第22話

 僕は金曜日を待って、上杉の家に行くことにした。


 僕が今まで散々彼女を避けていたのは、これが嫌だったからだ。ただ単純に、彼氏ですと挨拶に行くのが恥ずかしいからじゃない。


 そもそも僕は、上杉の父親のことを。だから余計な心配は必要ないんだ。


 それでも僕がくすぶっていたのは、それなりの事情があるからだ。


 それを上杉が、知らないでは済まされないはず、だが……。


「……前崎君、本当にいいの?」


 上杉の表情は複雑だ。僕がここに来ることは、彼女にとってはいい進展のはずだ。だがタイミングがよくない。手放しでは喜べない。


「君が心配することじゃない。それよりも、だ……。」


 僕がここに来た理由は無い。ただ顔を見せに来ただけだ。この先を考えるのならそれぐらいはしておいた方が良い。例え上杉が、知らない誰かの隣に添い遂げる結論を選んでも。


 それはそれとして、だ。


「どうして君までいるんだ?立花。」


「酷いなぁ、前崎くん。私も用事があるからに決まってるでしょ。」


 僕らの一歩引いたところで、ニコニコしている立花に僕は問いかけると、彼女は表情一つ崩さずに言った。


 不気味だ。この女は上杉のことになると性格が豹変する。ずっと連れ添ってきた親友だからなのか、それともそれを越えた何かなのか。


「……まぁ、その先は聞かないようにするよ。」


「それじゃあ二人とも、いいかしら?」


 僕らは揃って頷いた。上杉が玄関のチャイムを鳴らす。


 それにしても、いつ見ても凄い家だ。玄関より前に門があり、まるで中世の貴族の屋敷のような外見は、この辺りでは有名な目印にもなっている。白がメインなのも目立つ理由だ。


 ……中に入った記憶はあまりないな。


「ただいま帰りました。」


 上杉がそう言うと、門からカチャリと軽い音が聞こえた。



……………………。




 入って早々に、僕たちは事件に見舞われた。


「……なぁ立花、君はよくここへ来るのか?」


「うん。お泊りすることもあるよ。」


「そうか。なら、こうして部屋に監禁されるのはよくあることなのか?」


「彼女の部屋なんだから少しは興味持とうよ、前崎くん。」


彼女じゃない。」


 家に入って早々に、上杉に促されるまま部屋に押し込められた。彼女と言うか、女の子の部屋に入るのはこれが初めてなので、そう言う事に対してのドキドキ感とかを噛み締めている暇もなく、追い打ちをかけるように部屋の主じゃない女の子と二人っきりという、よくわからない状況が生まれてしまった。


「それにしても、何もないな。」


「……綺麗にしたんだろうね。はりきって。」


 女子の部屋、にしていは物が少ない印象だ。広々とはしていて快適だが、もっと小物やぬいぐるみが置いてあったりするのかと思いきや、学習机と、椅子と、ベッドと桐たんすぐらいしかない。クローゼットは壁に埋め込まれているようだが、流石に中を開けてみるのは失礼だろう。

 

 ……なんでクローゼットがあるのに桐たんすがあるんだ?


「立花……本当に上杉は引きこもっていたのか?それらしい物は見当たらないぞ。」


「澄玲ちゃん、あぁ見えて趣味がインドアなんだよ。気になるならその桐たんすを調べて見なよ。後で絶対に怒られるけど。」


 立花が挑発染みた目線を送ってくる。


「……いやいい。気になるが、やめておこう。」


 社交的で八方美人、それなのにプライベートでは根暗で陰湿というのは闇が深すぎる。


 僕は上杉に夢を見ているのかもしれないな。


「……お待たせ。二人とも、客間の方に案内するわ。」


「普通そっちが先だと思うがな。」


 何も知らずにひょっこり顔を出してきた上杉に悪態をつきながら、僕らは上杉の後ろをついていく。


 そして、案内された部屋の前に、大きな威圧感を感じた。扉は重々しく、取っ手などは高級ホテルなどでよく見るようなそれで、とても個人の持ち物とは思えないような趣だった。


