第5話 A パート [工学お嬢様の憂鬱]

 別の日になって、暗殺者を返り討ちにしたことを黒城こくじょうダコタに話したが、その返しに、

獣然刑事達も何者かに襲われ、銃撃戦の末に爆発に巻き込まれ、重症を負ってしまったことを聞いた。

 雨が降りしきる黒城ダコタの豪邸なような自宅では、女性型アンドロイドの警備チームによる厳重なセキュリティの元、安全に守られている。

 彼女曰く、電磁パルスやハッキングで攻撃されても、異常を感知した場合は即時に予備のスイッチが入ると共に警告が彼女の強大なコンピューターに入り、それと同時にパーソナルファイアウォールが複雑に働くようになっているようだ。

 少し長い付き合いだが、ドレスやゴスロリ趣味が様になっているかわいらしい見た目から思われないような工学の知識の持ち主である、ダコタは違う次元に住んでいるのではないかと思うこともしばしばあるが、頼もしい仲間であると思うのは変わりない。

 ダコタ曰く、父親がアメリカ人で在日米軍の少佐だかなんだか・・・で、母親が日本人洋服のブランド会社にデザイナーとして勤めている。

 リビングの棚に彼女の家族の写真が写真立ての中に飾ってあるのをじーっと見ていると、後ろから

「マキナ、おまたせしましたわ」

 と青い飲料水を注いだグラスとその瓶を真っ白なトレーに乗せ、そのトレーを真ん中の机に置く。

 彼女は世話好きなのか、自分からやりたがるところがある、家事も掃除も。

 アンドロイドを多く雇い、この街の"目"や"耳"になりながらも、その家事癖は欠かせないようだ。

 まぁ悪いことではなく、それにダコタ自身の調子を整える為の無意識な行動なのかもしれない。

「ありがとう、これがブルーソーダなのね」

「ええ、珍しがるかと思って」

 反応を見てダコタが微笑んだ、そして横のソファーに座る。

 それを見てわたしも反対側のソファーへ座る

 彼女の黒と紫の長髪が少しサラっと揺れる。

「修理屋さまさまね、"工学お嬢様"。うちの愛車もダコタが修理してくれて以来、すこぶる調子が上がっているわ」

外の黒いシボレー・シェベルの乗用車が停めてあるがある方角へ指指すと

「それは・・・高校時代のあだ名ですわ、懐かしい。貴女の赤髪のウィックパーツもちゃんと手入れしているようで」

とダコタはクスクスと笑った。

わたしが座っている席の後ろに行って髪を軽く撫でられた。


 雨粒が落ちて散る音からして、雨が先ほどよりも弱くなったと感じた。

 2人して雨天を見ていると、何故か雲に自然と見とられていた。

 雨粒の一つ一つが小さく、薄い霧が立ち込み、市街のほうから電気の光がぼんやりと輝いている。

「いい眺めね、少し高いところだからかしら?」

「父もこの景色が好きでした。わたしはどちかというと新宿辺りや大阪のほうが好きですが」

「ここの街並みはわたしの母さんも好きだって言ってた」

すると、

 話ついでに飲み終えたダコタが何かを思い出したかのように、本に挟んであったポリ袋を取り出した。

「そういえば、"掃除屋"がこれを渡しておいてくださいって」

「この前わたしを襲った男からか?」

「電脳の中の取り出したメモリーチップですが、ちょっと焼けたような匂いがしますわ」

 ダコタが小型ケースから取り出したメモリーチップの表裏を見回して机に置いた。

 横長いチップの先端が僅かに黒ずんでいる。

 どうやら暗殺者の後頭部にあった謎の小さな機械が、記憶を消すかのように働きかけていたようだ。

「なぁ、これは再生できる状態か?クラッシュしてて、再生する器具が壊れなきゃいいんだけど・・・」

「・・・やってみます、その前にこの黒いのを軽く拭かないと」

 机の脇に畳んであった布を拝借して丁寧に扱うように拭いた。

 ダコタは立ち上がって、スクリーンの下の棚に手を入れ、プレーヤーを引っ張り出した。

 そして端子を繋いでいく。

「端子って今時珍しいんじゃない?それにもし壊してしまったら・・・」

「お構いなく、もし壊れたら、端子はリモートよりもとても安いですし。あっ、別に壊れても気にしなさらないで」

 覚悟を決めてプレーヤーの挿し込み口に入れ、テレビの電源を付ける。

 ダコタは右手へとリモートコントローラーを器用に取り、操作を始める。

 片手で素早く入力をして、そして画面にチップのファイルの中身が映し出された。

「えーっと、日付が新しい順に並べてあるから・・・この一番上の映像は恐らくこの前死ぬ前の物だな。

この下から見ていこう」

「さて・・・再生しますわ、どんなネタが出で来るのやら」


*

