第3話

「えー、それでは各自気を付けて帰ってください。」


 担任の簡単な挨拶の跡、号令をして解散するいつもの流れ。用事があるときは少し急ぎ足にならないと、人混みに流されてしまう。


「先生、」


 あと数歩ほどの距離で、僕は担任教師を呼び止めた。教師歴は長くない若い女の担任だが、仕事はできるらしくせわしない様子はない。授業も、教科書をなぞった当たり障りのない内容で、不満も無ければ特徴もない、これと言った個性のないさばさばした人だ。名前は憶えていない。


「はい、何ですか?」


「アルバイトの申請書をいただきたいのですが。」


「アルバイト?えーっと……前崎くん、だっけ?それじゃあ職員室まで来てくれる?」


 うちの学校ではアルバイトは申請制らしく、正式に許可を取っていないと監獄送りらしい。ちなみに監獄と言うのは生徒指導室の事で、入り口の扉の窓が、何故かガラスではなく鉄格子になっている事から。先輩たちが代々そう言っているらしい。


 僕たちは一年生の教室群である二階から階段を下りて、職員・来賓用の部屋が一列に並ぶ一階の職員室に来た。


 担任教師が自分のデスクの引き出しを開き、一枚の紙を取り出して僕に差し出した。


「はいこれ。一応確認しておくけど、成績によってはバイトを止めさせることもあるし、基本的に夜10時まで。どんなバイトでも平日は週2日までだから、よろしくね。」


「はい、ありがとうございます。」


 申請書には細かいルールが記載してある。後で目を通しておくか。


「でも、こんな時期からもうバイトするの?もう少し落ち着いてからでもいいんじゃない?部活も決めてないんでしょ?」


「心配しなくてもこの学校が、一年生は全員入部制なのは知ってますし、一応文芸部に仮入部届けは提出してあるので問題ないです。」


「そっか……うん、それならよし。じゃあまたバイト先とかが決まったら、それ出しに来てね。」


 担任は、何か言いたげな様子であったが、言葉を飲み込んでしまった。


「……あ、それと、文芸部の顧問は私だから、今後ともよろしくね?」


「はい、よろしくお願いします。」


 今言わなくてもいいはずのそれは、もしかしたら釘をさすためのものだったかもしれない。


 ……………。


 職員室を出てすぐの事だった。


「おい、ちょっとこっち来いよ。」


 声がして立ち止まった。近場に人はおらず、少し離れた下駄箱で、ガラの悪そうな男子生徒が3人と、僕と同じクラスのぼっち族が一人、ぼっちが少し怯えた様子で話し合いをしていた。


 ぼっちは有無を言わさず連れていかれる。


「…………まぁ、関係ないか。」


 大体この後何が起きるかの想像はつくが、だからといってどうすることもできないので放っておくことにした。


 ……どこにでも、こういう事はあるんだな。

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