 扉が開かれる。その後すぐに、威圧感の正体を目撃した。


 上杉の父親、強面な紳士の面立ちで、口ひげが印象的なその人がソファに腰かけ手を組みながら、真正面に僕らを待ち構えていた。


「……前崎君。」


 上杉に、そっと招かれる。


「失礼します。」


 僕がそう言うと、彼は深く頷いた。


 部屋に入って、すぐにソファには座らずその隣に立った。立花も僕のすぐ横に並び、上杉は彼の右隣に立ったまま並んだ。


 緊張は、している。心なしか指先が強張って震えているようにも見える。


「……元気にしていたか?澄雄君。」


「お久しぶりです。。」


「……座ってくれ。君がここに来てくれて、本当に嬉しく思うよ。」


 僕は促されるまま、立花の座る分を開けて奥に詰めるように座った。


「……え?えぇ?」


「菫花さんも、座ってくれ。それとも席は離した方がよかったかな?」


「い、いえ。そうじゃなくて……。」


 立花は少し動揺しているようだった。僕とおじさんの顔を交互に見つめては、困惑したように首を傾げている。


「ね、ねぇ前崎くん?おじさまと知り合いなの?」


「……知り合いなんてものじゃない。龍一郎おじさんは、僕の事を生まれた時から知っている。」


「……えっ?」


 立花の表情が、引き攣った。


「龍一郎おじさんは、僕の父親「前崎雄大」とは大学以来の親友で、「上杉ホールディングス」の創立から携わっていた相棒同士でもある。」


「え……えええええええええええええっっ!!?」


 立花から聞いたこともない叫び声が出た。驚くのも無理はない。僕と上杉の仲が妙に深いのは疑問だっただろうが、まさか親ぐるみだったとは夢にも思わないだろう。


「そ……それじゃあ前崎くんと澄玲ちゃんて……。」


「あぁ。幼稚園から小学校まで、それどころか休日も一緒に出掛けることが多かった。まぁ……あの日から全部変わってしまったけどな。」


 あの日と言うのは言うまでもなく、父が死んでしまった日。葬儀にはおじさんも来ていたが、奥さんや上杉は来ていなかった。


 今思えば不自然だ。あれだけ仲良くしていたのに、当時右腕だった父の葬儀におじさん一人とは。


「……それに関しては、本当に申し訳ないと今でも思っている。」


「謝られても父は戻ってきません。恨んでいないと言えば嘘になりますが、支援の話については感謝もしています。」


酷いことを言う。まるで気にしてるじゃないか。


 深々と頭を下げるおじさんを、僕は見ることができなかった。父が死んだことを割りきれていない、僕がまだ子供だという証拠だ。


「……支援?ってどういう事?」


「そのままの意味だよ。中学へ上がる資金を援助してくれる話があったんだ。僕も母も、全部断ったけどね。」


「じゃあ……前崎くんは、中学も私達と同じでいられたって事?」


「そんな話聞いてないわ!」


 声を荒げたのは上杉だった。取り乱した自分を咳払いで戒め、いつも通りの表情を作る。


「……それならどうして、前崎くんは学校を辞めたの?」


「例え学校に残っても生活までは保障できないし、僕にも学習意欲は残っていなかった。それに、もし支援の話を受けていたら、今頃母は自殺してるさ。生きる理由が無いからね。」


 あの時、僕は社会に絶望していた。母も父を失ったショックでどうしていいかがわからなくなっていた。母は1か月の間抜け殻になって、僕が食事を全部抜いて倒れた事でようやく社会復帰へ踏み出したのだから。


 もし支援を受けていたら、生きがいを失くした母までも、僕は失っていたかもしれない。


「後悔はしてません。これが僕らにとって最善の選択でした。」


 或いは、もっと別の生き方があったかもしれない。でも、幼いあの頃の僕には、それぐらいしかなかったんだ。


「……そうか。だが私は、君の事を後悔している。そして今からでも遅くはない。」


 龍一郎おじさんは、ただ黙って話を聞いていた。この人が黙っているだけというのは不気味で仕方ないが、いざ口を開くとそれにも体が強張る違和感がある。


「君は、澄玲とどうなりたい?」


 話を持っていくつもりが、先手を打たれてしまった。間の抜けた顔をしてしまったのは言うまでもない。


「……上杉の、お見合いの話ですか?」


「…………。」


 おじさんは何も言わず、ただ黙って僕の目を見つめている。


 早く答えろ、ということか。


「……一つ尋ねます。僕と上杉がどういう関係か、ご存知ですか?」


「あぁ。良く知っているさ。だろう?」


 おじさんは自信満々だった。確かにそれは間違いじゃない。だが、


「……わかりました。上杉からは、何も聞いてないんですね。」


「……どういうことだ?」


 僕にとってそれは賭けだった。餌にしてはあまりにも安い。だがおじさんを引っかけるには充分だったようだ。


 薄々勘づいてはいた。上杉はこの状況を回避しようとしていたんだ。だがあの学校に、この人たちが考えているような相応しい相手はいない。だからこそ、顔見知りの僕にしたんだろう。だが彼女の予想とは裏腹に、僕は素直じゃなかった。


