第3話.B パート [ サンデー・アンダー・ザ・サン ]

*

 一方、水絵みずえはというと、街から少し離れた広々とした公園の野外ホールがある広場で、入場料無料の音楽コンサートイベントが行われていたので、

『ウォリアーFD』バイクで来ていた。

 今は女性のボーカルをはじめとしたアーティストグループがソウルミュージックのような曲を演奏し、英語で歌っている。聴いていて気持ちよい。

 音楽は時が何十年と過ぎようとも、それを好む者の気持ちは在り続け、何らかの形や経験で引き継がれていくのだと、改めて確信させられた。

 ソウルミュージックやR&B(リズム&ブルース)という、今流行りのエレクトロやニューウェーブが出てくる前にもあったこのジャンルは、その曲が生まれた当時の時代背景や皮肉などを面白く歌ったのもあったようだ。

 女性ボーカルの耳当たりのよい歌声を聴きながら水絵は右ポケットから取り出した携帯端末の画面をつけて、携帯端末の右上に表示された時刻を確認した。

 8時26分と表示されていた。

 場の明るい雰囲気にうっとりしていて時間を忘れかけていた。

 バイクが停めてある駐輪場に行き、バイクのエンジンをかけて、赤信号にも引っかからずに5~6分で家へ戻った。

 家に行って、

「ただいま!」

と家内に声を掛けて自分の着替えがあるクローゼットの部屋へ行った。

 クローゼットの扉を開けて、外出用の水色のジーパンとピンクと白の半そでの私服から着替えた。脱いだ運動用の衣類は洗濯機前の籠に入れた。

 通りかかった父・夏馬なつばが

「お出掛けかい?」

と声を掛けた。

「ええ、"友達"と。ちょっと散歩にね」

「えっちゃんは本当に外に出ることが好きだなぁ、それは小さい頃から変わってないよ、ははっ」

と嬉しそうに水絵の父は言った。

「父さん達の製作してる雑誌は相変わらず面白いよ、

美大のみんなも好きな人はいるしね」

「ありがとう!そう言ってもらえると、嬉しい限りさ。これが月刊誌じゃなくて週刊誌だったら大変だったよ」

 水絵の父さんは、水絵が小学生になる前から雑誌の会社に勤めているが、今はボーイズラブやガールズラブと言ったジャンルを中心としたマガジン雑誌を担当する部署にいる。

 日曜日は彼にとって休みの曜日だ。

 会話しながら身支度を済ませた水絵は

「いってきます!朝食はとったから大丈夫だよ!」

と、忘れ物がないかを確認して、リュックを背負いながら玄関へ向かった。

「おう、いってらっしゃい!気ぃつけてな~」

 夏場は手を振り、水絵の姿を見送った。


*

 わたしとリラは、丁度、待ち合わせ場所にしていた『やさし横丁』の近くの駐車場に着いたころだった。

 車から降りてリラは自らが得意とする魔法の一部から透き通った泡を手から出して浮かしていた、ポンポンと得意げにシャボン玉を弾ませて。

 リモートキーのロックのボタンを押して、車の鍵を閉めたのを確かめてからあとにした。

 リラが嬉そうに歩いている姿を見て、自分の顔が微笑んだ気がすると感じた。

 駐車場を出ようとすると、見慣れたバイクが通りかかった。水絵のバイクだった、そして彼女が跨っていた。

 駐輪場へ停車するのを見て彼女に手を振って、「遅れてごめん!」と言って水絵は走ってきた。

「筆崎ひつざき先輩!お久しぶりです!」

とリラが水絵に抱きついた。

「ちょっとリラ!・・・一緒に行きたいって言うから連れて来ちゃったけどいい、かな?」

「全然! 私も同じ女子高の先輩として、リラちゃんがどうしているかってのも気になってはいたし、大きくなったね、かわいい後輩ちゃん」

 水絵はリラの頭を優しく撫でる、わたしも撫でてもらいたい・・・かなとは思う。

「先輩に撫でられるなんて、はぁ~・・・暖かい!」

 水絵の背中に抱きつきながら首筋に

「ちゅっ」

と首筋に顔を埋めて

「もう、ま、マキナぁ・・・ったら」

「あ、あの!・・・うわっ、大人だなぁ。・・・そ、そろそろいきませんか?」

 先に撫でてもらったリラを目の前に、水絵にキスをしたものだがツッコまれてしまう、無意識な嫉妬が裏目に。

