第3話 『入口』にいた者

 それから1年半ほどの月日が流れました。

 その日は朝から大雪で、電車もバスも遅延、もしくは止まっていました。私も1時間も早くに家を出て、やっと遅刻ギリギリで学校に着いたのですが、他の多くの生徒が来れないということでその日は休校になりました。

 振ってくる雪はすでに止んでいましたが、積もった雪はまだ道を覆い尽くしたままでした。バスも完全にストップしていたため、私は再びあのトンネルを通って帰る羽目になったのです。

 ただ、その日は同じ区に住む友人2人と一緒に帰ることになりました。前回のことは私がバスの遅延にイライラした結果ですが、どのバスも動かない以上、彼らも同じ道を歩いて帰るしかなかったのです。


「なあ……あそこって有名な心霊スポットだって知ってる?」


 トンネルの少し前に差し掛かったとき、友人の1人であるAが言いました。


「ああ、知ってるよ。俺も前に通ったことあるけど」


「マジかよ! それで……何か出た?」


「いやぁ……特に何も」


 私は友人の問いに対し、嘘をつきました。前回のことを正直に言うのが恥ずかしかったというのもあるのですが、私自身がもう一度あのトンネルに入り、あのとき見たものの正体を確かめたいという気持ちがあったのです。


「まあ、何か出たところでBがいれば大丈夫だろ」


 AはBのほうを見て笑いながら言いました。Bは寺の息子で、特に“見える”というわけではないのですが、お経を唱えるのは得意だったのです。

 少なくとも、私やAのような素人が唱えるうろ覚えのお経よりは効果があると思われました。


「うわぁ……雰囲気あるなあ」


 例のトンネルの前までやって来た私はそうつぶやくAをよそに、一番先に中へと足を踏み入れました。一番後ろを歩くのが嫌だったというのもありますが、私には1つ作戦があったのです。

 トンネルに入ってすぐに、私はまた足が重くなるあの感覚に襲われました。

 AもBも何も言わないので、彼らがどう感じているかは分かりませんでしたが、少なくとも怖がっている様子は見られません。そのことを確認すると、私は振り向いて後ろ向きに歩きだしました。


「ここって確かに不気味だよな。壁なんか岩肌削ってそのまんまっぽいし、電灯なんかまるで古い診療所の待合室みたいだし」


 そうやって後ろの2人に話しかけながら歩くことで、、私は自然な感じを装いながら後ろ歩きで進んでいきました。

 このトンネルは横に広がって歩くには3人が限度ですが、別に足並みを揃える必要はありません。こうして三角形を作り、先頭を歩く私が後ろ向きに歩くことで、前後どちらにも死角を作らないようにしたのです。

 2人の背後から何かが出てくれば私は振り向いて走ればいいし、私の背後に何かが現れれば前を向いている2人の表情で気付くことができる。これが私の作戦でした。

 時おり前も振り向きながら、私は2人とともにトンネルを進んでゆきました。

 そして、いよいよトンネルの出口が近づいてきました。2mほど手前、以前私が不気味な声を聞いた地点です。

 そこを通り過ぎるとき、私は全身の感覚を研ぎ澄ませました。前に通ったときは『これでここから出られる』という心の緩みを突かれて恐ろしい目に遭ったからです。

 私は二人のほうをゆっくりと振り返りながら、前から後ろへと180度見渡しつつトンネルを出ました。今回は不気味な声も聞こえず、何も起こらないまま通り過ぎることができたのです。


「別に何も起こらなかったな」


 Bがそう口にしたことで、私も初めて安堵感に包まれました。

 今回は皆でわいわいと騒ぎながら通ったのが良かったのか、それとも前後を見張って隙を作らなかったのが功を奏したのは分かりません。

 もしかすると私が前回聞いた声も、トンネルの雰囲気を恐れるあまりの幻聴、ただの気のせいだったのかもしれない。そう思って少し進むと、右側の茂みに以前オカルトマニアの友人に聞いたほこらがあるのが見えました。


(あいつが言ってたのはこれか……)


 中にまつられていたのは道祖神どうそじんのような石の塊だったか、それとも地蔵のような人型のものだったのか、はっきりと見えなかったせいもあってよく覚えていません。

 いや、ほこらのことをよく覚えていないのは、その後に見たものの衝撃があまりにも強烈だったせいかもしれない。

 ほこらを通り過ぎ、元の国道と合流するためのカーブに差し掛かったとき、私は再びトンネルのほうを振り向いてしまいました。

 そんな必要は全くなかったのに、もう一度確認しておきたいという気持ちがふと湧いてしまったのです。

 あのときあんな気持ちを起こさなければ――と、私は今でも後悔しています。あれさえなければ、今までの人生であんな恐ろしいものを見ることは一度もなかったのに……。


 振り向いた私が見たものは、死装束しにしょうぞくのような白い着物を着た人間でした。

 肩ぐらいまである髪が顔にかかっていたので、男か女かは分かりません。その人間はトンネルの入口からすぐの場所、右側の壁際に立ち、ただそこにたたずんでいました。

 ですが、私は気付いてしまったのです。その人間の口元が三日月のように吊り上がり、にやりとわらっていることに。


(…………っっ!)


 それを見た瞬間、私は冷たい手で心臓を掴まれたような恐怖感に包まれました。

 あいつだ。

 私が前に聞いた声の主は、あいつに違いない。

 前に私が通ったときも、きっとあいつはああやってわらっていたのだ。

 思わず声を上げそうになりましたが、私は何事もなかったかのようなていを装って再び前を向き、そのまま歩いていきました。

 目が合ったというわけではありませんが、もしも見えていることに気付かれたらまずい、そう思ったのです。

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