 だがもし、僕が彼女の掌に転がされていたら、この人はすぐに僕を追い返していただろう。


 つまり、僕は今、試されるだけの力を持っているというわけだ。


「そのお見合い、僕も参加させてください。」


 上杉の表情が、緊張で強張った。その目に映るおじさんの表情が、眉間が寄って一気に険しくなったからだ。


「……澄雄君、私は、娘には幸せになって欲しい。」


「そうですか。じゃあ、問題ありませんね。」


 間も作らず切り返す。目は見つめ合って、離さない。


 逸らせば終わる。この人は、僕を試している。


「……私の口から言うのも変だが、正気か?澄雄君。私は君の……」


、それがどうかしましたか?」


 平然と口にしたその言葉。おじさんの瞳孔が大きく開き、顎を支えていた組んだ指の間に、皮膚を握りよせるような力が籠められる。


 だが、それよりも大きな反応をしめした人物がいた。


「見殺し?……どういうこと?」


「前崎くんのお父様が亡くなってるのは知ってるけど……。」


 立花と上杉が、困惑に動揺を塗り重ねたような様子で、上杉に至っては寝耳に水を流し込まれたように瞼が開ききっていた。


「やっぱり……話してなかったんですね。同じクラスだというのは?」


「………………。」


 どうやらおじさんには、娘が再び僕と接触していること自体が想定外だったらしい。


「お父さん、説明して。前崎君のお父様に、一体何があったの?」


「……澄玲、お前が知る事じゃない。」


「知りたければ僕が後で話す。今は静かにしていてくれ。」


「……前崎君。まさかそれが理由で、あなたは私を避けていたの?」


「……君を不幸にしないためだ。」


 最初に言った。恨んでいないと言ったら嘘になる。彼女が家に来て、遠慮のない行動ばかりな事から、もしかしたらそうなんじゃないかぐらいには思っていたが、やはりそうだった。


