第24話
それは授業のせわしなさから解放された昼休みの始まりの頃だった。
「……ごめん、もう一回言ってもらっていいかな?」
「上杉母の態度が気に入らなくてキレたら、上杉のお見合い相手にデートに誘われたので、次の週末に行ってくる。」
「……うん、ごめんやっぱりもう一回。」
「何度言い直しても結末は同じだぞ。」
はっきりそう告げると、立花は悩ましく額に手を当て顔をしかめた。
ありがとう、僕の心の中の表情をそのまま映してくれて。
「ちょっと人類の理解力じゃ追いつかない。」
「まるで僕が人間じゃないみたいな言い方だな。」
「前崎くんが人間やめてても、誰もおかしいと思わないと思うよ?」
「それは残念だ。僕はもう人間だと言い出せなくなる。」
周囲の期待はいとも簡単に人を殺すものだ。二重の意味で。
とまぁ、つまらない冗談を言い合うのだが、まるで気分転換にもならない。相手の一手が予想外過ぎて、もはや意味不明なのだ。これだからイケメンは何を考えているかわからない。
「その……北条さん?客間から出て行く時に見かけたけど、正直前崎くんに勝ち目無いと思う。」
「君だったら北条さん派か?」
「ほぼ間違いなく。」
立花は真顔で言い切った。
「……今からでも上杉の記憶を全部消した方がいいんじゃないか?」
「随分物騒な話をしているのね。」
一割だけ冗談を口にすると、僕らが話をしているのに気付いた上杉が割り込んできた。
「前崎君、私もそろそろ怒っていいと思うのだけど?」
目元に深い影が浮いている。いつもの凛と引き締まった顔も相まって、その険しさがより際立っている。
だがそれは、僕から言わせればとんだお門違いだ。
「一応理由を聞こうか。」
「これだけ思いを口にして、それでもそんな酷い事を言われると流石に傷つくわ。」
「感情論で片付くほど君の人生は安くない。」
「その親切は今すぐにでもゴミ箱に投げ捨てたいのだけど。」
「それに僕がどうにかしなきゃいけないのは、君でもなければ君の母親でもない。ましてや北条さんでもない。おじさんだ。」
「……お父さん?あの中では一番の高評価だと思うけれど。」
「「恋人」と「許嫁」は違うという話だ。少なくとも、今はあらゆる面で北条さんが優位だ。おじさんだってそれがわからないほど盲目じゃない。」
「……つまりこのままだと前崎君は、私を女にして北条さんに寝取られるという事?」
「そうならないために死ぬほど頭を使っているんじゃないか……。」
自分で言って片頭痛がしてきた。僕と北条さんを比べれば、スキル、ステータス、ポテンシャル、全てにおいて負けている。こういう相手に勝つには、徹底的に自分が有利な状況を作るしかない。
問題は、どうやれば自分が有利になるのか、まるで見当がつかないという事だ。
「……前崎君らしくないわ。わからないことを考えていても仕方ないもの。お昼にしましょう?」
「前崎くん、お弁当持ってきてないんだって。」
「心配いらないわ。作って来たから。」
上杉はそう言って、いつかの重箱弁当ハーフ(2段)を包んだ風呂敷を、繋げた僕らの机の真ん中に置いた。
「……一応言っておくが、僕はそんなに大食いじゃない。」
「何を言っているのかわからないけど、二人分よ?」
「立花の分はないのか。」
「私はおかずを交換してもらうんですー。」
「そういう訳よ。こう見えて菫花は料理上手よ。」
「こう見えては余計だよ澄玲ちゃん。」
「立花の外見はどうでもいいが、僕には食欲がない。」
「どうでもよくないよね?前崎くんも少しは興味もってね?ヘアピンで髪型変えてみたのをノータッチとか、彼氏にあらざる行為だからね?」
「ここまでの会話で一度も言って欲しいそぶりがない君が悪い。」
「そういうのをちゃんと言ってあげるのが彼氏だからね?わざわざアピールしないと気付かない言わないなんて彼氏失格だからね?」
「新しく買ったピンクのヘアピンを試したくて前髪を分けて表情が明るく見えるようにしたこととか、お気に入りの黄色のブラがブラウスの白地に透けていることとか、制服の右手の袖のアイロンが下手くそとか、ばっちり髪型きめてるつもりだろうが後ろ襟足の毛先に寝ぐせが残っていることとか、言われて嬉しいか?」
