あの人はおっさん?
どてかぼちゃ
第一章 あの人はおっさん?
第1話 社長
「さびしくなるね」
私の言葉に彼はクスッと笑いながら一度だけ首を縦に振った。
社員25人の小さな部品メーカーだった我社に13年前の春、危機が訪れた。
当社の売上が70%ほどを占める取引先が倒産。
連鎖の波で自社をも経営危機に陥ってしまったのだ。
銀行の融資は当然ストップ。
もはや選択ルートは経営破綻から多大な債務、そして一家夜逃げの一択のみ。
そんな状態の我社に彼はA4ほどの用紙と一通の紹介状を持ってやってきた。
「え、うちで働かせろって?」
よく見るとその用紙は履歴書で、内容が今一つよく分からない。
これを読んでみると、最終学歴は中卒との事。
地方の小さな町工場で働いてから期間工を経て、19歳に”トヨカワ自動車”へ。
その後の業務内容までは書かれていなかった。
大手自動車メーカーと言えど、勤務地は本社から地方営業所と様々ある。
しかし彼が手にしていた紹介状の裏には役員の名前と印鑑が。
それも一人ではなく複数人の。
どうにも合点がいかない。
大企業が中卒の期間工などを正社員へ登用する事があるのだろうか?
一見チャラいその風体に、履歴書の内容がどうにも信用出来ない。
(まさかの職歴詐称か?)
仮に働いていたとしても、どうせ地方ディーラーで整備では?
外見からはとても誠実そうに見えない。
言うならば、ホスト?
少し小馬鹿にしながら、何度も何度も彼と履歴書を交互に眺める。
しかしその大手自動車メーカーと我社は微々たるものだが取引もあった。
改めて彼から最初に手渡された紹介状の中身を拝見。
その内容は衝撃的なもので信憑性が感じられなく只々唖然とする。
(”彼を採用のち当社が責任をもって貴社を全面支援する用意がある”だって!?)
冗談の様なご都合主義にばかばかしくなった私は、その内容を信じるはずもない。
だが、どうせ立て直す事は出来ないのだからと半ばヤケクソで彼にこう尋ねた。
「もう倒産が確定しているんでタダ働きになるけどいいのかい?」
やはりその時もクスッと笑いながら一度だけ首を縦に振る彼。
どこぞの古いハリウッド俳優にもダブって見えた。
当時の事を私は今でも鮮明に覚えている。
この投げやりな判断が当社の運命を変えたのだから。
そして二週間ほど経ったある日、銀行から連絡が。
理由は明かせないけど我社の融資を再開させてもらうと。
こうして幻の第二ルートが確定した。
当初、彼の様子を見ようと末端の営業に配属。
しかし三か月もしないうちに前年対比売上200%を達成したのである。
なんのコネがあるのか知らないが、”トヨカワ”との取引が一気に増加。
しかもそれだけではない。
競合会社であろう他の自動車メーカーからも仕事を取って来たのだ。
幾ら少ないとはいえ、ライバル会社から受注を請け負うなど……。
これでは紹介した”トヨカワ”のメンツが丸つぶれでは?
その事を彼に問いただしてものらりくらりとかわされてしまう。
彼はいい意味で謎だらけの人物。
違法な事をしている訳ではないとのことだから暫く好きにさせようと思った。
いつの間にか彼は我社に無くてはならない存在となる。
というより彼が我社を大きくしていったと言っても過言ではない。
彼の申し出で社内に様々な部署を設立、責任者になると必ず数ヶ月で結果を出す。
そのからくりはサッパリだが、一つだけ言えるのは彼が相当のやり手だって事。
結果、我社は彼と共に成長していったのである。
私は彼に甘んじて、名ばかりの社長職で会社の為に何をしたのだろうか?
それ程までになにも思い当たらない無能だった気がする。
しかし私が社長をしているから自由にできるんだと彼はいつも笑っていた。
正直その言葉に救われた気がする。
寧ろそうさせていたのだろうとさえ思えてくる。
そして三年前の社員2000人超えを期に株式公開、一部上場企業へ。
我社の成り上がりストーリーはまだまだこんなところではとどまらない!
と同時に、当時役員の一人である彼が社長の私にある要望を。
これがまた不可解な話で、その真意を問い質した。
「え?また新しい部署を作って平社員にしてほしいって!?」
クスッと笑いながら一度だけ首を縦に振る彼を、この時久しぶりに見た気がする。
一片の曇りさえない爽やか極まるその笑顔に男の私でさえ見とれてしまいそう。
彼曰く、もう会社は数十年間はこのまま安定航海していくだろうと。
することが無くなって何もしない一役員の存在意義なんて無いだろうと。
それなら誰も自分を知らない新しい部署でスチャラカ社員を演じたいと。
今からは会社の成長を見守りつつ、三年後に仕事人生を終了するつもりと。
三年という月日は私や得意先の友人達と、接待ではない遊びをするつもりと。
その頃には自分も40歳を超えた辺りなので、もう一度自分の人生を見つめると。
それを聞いて涙と嗚咽でなにも言えなくなってしまった。
瞬く間に三年が過ぎた
彼が私を助けてくれた日々の終着点。
そして今日が彼にとって出勤最後の日になる。
更には本心を言い放った最初で最後の日でも。
「さびしくはないよ。社長は自分が無能ってよく言っていたけど、そんな人間が連結とはいえ、数万人規模の会社経営なんてできる訳ないじゃん。俺は中卒で学が無い、だからこれから高校へ行くんだ! そして大学、大学院へと! もう社会では十分に満足したんだ、俺の青春はまだまだこれからなんだよ!」
結局最後までタメ口にちょっとイラッとした。
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