 上杉は、僕の父親が過労死したことを知らない。死んだことは知っていても、その死因が知らされることはなかったのだろう。


 その一端を、まさか自分の父親が背負っているだなんて、夢にも思わなかっただろう。


「……酷い。お父さんも、前崎君も。どうして言ってくれなかったの?」


「僕は知っていて当然だと思っていた。僕と君に関係があったのは、それが理由だから。」


「……………。」


 毅然とした態度で応える僕と、対照的に無言を貫く父。僕が上杉の立場だったら冷静ではいられないだろう。


 自分がしてきたことを振り返れば尚更だ。相手を思えば当然、そんなことできるはずもない。


 上杉の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。


「……ごめんなさい。外に出てくる。」


 沈黙に耐えられなくなった上杉が、足早に扉の向こうへと去って行った。


「待って澄玲ちゃん!!」


 立花が咄嗟に立ち上がってその後を追った。


 僕も行くべきかもしれない。いや、隣に寄り添いたい。謝るべきだろう、知らないなら知らないままでいて欲しかったと。


 でも、それをあえて伝えたのは僕の覚悟だ。


 僕の目は、おじさんを捉えて離さない。


「……本気なんだな、澄雄君。」


「彼女は言いました、僕の傷を癒したいと。なら僕は全てを曝け出し、彼女に向き合わなくちゃいけない。」


 立花は、僕が死ぬと言ったら上杉も死ぬと言っていた。あながち間違いでもないだろう。それは彼女が、今日まで僕を諦めなかった結果だ。


 こんなところで、僕が僕を諦める訳にはいかない。


「どんな手段でも惜しみませんよ。僕は。」


「……君は本当に、雄大とよく似ている。」


 若干狂っている様にも取れる発言に、おじさんは懐かしむようなくぐもった笑い声とともに歯を見せた。


「わかった。それなら……」


「待ってください、龍一郎さん。」


 押し切ったと思ったその刹那に、鶴の一声。嫌な予感がこめかみを駆け抜けて眉間を刺激する。


「……なんだ朱音。聞いていたのかい?」


「その子を見合いの候補に入れるのは反対です。あの子にはふさわしくありません。」


 美人、ではあるが、化粧による上品の上塗りで、その本来の美しさを欠いてしまっている貴婦人が、扉の向こうから現れた。その佇まいはどこか、彼女に似ている。


 いや、彼女がこの貴婦人に似ているのか。


「上杉の母親……。」


 この人を見るのは、実は指折り数える程度しかない。基本的に僕らの集まりは、隆一郎おじさんとそれに付いてくる上杉の二人で、この人は年末の合同食事会に来るか来ないかぐらいの人だった。つまり、僕ら家族に対してあまりいい関係の相手ではない。


「別に、今更一人増えた所で変わらんだろう?」


「その子は私達を、決してよくは思っていないはずです。大事な一人娘を預けるなんてできません。」


 なるほど、体のいい躱し文句だ。だけどそれは、ついさっき感情論で論破したんだよ。


「私には……そうは映らないが。」


「あなた!」


 おじさんの否定するような口ぶりに、上杉母は血相を変えて詰め寄ってくる。すると、おじさんの様子が途端に面倒そうな顔つきになる。


「その子は公立の!それも大変な問題児だと聞いてます!学校から飛び降りたですって!?そんな危なっかしい子に大事な娘を任せられません!!」


「澄玲も学校は一緒だ。それに、仲良くやってるみたいじゃないか。」


「そういう問題ではありません!あなたが変な気を起こしてあんな学校に行かせるからです!だから反対したんです!あの子はあのままK校に進学するはずだったのに!どうして認めたりしたんですか!?」


「本人の意志だ。仕方がない。」


「仕方が無いで済む問題じゃありません!!あの子の将来がどうなってもいいと?」


「自分で納得いくようにやらなければ意味がない。あれも考えがあって、わざわざ受験してまであの学校を選んだんだ。考えがあるんだろう。」


「あなたはあの子に任せすぎです!親がちゃんと導いてあげなくてどうするんですか!!」


 おじさんは躱そうとするも、おばさんはじりじりと詰め寄っていく。耳元でぎゃあぎゃあと騒がれるのは、旗目から見ていてもうるさそうだ。


 そして何よりも、この人の言い分は気持ち悪い。


「あの、お母様。」


「ッ!!?あなたにそう呼ばれる筋合いはありません!!」


 わかってるさ、だからわざとそう呼んだんだ。


 僕の意図に気づいたおじさんは、深い溜め息を吐きながら僕にすまないね、とアイコンタクトを送ってくる。僕はそれに、目にも留まらぬ速さのウィンクで返した。


「失礼しました。では、奥方様は、上杉をんですか?」


「はぁ?なぜあなたにそんなことを答えなければいけないのです?」


「いえまさか、なんておっしゃいませんよね?」


 僕の煽るような発言に、おばさんは肩を小刻みに震わせる。


「……あなた、失礼にも程があるでしょう!?あなた何様のつもりですか!?」


「さぁ?それは娘さんに聞いてみた方が早いかと。」


 僕よりも、上杉の方が明確な答えを持っているのは間違ってない。だが、それが余計に気に障ったらしい。


「いい加減にしなさい!!私は澄玲に、幸せな人生を送って欲しいだけです!!素晴らしい殿方に嫁いで、幸せな家庭を築いていって欲しいだけです!!あなたのような礼儀もなっていない人に、娘に関わらせておくわけにはいきません!お見合いなんて以ての外です!!」


