第4話 彼女はいつも、脳天気。

 サバイバルナイフのようなものを僕にちらつかせながら、彼女は後ろ手でドアを閉めた。音を一切立てず、僕には彼女の呼吸音すら聞こえなかった。

 次の彼女の行動は早かった。

 僕の胴体、とりわけ胸に向かってナイフを突き刺そうとしたのだ。

 僕は体の防御反応により無意識的にナイフを掴もうと動いた。

 その結果、彼女のナイフは僕の右手首に深々と突き刺さったのだ。

 不思議と痛くなかった。

 しかし意識が遠のき、同時に力がナイフに吸い取られるような感覚が全身に伝わる。

 薄れゆく意識の中、彼女の握るナイフの柄が、美術館でしか見られないような丁寧な装飾がしてあるのだけが目に焼き付いた。


 次に目を開けたとき、最初に僕の目に映ったのは心配そうに見守る母親の姿だった。

「あ! 龍太、起きた? ジノリアちゃんから聞いたわよ。貧血ですって?」

「・・・・・・違うよ! ほら! これ!」

 僕は一瞬状況を飲み込めなかった。一度に色々なことが起き過ぎている。

 母に見せた僕の右手首にはリストバンドが着けられていて、僕は貧血で倒れたのではなくて、この場にいないジノリアは不審な行動しかしていない。

「何それ?」

「ああ、おかーさん、わたし、りゅーた、で、プレゼント、するました」

 母の背後から謎の人物、ジノリアの声。

「あらあ、龍太随分お洒落なリストバンド貰ったのね」

「わたし、おにいさんため、かうました」

 謎の人物は僕の方をのぞき込むように、元気いっぱいで言う。その後口が確かに、

「はずすな」

 と動いたのがわかった。輝きを失った目で、僕を見つめながら。

 あまりの気迫に、母が部屋を出て行くまで、僕はそれ以上何もいえなかった。

 母が出て行こうとする時、ジノリアは母に笑いかけながら、

「おりおり、てつだうます。わたし、おりおり、とくい」

「お料理のことかしらねえ、いいわよ。一緒にやりましょうね」

 僕の心配はどこへやら、母は呑気にそう言った。


 部屋に一人、ベッドに仰向けになって考える。

 ジノリアという謎の人物のこと。

 確かにあの時刺されたこと。

 右手首に巻かれたリストバンドのこと。

 ふと思い立って、リストバンドをよく観察してみることにした。ただの毛糸が巻かれたブルーのリストバンド。なんの刺繍も施されていない、至って普通のリストバンド。この下に、刺されたであろう傷が残っているはずだ。

 僕は右手首を軽く動かし、痛みがないことを確認してから、恐る恐るリストバンドの隙間から様子を覗った。

 そこには本当に、なんの傷も残っていなかった。


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