Limonium.5


別れを繰り返したとして



毎日あなたを忘れたとして



きっと私は、



毎日、同じ人を好きになる。




─────────




いつものように病室へと入ると、ベットの上に彼女の姿が無かった。


珍しい。トイレにでも行っているのだろうか


雪の残るコートを壁に掛けながら、いつも通り、花を棄て、また生けた。



事故の後遺症は記憶だけに留まらなかった。


彼女は足が不自由になり、支えがなければ一人では歩けなくなってしまったから、そこまで遠出はしていないはずだが。


そう思い、いつも車椅子が置いてある棚の横を見ると、案の定そこにあるはずの車椅子が無かった。


代わりのように、丸椅子がいつもの場所に置いてある。


棚の脇からベットの脇へと移された丸椅子の上には、黄色い表紙の本。中学の頃見舞いに来た時に、あげたものだ。


なんとなく手に取り、パラパラとめくる。


それから、最後のページでカバーの隅が折れていることに気がついた。



「なんだ、これ」



カバーを外す。



と、目に入ったのは自分の字で、でかでかと書かれた『好きだ。』。


流石に恥ずかしくなる。昔のことだから字も汚い。


それでも──これは嘘じゃない。


書いたことだって覚えているし、アイツが本を読んでいるところを見る度にドキリする。



アイツはこれに気づいたのだろうか?

不思議に思いながら、手をひねりふと俺が字を書いた面の逆を見た。



「…………」





ただ、小綺麗な文字で──書いてあった。





『私も、好きです』






どれくらい経っただろうか。気づくと、車椅子に乗ったアイツが、病室へと入ってきていた。



それから、花が咲く様な笑顔でにっこりと笑って。透き通るような声で俺の名前を呼ぶ。



「一樹くん、いつもお花ありがとう」







──────────



花浜匙の花言葉

『変わらぬ心』『永久不変』




スターチスの花言葉

『記憶』『思い出』『良い時間の思考』

『途絶えぬ記憶』



──────────



忘れることを繰り返す日々の中で、


ただ一つだけ、少女が覚えた名前があった。









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Limonium . 夏目 まこと @Makototo

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