第20話 契約の儀式、もう一度。
「契約の仕組みについて、説明して貰っていいかな」
ジノリアの告白の翌日、僕は河野さんの家を訪ねた。
「ええ・・・・・・いいけれど・・・・・・」
河野さんが戸惑うのも当たり前だった。僕の後ろには黒髪黒目のジノリアが絶っていたからだった。恐らく、見ただけで精霊とわかるのだろう。にらみつけるようにジノリアを見つめると、僕たちを部屋へ招いた。
「契約は、空の容器に水がたまるように、徐々に進行していく。満タンになったとき、契約された人間は精霊の力に耐えきれなくなり、死亡する」
「人間は精霊になれないの?」
河野さんはこちらが驚くくらい驚いた。
「無理無理、今まで色んな精霊の使いたちが様々な儀式を行ったけれど、無理だった」
「契約した人がその実験に関わったことは?」
「・・・・・・ないけれど・・・・・・八代さん、まさか」
僕は彼女の話を遮り、ジノリアに声を掛ける。
「あのナイフを渡してくれないかな」
ジノリアはそろそろと懐からあのナイフを取り出す。
間近でみると、本当に綺麗なナイフだった。柄の部分に魔方陣とも取れるいくつかの円が乱雑に並んでいて、それでいて整頓されていた。刃の部分は光を二倍反射しているかのように白く、淡く輝いているようだった。
僕はそれを受け取ると、刃を自分の腹に向けて、両手でナイフを持つ。
「やめて!」
河野さんは間に入ろうと手を伸ばしたが、華麗な身のこなしでジノリアがそれを払う。
「精霊の力がたまったならば、僕が一度精霊になればいい。契約するとき持って行かれた人間の部分を、さらに吸い取れば僕は完全な精霊だ」
自分でも破綻した考えだとは思った。しかしこれしか命を食いつなぐ方法がない。
僕は思いきり腹に突き立てた。あのときと同じように何かが吸い取られる感覚。痛みはないが、力がわき出るような、流れていくような、不思議な感覚だった。
意識が遠のく中、僕はジノリアに目で合図した。
(さあ、契約をしよう)
力の入らない手でナイフを抜き、そのままジノリアに覆い被さるような形でジノリアの腹部にナイフを突き立てた。
それからの記憶は、何時間かなかった。
気がつくと河野さんのベッドの上に寝かされていた。
「精霊の力を利用して一旦精霊になり、その上で『人間』になっているジノリアさんに契約を施す・・・・・・ジノリアさんの命が尽きそうになったら、また契約を変える・・・・・・ということ?」
目を覚ましてすぐ、河野さんは少し怒ったように言った。
「その通りだよ」
掠れた声で僕は呟く。
「お願いだからそんな危ないこと、もうやめてほしいんだけど・・・・・・」
「河野さんも、優太を探すの手伝ってくれるかな」
僕は会話を無視して問う。
河野さんが頷くのを確認して、目を閉じた。
感じたことのない疲労感。しかしやりとげた達成感。陽太は僕がこんなことを思いつくと思っただろうか。僕はあの頃の、言われるままの僕を越えることが出来ただろうか。
ジノリアはもう家に帰ったようだった。今度は僕が元精霊、ジノリアが契約された人間。立場が逆転したとしても、僕たちは同じ契約で繋がっている。
この契約は、もしかすると一生続くかも知れない。
それでも僕は、構わないと思った。
ジノリアに僕の考えを話したとき、彼女は快く応じてくれた。彼女自身の、精霊としての命、人間としての命が危ぶまれる不確定な仮説を、信じてくれた。
もう少しだけ寝たら、河野さんと優太を探すためのプランを立てよう。
優太を探し、陽太に勝つ。
僕が成長したことを、陽太が間違っていることを、証明するために、僕は生きる。
精霊の使い 宮里智 @miyasato
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