に足グニって転んだらしいの。で、そのまま気を失ってしまったそうなのよ。それを見た矢作さん家の豚ニートが救急車を呼んでくれて、しかも農作業で家を離れていたじいさんにワザワザ伝えに行ってくれたんだって」
所々毒ついているような感じは気のせいだろうか?
ビクつくイヤンを見るに、まだ本性は現してない?
「ところがあのじじい耳が遠いでしょー! ニートン……、あ、これ豚ニートの事ね! ニー豚(トン)なんちゃって。アハハハ!」
僕とイヤンの間に妙な空気が流れる。
どうもダメ人間臭が尋常じゃない彼女。
いや、見た目はキレイなんだけど……
「で、どこまで話したっけ? そうそう、それでね、あの呆けジジィが”ババさがクマに襲われた”って勝手に勘違いして家に電話してきたってのが今回の真相よ! だから全然大したことないってさー。でもせっかく休み取ったから一日ゆっくりして明日には帰ってくるって! しかし家のババァ、今晩私一人で夜御飯どうしろってんだろう?」
間違いない。
彼女は残念系だ。
綺麗な顔立ちに反して無意識に悪態をつくところが本物。
さすがイヤンのねーちゃん。
胸はペッタンコだけど……
何気なくイヤンに目を向けると、それはもう、何とも言えぬ表情を。
笑っているのに目は座っているし、口角など引き攣っている。
その顔の意味は姉に向けての失意だろうか?
いや、自分自身に対しての情けなさなのか?
それとも、もしかして矢田家の呪われた血筋に対してか?
彼の本心まど僕が知る得るはずもない。
だが、この場での正解は全てだった気がしてならなかった。
ともあれ、僕とて同じように足をグニって救急車で運ばれた身。
他人にアレコレ言う資格などあるわけがない。
つまりは僕本人も三河家で言えば残念系で間違いないって事。
はぁ悲しい。
少々情けなく、思いに耽っているセンチメンタルアンジョー。
そんな事を知ってか知るまいかイヤンの姉は突然僕にこう尋ねる。
「で、アンジョー君、なんで童夢はパンツ脱いでたの?」
「結局リセットかいっ!!」
不意を突かれた僕は彼女の言葉へ即突っ込む!
その自然な事と言ったらなかっただろう。
僕の学園生活はまだ始まってすらいないかも知れない。
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