Limonium.3



小学生五年の夏、悠華が交通事故に遭った。


それは──俺のせいだった。



あの日、



「女子はあっち行けよ!入ってくんな!」



無邪気な残酷な子供心が



「どうして」



ざっくりと傷つけて



「そんな酷いこと言うの…?」



泣き出したアイツは



道路へと飛び出して



そうして───







「……ええと、貴方誰?」




一命を取り留めたアイツは。




「ごめんね、分からないや」




全てを忘れていた。




その後、『前向性健忘』という診断結果が出て。


事故のショックで記憶喪失になった挙句、前向性健忘までも。


……俺のせいだ。





俺は、ただ──純粋に打ちのめされた。




後悔をぬぐい去るつもりだったのか、贖罪か、罪を償うつもりだったのか。


足りないものを埋める気持ちで。

俺はただ、毎日病室へと足繁く通った。


理由を聞かれてもはぐらかすばかりで。

俺はただ、


毎日『はじめまして』を続けた。



アイツは俺を覚えていない。


俺がしたことも。


どうして自分の記憶が無いのかも。


それは良いような、駄目なような。


でも、アイツが俺を忘れて、俺がしたことも忘れたとして、それを良いことに俺がアイツの事を忘れるのは──駄目だと思った。



だから、毎日同じ話を、同じようにして。




毎日記憶を失っているとは思えないほど、同じような質問をする。


それでも、俺の話に対して見せる表情が毎日新しく、違うことが。


俺があげた本を、毎日一ページ目から読み直していることが。


俺のせいで思い出の全てを失っていることを突きつけられる。




なのに




「一樹くん」



ちょうど高校を卒業した日、初めて会ったアイツと俺は『はじめまして』じゃなくなった。



「記憶、戻ったのか…?」



「え?…あれ、おかしいな……?私、貴方に会うの初めてなんだけど………」



にっこりと笑って俺を見据える。



「なんだか初めてって感じがしないや。君は一樹くんってことは、なんだかわかるの」



でもアイツは。


その時俺が嬉しくて、その場で泣いてしまったことですら



「一樹くん……?」



もう、覚えていない。


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