第9話 河野妹、説明す。

 僕を無理矢理部屋に上がらせた河野真希の妹、河野摩耶の部屋は姉と同様、質素なものだった。

 整頓された勉強机に、メイキングの済んだベッド、真新しい木のタンス。それ以外は置いていなかった。

 椅子が一つしかないため、必然的に僕たちは床に座ることになった。

 河野さんはもう一度姉の行動を詫びてから、声を潜めて話し始めた。

「お隣の、八代さんですよね。配布物を届けてくれてありがとうございます」

 河野さんはふうと息を吐いてから、さらに声は小さくなる。

「契約なさったんですね。おそらく、夢のような話で信じられないと思いますが、命に関わるお話ですので、聞いていただけると助かります。

 この世界には、物質以外のものが存在します。それはあるいは幽霊だったり、勇気や優しさなどの感情であったり。

 そのような、形にはならないものが、時として精霊となります。

 精霊は普通人の形をしていません。人の形をしていると言うことは、形になっているということですからね。形のあるものから何らかのアプローチを受けない限り、精霊は形作ることが出来ません。精霊の普通は、認識されないことですから。

 そして精霊には力があります。力の強さは、精霊によって違うのですが・・・・・・そのあたりは省略して、とにかく、八代さんは精霊にその力を植え付けられた状態になっています。精霊が生み出す力は普通、形作られることなく消えていきますが、人間に力を与えると、その力は形あるものとなって残る・・・・・・」

 僕はもう聞くのをやめようと思ったが、突然沈黙したことでまた、彼女の話に意識がむいた。

「残るとどうなるか。空のペットボトルに水を注いだらいつか溢れます。溢れたとき、それが契約の終了です。溢れた力は精霊のもとに還り、その精霊は一時的に膨大な力を持つことが出来ます。抜け殻は、必要ありませんよね」

「抜け殻って・・・・・・」

「力をためていた器。つまり八代さんです。契約する人の多くは自分で望んで契約を交わします。だから契約を破棄する方法が確立されていないのが現状です」

「ちょっと待って下さい。なんで河野さんはそんなに精霊に関して知っているのですか」

 僕は思わず口を挟んだ。彼女からすらすらと出てくる言葉は呪文のようで、不思議とその知識を信じることに抵抗を覚えなかった。しかし発信元は、僕と同い年の高校生である。

 彼女は小さい声で、あ、と言ってから少しお辞儀をして、言った。

「私は精霊の使いの一人です」

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