 それはもう凄い剣幕で、だがおじさんみたく詰め寄るようなことはせずにひたすうら怒号を飛ばしてくる。


 だがこれは……なるほど。これは上杉の気持ちも理解できる。上杉が頻繁に僕の家を出入りしていたのは、この人が原因か。


「そうですか……じゃあそれを娘さんに伝えてあげてください。彼女はもう二度と、この家に帰ってこなくなると思いますが。」


「……なんですって?」


 目元が引きつり、眉間にシワが寄る。老化を加速させないためにも、この辺にしておこうか。


「正装は持ち合わせがないので、制服で失礼します。それではまた、当日に。」


「ふざけないで頂戴!あなたなんて絶対に認めません!」


 逃げ台詞だけ吐いて背中を見せれば、あたかも自分が優位のような台詞を吐くおばさんに、少しだけイラついて胃がムカムカする。


 そのまま無視すればいいはずなのに、なぜか我慢できなくなった僕は振り返りながらおばさんを睨みつける。


「お前がどうこうなんて聞いてないんだよ。あいつは馬鹿じゃない。これ以上くだらないしがらみであいつを腐らすなら、例え親でも容赦しないぞ。」


「なっ!?……。」


 一体どこから、そんな台詞が出てくるのやら。自分でもびっくりするほどのどす黒い感情が言葉になって出てしまった。


 あぁ、間違いない。僕は上杉が好きだ。だから許せないんだ。この程度の障害に邪魔をされることが。


 とんでもないことを言っているはずなのに、怒りをむき出しにしているおばさんとは裏腹に、おじさんは腹を抱えながら顔を伏せ、明らかに爆笑するのを堪えている。


 まったく、この人も悪いな。似すぎだよこの親子。


「許さない……お前なんか……。」


 ぼそりと、独り言が聞こえた。その瞬間、おばさんがテーブルの上に遭った灰皿を手に取って、それを僕に向かって投げつけようとする。


 咄嗟に避ける体勢に入る。だが、それは徒労に終わった。


 おばさんが振りかぶった腕を、誰かが背後から掴んだのだ。


「その辺にしてもらえます?おば様。」


「立花の……ッ!?お前さえいなければ澄玲は……。」


 いつの間にか戻ってきていた立花が、明らかに笑っていない笑顔でおばさんの手首を掴み上げていた。結構力が入っているのか、おばさんが振り解こうとしてもピクリとも動かない。


「これ以上、澄玲ちゃんの顔に泥を塗るようなことはやめましょうよ。?」


「それはお前がそそのかしたんでしょう!?お前さえいなければ澄玲は、もっとまともな中学生でいられたのに!!」


「本当にそう思ってます?私がいなかったら澄玲ちゃん、とっくの昔に死んでたかもしれないのに。」


「この尻軽女め……澄玲にまとわりついて薄汚い!!」


「サゲマンがよく言う……澄玲ちゃんに依存しないでウザい。」


 二人の表情が、僕に向けた敵意とはわけが違う。なんだこれは、僕は昼ドラの生実況をしに来たわけじゃないぞ。


 そうか……立花の本当の敵はこれか。つまり立花の、まだ関係が終わっていないというのは……。


「……朱音。その辺にしなさい。子供相手にみっともない。」


「くっ……離しなさい!!」


 おじさんに諭されると、おばさんは立花の手を乱暴に振り払った。


「……後でお話があります。いいですか?」


「わかった。後で聞くよ。」


「…………ふん!」


 最後にそれだけ言い残し、おばさんは不機嫌に鼻息を荒くしながら部屋を出て行った。


「……すまないね。見苦しい所を見せた。」


「いいえ、気にしてませんから。それとおじさま?澄玲ちゃんはうちでお預かりします。いいですか?」


「いつも世話になってばかりですまないね立花さん。よろしく頼むよ。」


「いいえ、澄玲ちゃんにしてあげられることは、全部してあげたいですから。」


 屈託の無い笑顔。……こいつは、本当に上杉の事になると性格が豹変するな。


「朝には帰ってくるように伝えてもらっていいかな?それと、澄雄君。」


「はい。」


 座ったままのおじさんと、もう一度向き合って目を合わせた。


「君も、ね。服装はそれで構わない。時間は10時からだ。妻には私から言っておく。」


「……ありがとうございます。」


 ダメと言われてもおかしくない状況での答えに、僕は感謝として、礼をせずにはいられなかった。


(……本当に、親子だな。)


「ん?何か?」


「いや、気にしないでいい。それではまた明日。」


 何かを小声で言った気がしたが、上手く聞き取れずにそのまま部屋を出て行ってしまった。


 僕らは、二人取り残されてしまう。


「……立花、すまないな。巻き込んでしまったみたいで。」


「別に。私にとってもおば様は天敵だから。……私澄玲ちゃんが気になるから、もう行くね。」


「あぁ。……上杉を、よろしく頼むぞ。」


「言われなくてもー。」


 おばさんを握っていた手を振りながら、愛想の欠片もない返事をして帰ろうとする立花の背中を見ながら、その後に続いて上杉家を後にした。


 ……いったい、どんな相手なんだろうな。お見合いの相手は。

 


 

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