第3話 僕の家族は、ほのぼの系。

 今まで流暢な日本語を発していた口から出たとは思えない片言の日本語に、僕は固まった。

「あら、おかえりなさい! あなたが、ジノリアちゃん、ね」

 いつもより少し高い声で迎えた母は、ジノリアの後ろで固まる僕に知る由もなく、笑顔を見せた。

「おかえりなさい」

 新聞紙を持ち椅子に腰掛ける父もまた、母と同じようにジノリアを歓迎した。

「おかーさん、おとーさん、これから、よろしく、お願い、ます」

 ジノリアも同じような笑顔を作り、僕を除く三人は、あはは、と和やかな空気を醸し出していた。僕だけが違う部屋にいて、ヘッドホンをつけて外界を絶っているようだった。ジノリアの腕をひっぱり、両親に聞こえないよう小声で言う。

「ジノリアさんって日本語話せるんじゃないですか?」

「この方がそれらしいじゃない」

 ジノリアはウインクして囁きかえすと、母の方へ歩いて行き、いかにも、といったようにハグした。

「こにちは、こにちは」

「まあ! ジノリアちゃん、こにちは!」

 母までもが片言の日本語を話し始めた。父はそれを楽しそうに、そして少し羨ましそうに見つめていた。

「おとーさんも、こにちは」

 その視線を察してか、ジノリアは父にも同じようなことをした。

 こうして、我が家は新しい家族を迎えたのだった。


 焼き魚、味噌汁、白米、緑茶、ついでに母がこの日のためにと一から作ったお新香が食卓に並ぶ。太陽はまだ完全に落ちきっていない。

「いただきます」

 家族揃っての久しぶりの夕食に、若干の気まずさを感じつつも、隣に座るジノリアの様子を覗う。彼女は流行のJ-POPを鼻で歌いながら箸で味噌汁の中の豆腐を摘まんで口の中に入れた。

「ジノリアちゃん、お箸、使うの上手ね!」

 褒め称える母に、ジノリアの本性を暴露しようかと、この五分間で何回思ったことだろう。おそらく一般の人ならば、彼女が日本慣れしていることを、数多くの仕草や表現から学ぶことが出来るはずである。

 彼女は母のフルコースを平らげると、両親とテレビを見ながら会話し始めた。僕はますます気まずくなって、いつもより早めに二階の自室へと戻った。


 嫌な予感はしていた。

 彼女の部屋は、父の仕事部屋になるはずの部屋と決められた。つまり、僕の部屋の隣だ。よくアニメで見そうな、「zinoria」と書かれた壁掛けが扉には掛けられていた。自室に入ってからまもなく、階段がきしきしと音を立てた。

 ノックもなしに入ってきたジノリアは、不思議な笑顔を浮かべた。彼女の瞳は黒いのではなく、陰っているのではないかとさえ思うほど、不気味で神秘的で、それでいて人間的に思えた。

 ふと、彼女の手元を見て、僕は呼吸を忘れた。

 手には俗に言うサバイバルナイフのようなものが握られていたからだ。

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