 白色を主とした、リビングのような一室が映し出され、その部屋の白いソファーににグレーのスーツを纏った長身の男がグラスを片手に座っていた。

 全体的に少し長めの黒髪を掻き分けて

「クライアントが別の奴らに盗らせた黒いブツが取り返されたんで少々焦っているようだ、カール」

 鋭い目つきでこちらを見ている、恐らくこのメモリーチップの持ち主である暗殺者のことを見ているのだろう。

「デイヴ、先ほど話していた奴らめをこのカールが仕留めて参りましょう。そうすれ依頼主も安心してくれるはずです」

 デイヴという男が片目を瞑り、静かに右手拳を握る。

「だが・・・あの野蛮な集団に十分な武器を与えたが、銃声の轟きも鳴らずに事は治まってしまったようだ。我々が相手にしようとしているのは、装備面からもだが油断はできない。カール、それは骨の髄まで考えた結論か?」

 「はい」

「お前は俺の妻の仇である殺人鬼の首を獲ってくれた。そうだ、この銃をやろう。故郷にいたときに持っていたジェリコだ」

デイヴは足元から小箱を取り出した。その中にしまってあった布の包みから拳銃を広げ、差し出した。

「これは貴方の・・・拳銃のコレクションなのでは!?」

カールはその拳銃を自分にくれようとしていることに驚いたようだった。

「構わん。その代わり、それは我々の命の1つだと思ってくれ。それにクライアントも・・・」

デイヴが考え込もうとすると、カールは話を遮り、

「我々は"彼ら"に悪くない取引はできたと思います。それに彼らも戦争を起こしたくないはずだ。

わかりました、この拳銃で必ずや仕留めて見せましょう」

と言うと、映像は終わってしまった。

 何か言いかけたと思ったが、録画時間の制限か何かで停まってしまった。

*

 最後の辺りで、男の左腕の肌に違和感を覚える。

「停止、画面右を拡大、ストップ。」

音声を認識した機械が映像の右辺りを拡大して操作を停めた。

「あの義手はドイツ製かイタリア製か、どっちだと思う?」

 黒い義手に彫られていた草花を意識したような見覚えある模様が気になった。

 共に見ていたダコタにも聞いた。

 1回頷いてから

「ドイツ製ですわね。G2032、割と高価なほうですわ。或いはその派生、コピーかクローンと言ったところかも。32年当時では体に馴染みやすく、機能性もあり丈夫であったということで評判も頗る良かったようですわ。あと記憶違いでなければ腕銃も施してあるとか」

「義腕を武装化したアームガンか、日本じゃ持ってるかもわからない卑怯なソッチの銃は持ち込み禁止だし、ランチャーであれば目も当てられないな」

 自らの左手首も外してみるが、今じゃそれは手品ですらないし、第一に、何も無しだ。

 ダコタが少し笑う

「ふふ、そこまで大げさに心配する必要はありませんわ。G3032と同年代の武装化したオーグの場合、発砲したはいいものの、銃口がシステムエラーで収まらなくなったりとか火薬が暴発したり、不発になったりという問題が多々あったようで、それからごく普通の義手パーツに成り下がったぐらいですから」

 聞いたところじゃかなりのワケありだ、と思った。

 事故で暴発してしまっては中が溶けて歪んでしまったり、下手したら銃よりも扱いづらいモノを入れるだろうか?

 30時代の"人工物"の体は、年代によっては持つ人も少なくもないが、多くもない。

 大半の人は、新型の義体のパーツへと買い換えて、オーダーメイドで頼む人間も多い。

 体に合わせた安全性や、動きやすさ、丈夫さを求めるだろうから。

「でもこれはあくまでこの型の評判による話、実際は持ち主によっては思い入れがあることもなきにしもあらず」

「なるほどねぇ、・・・油断はできないってことか」


 少しして、帰り際に、ダコタは玄関まで一緒に来た。

「飲み物、ごちそうさま」

「もうお帰りに?あっ、そういえばマキナは、何も道具を使わずに透明人間になりたいとか思ったことはなくて?」

「う~ん、今は遠慮する。じゃ、また。何かあるかもしれないから連絡ちょうだいよ?」

 見送ってくれたダコタに片手を振って、外に出てドアに、閉め際のドアの間に一瞬見えたダコタの姿に背を向けた。

 彼女が無事で、そして冷静であることを確信したから。


「はぁ、マキナの義体の構造さえ完璧にわかれば、私のかわいいメイド達を更に強くできたのに・・・」

 ダコタはいつの間にかいたメイドの1体に抱きついて、メイドの腹部に顔をうずめた。

 そしてメイドは"お嬢様"の頭を、にこやかに「はい」と言って撫でて上げた。

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