第2話 アンジョー

 「まぁ、当然の結果かなー」


 今年8月で16歳になる僕、三河安成みかわやすなりは入学希望高の合格発表を見て呟く。

 掲示板にはバッチリと自分の受験番号が書いてあったからだ。


 そもそもこの赤楚見高校はレベルもそれ程高くはない。

 成績が中の下ぐらいしかない僕でも余裕でいけるだろうと担任に言われていた。

 バカなお前でもと余裕だろうと……

 

 失礼過ぎと違う?

 まあ、強ち間違いでもないのだが……

 

 この時はまだ超絶人見知りな僕。

 合格者を貼りだした掲示板から数歩後ろに下がった誰もいない空間へ。

 そこで一人優越感に浸り小さくガッツポーズ。

 

 そんな時、前方からガサツな話声が。

 どうやらこちらへ近づいてくる?


 「おーアンジョー、どうだった?」


 それもそのはず、声の主は全員が知り合い、ってか、同級生。

 中でも最初に声を掛けてきたのは長身面長で栗色の髪を持つ矢田童夢やだどうむ

 彼とは中学三年間ずーっとクラスが同じで、腐れ縁としか言いようがない。

 

 「アンジョー聞いてくれよ、俺達全員合格だぜ!」

 

 そこへ被せる様に話し掛けてきたのが丸顔短髪天パーで童夢の近所に住む尾藤輝びとうてる

 彼もやはりクラスは同じだった。

 

 更にはその後ろでニヤニヤ笑う光輝くつややかな黒髪ロングの女子が。

 整った顔立ちからは想像もできない根性悪な彼女の名は小張真紀子おばりまきこ

 僕のご近所様で幼馴染といった最悪な関係である。


 どういうワケか、小さなころからいつも上から目線な彼女。

 だから高校だけは絶対一緒となりたくなかった。

 ここを受験するのも男連中にしか話さない徹底ぶりだったのになぜ?


 「だろ? 俺の言った通りアンジョーいただろ」


 どうも泥棒にお金のありかを話したのと同じだったらしい。

 そのせいか、自責の念で一杯となる。


 (入学する前からお先真っ暗じゃんか! 僕のバカ!)


 それにしても二人が同じ高校受けたの知っていたが……

 マッキーまでいるだなんて計算外。

 彼女の足りないオツムでよく受かったな。


 眉間にシワを寄せ、俯き加減で考えこんでいる僕。

 そんな姿を見て彼女はポツリとこう言った。


 「地獄の三年間にしてやってもいいのよ?」


 股間があり得ないぐらいに縮まるのが見なくても分かる。

 ああ恐ろしや!


 その後、僕らは暫く立ち話をして、あまり実感のない感動場面を分かち合った。


 

 

 ここで少し”あだ名”の話をしよう。


 僕の名前は見ての通りで、安成(やすなり)は(あんじょう)とも読める。

 そのまま続けて呼べば”みかわあんじょう”。

 そう、新幹線の駅もあるあの三河安城だ。

 名前の漢字も土が付かないだけでほぼ同じ。

 アンジョーと呼ばれる事になるのはごく自然な流れ。

 

 イヤン(矢田童夢)は小さい時、夏休みが終わるのイヤダーって叫んだのが由来。

 一時期はイヤンでなく、イヤダと呼ばれていた彼。

 ところが、中学の担任だった女性教師のスカートへ顔を突っ込む事件を起す事に。

 あれ程厳しくて有名だった先生がその時ばかりはメスの鳴き声をしてしまう。


 「いやぁ~んっ!}


 色っぽく発せられた先生のその悲鳴は廊下で倍々に反響。

 更には昼放送中の放送室マイクが音を拾ってしまう運の悪さも重なる。

 これ等を経て、全校全クラスにスピーカーを通して伝わることとなったのである。

 

 この後担任に雷を落とされたのは言うまでもない。

 後、熊をも一撃で殺すと噂されていた体育教師からも鉄拳制裁を。

 

 彼は両頬を腫らしながら無事帰還。

 遂には勇者と称えられ称号を与えられたのである。

 

 「イヤン将軍」

 