 リラがいなかったら駐車場の屋根と柱の影でこのままと思うが、5分ぐらい長くなるだけだろう、2人がこんなところで愛し合うのは。

 一旦水絵の綺麗な右手を握り、横を歩いた。

水絵は電気街の中のショッピングモールの様な建物を指を指して

「虎ユートピアポートに行くんでしょ?」

と言うと

「うん、最近行ってなかったし、本屋とか、サブカルチャーコーナーに行きたいなぁって」

と言った。

「私、ゲーセン行きたい!地下1階にあるの。いいですか!?先輩!」

リラはお願いと言わんばかりにわたしと水絵の顔を、嬉しそうに見てくる。

「OKよ、時間余ったらね、それでお昼は6階の飲食店で食べない?」

「おー、6階からの電気街の眺めを見ながら、窓際の席で食べるのも悪くないわね」

 虎ユートピアポートの巨大なモールがある電気街の中心までは、ここからじゃ近いし、

それにわたしはあの街の雰囲気が好きだ。人も親切だし、様々な人種がいる。


10分いくかいかないかぐらいのほどで3人でここまで歩いて来た。

 電気街の中心はその店の看板や広告の他、取り扱っているゲームやアニメの作品の広告、キャラクターのアニメーションホログラムが投影されている。

 ユートピアポートは真下辺りから見上げると最上階があまり見えない、それほど高く、

1階から見て思うと、相変わらず全体的にずっしりした丈夫な構造になっている。

 屋内の中央には、これまた高く聳え立つ柱が建っていて、

吹き抜けとなっているところから見上げると、支柱の上にはステンドグラスが貼られている、

そしてその大きな中央の支柱には、その階の特徴に合ったアートが描かれている。

 美しい支柱のアートに圧倒されると、あっ、そうだ!となってふと我に返る。

 出入り口付近の隅にあるATMを使って自分の通帳にあるお小遣いを引き出そうと思った。

丁度、誰も使っていないようなので

「わたし、ちょっとお金引き出してくるから先行ってて」

「えぇ、大丈夫よ。そこの休憩所で座って待ってるから、ね、リラちゃん?」

「はい、お姉ちゃん来るまでそこのエアコンの下の涼風に当たってるから」

と言って水絵とリラは向こうのベンチのある休憩所へ向かった。


 ATMの画面の取引開始のパネルを押した。

<キャッシュカードを挿入してください>

と機械からカードを要求されたのであらかじめ用意しておいたカードを挿入口へ入れた。

<暗証番号を・・・>

言い終わる前に番号を打ち込み、取引画面に移行した。

とりあえず、わたしの通帳には昨日の仕事の報酬が入っているはず・・・だ。

 残高を見てみようと思ったが、2人を待たせるのもなぁと思って、今週使う分だけ引き出すことにした。

 カードと引き出したお札をパッと財布に入れ、領収書を引き抜いた。

領収書の残高の欄には、1,972,493 円と、記入されていた。

 貯金を引いて計算すると報酬は120万だ・・・なんだこれは、1桁増えているので直ぐ気がついた、わたしの自警団ヴィジランテの経験上これは見たこともない。

 普段なら高くても2桁に万がつく程でしかなかったが、3桁は珍しかった。

だがあの仕事は犠牲者も出ず、人質も全員解放したようだし、何よりスムーズにいった。

 待てよ、あの強奪された装置と人質の持っていた鍵・・・それほどの価値がある装置をわたし達が取り返してなおかつ、犯人グループの集団逮捕をしたとしても75万ぐらいのはずだが・・・。

 驚きと警戒のあまり、立ち尽くしてしまいそうになったが、老婆が後ろに並んだので、「あっ、すみません」

と言ってさっとATMの前から去った。

 正直言って自分の今の表情が気になる、この顔も、元の顔に似せた義体なのだから表情は普通にしていると思うが、それにあの装置が何なのかも気になるが、それについては深入りするな、とのことで多額の報酬が振り込まれたのだろう・・・。

 わたしはまた、危険な橋を渡り始めたのかもしれないな、と何かを決心したかのように、「よしっ」と呟いた。ここからは何があってもおかしくはないだろう。

 復帰してしまったのだから。

 

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