Limonium.4


誰も望まぬもの


私も望まぬもの


躊躇いはするものの


嫌だと言っても


進まざるを得ないもの



──────────





「じゃあな」


「ありがとう、一樹くん」



扉が閉まる。


彼は面会時間ギリギリまでお話をしてくれた。私は丸椅子を片付ける。椅子はまだ暖かい。


途端に静かになった病室は、なんだか寂しい。物悲しさがあって、空気が重くなる。


私は帰っていく暗闇の中を彼の背中を、窓からぼんやりと眺めて、姿が見えなくなってからカーテンを閉めた。


「一樹くんの話、面白かったな」


どれも面白くて、新鮮で。楽しかった。


彼は私の知らないことも、私の知ってることも知っている。


「凄いなぁ」



病院服の袖を捲りながら、読みかけの本を読み始めた。



「そういえば………どうしてお見舞いに来てくれるんだろう」


家族……ではないと思うのだけれど。


看護師さんはいつも御見舞に来てくれる人がいるってこと。彼は二十四歳だということ教えてくれた。




「でも、明日には……忘れちゃうんだよね」




あんなに楽しく会話をしたのに、忘れてしまうのかと思うと寂しい。こんな私のこと、彼はどう思っているのだろうか。面倒臭い奴だと思っているのではないだろうか。


そんなことをぐるぐると思いながら、黄色い表紙の本を読み終える。


それは、人魚の肉を食べて不老不死の体になった少女が、目的もなく色々な時代を生きて回る話だ。


「……面白かったな」


彼がくれたと言っていたこの本。一体何時くれたのだろう。


そもそも、彼と私はいつから知り合いなの?


気になった私は、出版日を見た後、ついでに、カバーを外してカバー裏を見ようとする。小説だけど。おまけ漫画とか無いかな?イラストとか。表紙の主人公の女の子は、塩湖のような場所で、吹き抜けの空と鏡のような水の上で青髪をなびかせていて、儚い感じで可愛い。


「あっ」


カバーがするりと外れ本が音を立てて落ちた。拾おうとして──



「………!」



──手が、止まった。



ただ、カバー下には黒いマジックで一言。

トメハネの雑な、なんだか懐かしい。あまり綺麗とは思えない字。



『好きだ。』



とだけ。





私はゆっくりと本を拾い上げると、ペンを取った。



それからカバーをかけ直して、丸椅子の上へと置く。



目頭が熱くなる。布団に潜り込み、じわじわと染み出してくる涙を、嗚咽をこらえて静かに流した。病院服の袖に涙が染みている。



「っ……うぅ………」



──忘れたくない



──私を好きだと言ってくれた彼に



──彼のことを好きな私のままで会いたい



──『また明日ね』って、言いたい。




嗚呼神様。



どうして私には『今日』しか無いの。



眠りたくない。



忘れたくない。





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