第45話 エピローグ

 結界の斬撃が閃き、天井が崩れた。

 瓦礫が降り注ぎ、少女の姿を覆い隠す。


「こ、こっちです!」


 割れた黒い碁石を手に、呆然と立ち尽くす魔法使い達に声をかけたのは、探偵。黒首禄郎だった。

 曲輪木顕謹製の、結界生成魔道具である碁石によって、頭上には結界が張られ、瓦礫を堰き止めている。

 探偵に導かれるままに走ると、そこにはエレベーターが待機していた。


「逃げ道を……確保していました! 結界で守ってますが、保つかどうか!」

「君は、どうしてここに」


 顕は、ただただ信じられない、といったように、それだけを口にした。


「……俺は今度こそ、彼女を守れなかったので」

「おい。このエレベーター、動かねえぞ」


 焼失が、ぼそりと呟いた。


「うそっ!?」

「構わない。上が埋まってないなら」


 標識が、白棒でエレベーターの床を小突くと、上昇するエレベーター独特の浮遊感が発生した。


「『徐行』……そして『停止線』」


 音もなく停止したエレベーターの扉を、顕が切り開くと、そこは時計塔の最上階だった。


「こんな直通の道があったのか」

「彼女が。アイリちゃんが、教えてくれたんです」


 感心するように頷く神一の横で、黒首はそうこぼして項垂れた。

 その探偵に、顕は抱きついた。


「ありがとう」

「うわっ!」

「本当にありがとう……」


 それだけ言って黙り込む顕に、どう接したものか、探偵は手を振って慌てることしかできなかった。






「卜部が丸々いなくなって。ようやく天下が訪れたと思ったんだけどね」


 古部市市庁舎七階。

 賢人会議を開く、大会議場の机に突っ伏すようにしながら、朽網月彦はそう呟いた。


「やはりそんな企みを抱いていたか」


 背筋を正し、碁盤に並んだ石を眺めているのは、曲輪木顕だった。


「何か悪いことしようってわけじゃあないんだ。いいだろ?」

「ああ。何か悪いことしようにも、私達が直接動くわけにはいかなくなったからな」


 月彦は顔を顰めた。


「『肉の魔女』。本当、ろくでもない魔法使いだよ。奴の言葉を信じるならば、時間はもうあまりに少ない」

「信じるのか?」


 真顔で尋ねる顕に、月彦は肩を竦めて首を横に振った。


「それなりの対策を練るだけさ。真に受けてどうする」

「それは私への牽制か、朽網」

「そうだよ。これ以上僕と君、どちらかにパワーバランスが寄ったら困る」


 時計塔での戦いを経て。

 曲輪木、朽網両名によって、卜部が時計塔の傀儡と化していることが発覚し、天仙道はその体制を大きく変じざるを得ない状況に追い込まれた。

 最大の功労者である、ということを理由に、その音頭を取らされているのが、朽網と曲輪木、その当主である二人なのであった。


「目下、天仙道の最大の関心事は、僕と君。どちらを神輿に担ぎ上げるかってことなんだから。奴隷根性が染み付いた奴らばかりで嫌になる」


 そう言って、月彦はため息を吐いた。


「なあ、曲輪木」

「何だ」

「好きだ。僕と結婚してくれ」

「失せろ」

「おいおい、僕は本気だぜ。曲輪木と朽網。僕と君が結婚すれば、卜部の時とは比にならないくらいの一強体勢が築ける」

「そのためにお前と結婚しろと? 年中薄ら笑いを浮かべて、本心の読めない男と? 言っちゃあ悪いが、そういうのは生き地獄と言うんだ。御免こうむるね」


 涼し気な顔で、碁石を盤に打ち付ける顕には、取り付く島もない。


「……めちゃくちゃガチの拒絶かよ」


 月彦は珍しく笑みを消して、ため息をもうひとつ吐いた。






「井戸を奪う、か」

「実際やばいと思うよ。僕も焼失も標識も、肉の魔女相手に手出しできない」

「私が居る」


 和装の男、庭師は手に持った巨大な和鋏を大きく鳴らした。


「お前たちは、それ以外をどうにかすればいい」

「それ以外、ね」


 郵便屋は、張り子の仮面の下で眉を顰めた。


「天仙道に知られたのもまずい。人海戦術で来られたらどうするの?」


 郵便屋の言葉に、庭師はしばし黙り込んだ。


「焼失。奴の『尋ね人』を見つける他ないな」

「尋ね人? 捜し物じゃなくて?」

「あれが探しているのは、魔法使いだ。自分以外に虚空蔵追放ダムナディオ・メモリアエを使う」


 思いもしない庭師の言葉に、郵便屋は訝しげに尋ねた。


「そんな魔法使い、いるの?」

「居る。しかし、焼失を失いかねないから放置していた」

「なにそれ」


 庭師は郵便屋の張り子の仮面から目を逸らした。


「焼失。奴の望みは、アカシック・レコードから自分を消すことだからな」

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