 イヤダからイヤンにグレードアップ。

 彼自身は体育教師に痛恨の一撃をくらい、記憶を一部失っていたらしい。

 おかげでなぜイヤン将軍と呼ばれるようになったのかが腑に落ちないとの事。

 そして呼称が単略化され、イヤンと呼ばれるようになったのである。

 

 ぴかりゃ(尾藤輝)は輝(てる)が輝きや光を連想させるといったまんまな理由。

 時にはピカチュウとかピカリンと呼ばれる事も。

 

 最終的には、沖縄旅行にいった他の同級生がぴかりゃと呼んだのが始まりらしい。

 ぴかりゃとは山ぴかりゃ、つまり西表ヤマネコである。

 よくよく考えたら彼は生き物好きだし、自分勝手で短気。

 意外にも喧嘩っ早くてしかも強く、ずる賢い猫科そのものである。


 そしてあまり覚えてないが、マッキー(小張真紀子)の名付け親は彼女の家族。

 しかも直接の原因は僕だったらしい。


 彼女は小学生低学年の時、絶えず僕になにかイヤガラセをしていた。

 眉毛を髭剃り機で片方そり落とされたこともあった。

 時にはトウガラシを触った手で瞼に触れられたことも。

 或は落ち武者のように頭のセンターへバリカン入れられる極悪非道行為も。

 

 それでも怒らなかった僕が、唯一ブチ切れた時があったそうだ。

 非情にも彼女の顔面を油性マジックでメチャクチャにしたらしい。


 その後、親と一緒に近所で小さなバイク屋を営んでいる彼女の実家へ謝罪に。

 そこには既に彼女の事を”マッキー”と呼ぶ油まみれで真っ黒の汚い父親がいた。

 落書きに使用したマジックがマッキーの黄色で、父親がそれを見て言ったそうだ。


 「真紀子がマッキーで真っ黄っ黄に塗られてきた! 俺は黒色お前は黄色、俺らは親子揃って色物だ! 真紀子はマッキー! 真紀子はマッキッキー!!」


 そこはもう、大爆笑。

 そのせいで少しだけ親子の溝が出来たとか。

 今考えると、マッキーの僕に対する嫌悪感を逸らしたかったのだろうか。

 自分へ全ての罪を擦り付けて……


 その時から僕とバイク屋の家族は彼女の事をマッキーと呼ぶように。

 同時に店の奥から半身隠して呪い殺す様な視線でこちらを睨んでいたような。

 きっと”誰かに喋ったら殺す”的な超威圧をかけてきたのだろうと思う。

 そんな彼女の意を汲み取って、事件は心の奥底に封印。

 

 勿論、イヤンとぴかりゃはその事実を知らない。

 ってか、彼らが知った日が僕の命日となるであろう。

 

 因みに僕はなぜその時ブチ切れたのか理由を覚えていない。

 それに誰も教えてくれない。

 まあ、聞くつもりもないのだが。

 

 言える事は、その事件をきっかけに、彼女のイヤガラセはプッツリ無くなった。

 しかしイタズラの類は今現在進行形で行われている。


 

 とまあ、あだ名の由来はこんなところか。

 ともかく、何よりも全員無事合格できたので良しとしよう。

 他にも同じ中学から数人受けたらしいのだが、この日出会うことはなかった。

 

 その後の春休み中、たいして特別な出来事が起きる訳でもなく坦々と過ぎて行く。

 外出もしないで一日中ネット。

 お菓子食べながらの漫画。

 横たわってのテレビ鑑賞。

 そんな感じの非常に有意義で多忙の日々。

 

 年配の方々から見れば貴重な時間を無駄に費やしてなどと怒られそう。

 それでも、入学するその日までこんな感じに家へと引きこもっていた。

 

 あ、家が近所で幼馴染だからと言ってマッキーとは普段遊ぶことなんてない。

 だから当然春休み中は会ってないので誤解の無い様に。

 家族ぐるみでほんの数回しか……。

 


 そしてついに登校する日を迎える事となる。

 平々凡々でのほほんとした我々の暮らしを一蹴する衝撃初登校日が!


 


 僕の学園生活は驚きに満ち溢れているのかも知れない。


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