「えっ!?嘘、残ってる!?そういうのは早く言ってよ前崎くん!!」
「さりげなくセクハラしたことについては触れないのね。」
「今日の寝ぐせ凄かったから大変だったの!!頑張って治したのにー!!」
「前崎君、私は?」
「君は寝て起きたらそうだろう。」
「化粧水ぐらいはつけているわ。」
「それはうまく寝つけなかった日の朝だけだし、ただのミネラルウォーターじゃないか。」
「……ねぇ前崎くん?そこまでわかってて一言も言わないのはなんで?」
「気持ち悪いから。」
「自覚してる所が余計に怖いよ!?」
いや、誰だって開口一番にそんなこと指摘されたらドン引くだろ。言わないようにしているんだ。
「それで、彼氏失格な前崎君は、愛人が作ったお弁当も食べずに彼氏の事で悩んでいるの?」
「どういう相関図だ。言いたいことはよくわかるが……。」
上杉の言い方にはとにかく語弊がある。
「……確かに言う通りだな。考えれば考えるほど、ドツボに嵌まる。」
とはいえ反論ができない。訂正ができても状況が変わらないなら、抱えている問題は解決しない。
それでも胸の内にある焦りは、じりじりと身を焦がす。
「……酷い顔。とてもデートに行く人の顔とは思えないわ。」
「遊びじゃないからな。」
事実ふざける気分にはなれない。相手は恋敵で、それも自分より数段上手なのだ。これで何の対策も無くどっしりと構えていられるなら、そいつはよほどの大馬鹿か自信家のどちらかだ。もちろん、僕はどちらでもない。
「そうね。でも、あなただけじゃないわ。」
僕の気持ちなど知る由もない、という様子で包みを開く澄まし顔の上杉が言う。
「僕だけじゃない?」
「そう、これは私にとっても、菫花にとっても他人事ではない話。」
「えっ?私?私は別に、澄玲ちゃんの側にいるだけだよ?」
「あの化けの皮だらけの麗人に、毎日気障な挨拶をされてもそれが言えるかしら?」
「げぇ……それはちょっと嫌かも。」
おい、女の子がげぇとか言うな。お前に夢見てる奴もそこそこいるんだぞこのクラスには。
「何食わぬ顔で嫌味を言える前崎君の方が、よっぽど楽だと思うけれど。」
「おい、それは僕に嫌味を言っていい理由にはならないぞ。」
一応言っておくが、僕だって嫌味を気にすることはあるんだからな?
「そういうことよ。だから……はい、あーん。」
何かを言いたげに、上杉は箸で掴んだ一口サイズのハンバーグを、僕の口に差し出した。
「……何をしている?」
「あら?手で掴んであげた方が良かったかしら?」
「そういうことではなくて。」
クラスのみんなが見ている所で、恥ずかしげもなくよくやるな。
いや、そうじゃなくて、なぜこの話の流れで突然あーんをかましてくるんだ。
「簡単な事よ。そのデート、私を誘ってくれればいいのよ。」
「はぁ?まさか三人で行くっていうのか?」
「そうじゃないわ。北条さんは、最終的に誰をデートに誘わなければいけないのか。ということよ。」
「……あぁ、そういうことか。」
僕はそう言いながら、差し出されたハンバーグを一口で頬張った。確かに、そういう勝負ならある意味公平だろう。
僕の方が有利だが。なんて驕ったりはしない。僕にだって上杉の知らないことはたくさんある。新しい発見や、見方を変えた楽しみ方なんてのもあるかもしれない。一概に僕が有利とも言えないだろう。
まぁ難しことは考えず、楽しむことを考えた方がよさそうだが。
「それにしても、君は弁当にハンバーグを入れるのが本当に好きだな。」
「前崎君の好みは全部知ってるもの。」
「……僕がほうれん草を苦手なのも知っているな?」
「食わず嫌いではないのでしょう?全ては食べ方よ。」
「……なんで澄玲ちゃんは前崎くんの好みを把握してるのさ……。」
蚊帳の外で立花は、僕らの少しサイコな愛情表現にドン引きしていた。
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