第2話

 あれから一か月が過ぎた。


 特に人間関係に努力をしなかった僕は、晴れて孤独の片隅に追いやられることとなった。


 この時点で物語の主人公を気取るのは難しいだろうが、僕はあえてこの立ち位置を通したい。


 僕の学年は7つのクラスに分かれていて、そのうち僕はC組。噂では能力に応じて人間が振り分けられているとかなんとかだそうだが、生憎そんなものは担任の好みと運で引き抜かれているだけなのでありはしない。根も葉もない噂と言うのは、本当に怖いものだ。


 とはいえ入学早々抜き打ちテストを喰らったのは間違いなく、僕の結果はこのクラス内で中の中だった。まぁ、中学時代と代わり映えしない、冴えも劣りもしない成績だが、それが一つの話題となって、このクラスに4つのグループを生み出した。


 まず一つ。これは僕にとって最悪だが、先日改札機に足止めされていたチャラ男三兄弟を中心とした陽キャグループ。男子ほぼ全員で構成されている。ここに居ないのは僕みたいな変わり者か輪の中に混ざれない陰キャ。だいたいいつも集まってアホな話をしている。


っつぁん、今日カラオケ行こうぜ~。」


「おっ、じゃあ俺の美声披露しちゃおっかな~?」


「お前76点だろwwww音痴はタンバリンやってろよwww」


 チャラ男が一番お調子者かと思いきや、その隣の栗ヘッドのデブが一番調子に乗っていて、それを前髪カーテンがけなすというのが彼らのコミュニケーションのテンプレだ。


「えーなになに?いっくんオケ行くの?あたしも行きた~い!」


「あ、結芽も行く?そんじゃ駅前にすっかー。」


 そしてチャラ男に絡んできたパーマかかってそうな縮れた挑発の茶髪が、女子の陽キャグループの中心的な存在の彼女。名前は憶える気がない。


 関わらなければ基本的に無害だが、彼女のめんどくさいところは日本語が通じない事だ。教員からの指導に対しても「はぁ~意味わかんないんですけど?」を繰り返し、指導放棄されるほどのアッパラパー。たぶんわかっててやってるが、パーマも茶髪も天然物らしく、それに本人も誇りを持っているらしく、全く改善しようとする傾向はない。


 それが改善と言ってしまうのは、個性を踏みにじるような気がして、僕としては彼女には是非頑張って抵抗し続けて欲しいものだが。教員たちは、いくら天然ものとはいえ他の生徒がマネしないとも限らないのでやめて欲しいらしい。なんとも気が小さいことで。


「ねぇー、いっくんたちとのカラオケ、誰か来るー?」


「あっ、人数増える?大部屋は予約しないと使えねぇから……。」


「大丈夫、予約した。とりあえず5人で。」


「おっ、さっすが参謀チョウカーン!!有能すぎますわ。」


「………。(グッ!と親指を突き立てる。)」


 突然増える人数に迅速に対応したのは、陽キャグループの中で唯一ほとんど喋らない、「沈黙する二枚鏡メガネ」と勝手にあだ名をつけて憶えている彼だ。まるでチャラ男の影に隠れるようなポジションにいるので、わざとやっているのなら随分としたたかな奴だと認識している。テストの成績もよかったらしい。


 ちなみに、チャラ男はその堅苦しい見た目から、「官房長官」と「参謀」をかけて「参謀長官」と呼んでいる。とにかく頭がいい事を褒めたいらしい。


 だがしかし、名前を憶える気はやはりない。


 こいつらに関わる気なんて毛頭ないからだ。


 そして、彼らという枠の中から外れた蟠り、と言うよりはそれを近づけない気風の持ち主が一人。


 これも、僕にとっては最悪だ。


「……スミカ、国語の課題は出ていたかしら?」


「ううん、今日は何もなかったよスミレちゃん。」


「そう、ありがと。」


 明るさが目立つ澄んだ茶髪のショートカットの似合う小柄な女子生徒が話しかけているのは、もう二度とお目にかかる事もないだろうと思っていた桜花の麗人。しなやかに美しく伸びた黒髪に見え隠れする、物憂げな表情すら芸術にも思える彼女の名は、上杉澄玲ウエスギスミレ


 クソもくだらない入学早々の自己紹介で、彼女の名前だけははっきり憶えている。


 3つ目のグループ、と言っても上杉とその付き添いの彼女だけなのだが、それだけでもクラス内で大きな存在感を放つそれは、あまり悪目立ちしたくはない僕にとって脅威だ。


 彼女が太陽なら、僕は影だ。太陽が輝けば輝くほど、影は色濃く映し出されてしまう。


 同じように少数でいながら、周囲との関係が良好な彼女が”常識”で、僕は”異質”に振り分けられてしまう。僕はそれが本能的に嫌だった。


「…………。」


 時々、彼女と目が合う事がある。視線を動かした拍子の出来事だとわかっているが、もう二度と合わないと思って「さようなら」なんて言っておいて、それはないだろう。覆い隠しはしないものの、趣味で持ち歩いている文庫本を広げてやり過ごす。


 できるだけ、彼女と関わるような学校生活は避けたいものだ。


 成績もそこそこに、僕は専門学校へ行く道筋を立てたい。高校生活のうちにできるだけバイトして資金を稼いで、資格系の専門学校へ行って早期就職の目途を立てたい。


 …………本当なら実業科へ行けばよかったのだが、母の猛反対と担任教師の勧めで遠回りになってしまった。まぁ仕方ない、子供とはそういうものなのだ。


 ……いや、母子家庭で育ててもらっているのに、「お金のことを気にして勉強しないなんて絶対ダメだ!!」なんて泣かれたら、行くに行くと言えない。とりあえず、勉強に関しては泣きながら迫られない程度に頑張ると決めてはいる。よっぽど高いレベルへ進路変更するのでなければ、大きな支障はないだろう。実際、抜き打ちテストも中の中ぐらいだったし。


 話が逸れたが、彼女は優秀だ。頭脳も、身体能力も、判断力や分析力も、この一カ月で嫌と言うほど見せつけられた。だからこそ、理由あれどのだと勘違いされたくはない。


 僕にしか見えない、彼女のを僕は知っている。


「………………。」


 彼女の視線が時々こちらに飛んでくるのも、彼女がそれに気づいているからだろうか。


 いや、妄想が過ぎるか。


 それで残りだが、言うまでもなく僕のような無派閥の集合体。どの組織にも潜り込めなかった、いわゆる典型的なコミュ障の方々。まぁ、関わる事もないだろう。


クラスメイトの7割なんて、割とどうでもいい存在なのだから。

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