第39話 不死の彼女の望むもの(2)

 月彦は絶句しながら、ゆっくりと納得したように表情を歪めた。


「確かにそれなら、納得できる。僕と君以外、ろくでもない人員しか配されなかった今回の人選にも、先の卜部灘による分断工作も」

「朽網!」


 言霊を使わず、直接口に出した月彦を、咎めるように顕が叫んだ。


「当代一の結界使いと言霊使い。曲輪木顕と朽網月彦。私はどうしてもあなたたちに会いたかった」


 背筋が凍りつくほどに美しい微笑をたたえ、魔女は言葉を紡ぐ。

 それを見た月彦はどこか憑き物の落ちたような微笑みを返す。


「なんだ。それならそうともっと早くに言ってくれればよかったのに」

「まあ。もしかして両想いだったのかな」

「まさか。死んでもこんなところに来たりしなかった」


『逃げるぞ曲輪木。完全に嵌められた。向こうはこっちの手札を見切った上で待ち構えていた』

『わかった。結界を張る』


「そう言わないで。きっと気に入ってくれると思うよ」


 ゆったりとした動きで、歩み寄る魔女。

 傍らの律と卜部も、姫を護る騎士のように、油断なく近づいてくる。

 その歩みが止まる。

 曲輪木による結界。

 部屋を二つに両断する、大きな面状の結界によって、魔女の行く手を遮ったのだった。


「きっと気に入らないと思うから僕らは帰るよ。それではまた」

「逃さないよ?」


 魔女が微笑む。

 すると、足元の人間を結ぶ管が裂け、無数の触手となって鎌首をもたげた。


「この時計塔の中は、私の身体の中。私の許可なく逃げられると思わないでね」

「身体の中で戦うと勝てるのか。知らなかったな。次から会合は僕の胃の中で行うことに」


 月彦が軽口を返すよりも早く、触手の群れが全方位から襲いかかった。

 渦を巻くようにしてうねる触手の海に、あっという間に呑まれてしまった二人はしかし、


「『そこに僕らはいないけど』」


 月彦の言霊によって生み出された幻だった。

 走り抜ける二人の足元に這い縋る触手は、顕の結界によって阻まれ、触れることができない。

 触手の群れは、二人を捕まえられないと悟ると、出口に殺到し、その質量で扉を覆い尽くし、封鎖した。

 顕が斬撃を放つも、切れた端から再生し、埋め尽くすように覆う触手を、排除することができない。


「天井は!」

「同じだ! 穴を開けた分、塞がれる」


 月彦の提案を、即座に否定する顕。

 方策を考えるため、頭を回す。

 視界の端に、にやにやと笑みを浮かべる魔女の視線を感じる。

 どうしようもなく空転を続ける思考を打ち破るかのように、次の瞬間、触手の群れが爆ぜ飛んだ。


「キモいな。これも肉の魔女の仕業か」

「触るなよ」


 焼けた触手は塵も残さず、まるでこの世に存在していなかったかのように消え失せ、再生すらできない様子であった。


 部屋に入ってきたのは、男が二人。

 背の高い、白棒を持った男と、灰色の髪に、ポリタンクを持った男。

 万書館の魔法使い、標識と焼失だった。


「ああ、待ちわびたよ、万書館……井戸の守り手」


 結界の向こうから、魔女の喜色に塗れた声が響く。


「あれだよな」

「あれだろうな」

「んじゃ、やるか」


 気負いもなく、淡々とそう告げる二人に、月彦は声をかける。


「助力、感謝する。僕は」

「天仙道。『碁盤』と……あんたは朽網の縁者か」


 白棒を持った男―――標識が、月彦に向き直った。


「俺たちはあれと戦いに来たんだが……引くのか? できればそこの結界を壊してから行ってもらいたい」


 そして、部屋を分断する結界を指し示し、顕に顔を向ける。


「それとあのうるせえのを引き取ってくれ」

「月彦様! 遅参いたしました!」


 うんざりしたような口調でそう言ったのは焼失。

 その後ろから駆けてきたのは、神一だった。


「奉野は」

「死にました」

「こいつらは」

「助けられました。相当に使います」

「なるほど、なるほど」


 ごく短いやり取りであったものの、言霊使いにとってはそれで十分だったのか。

 納得したように二度頷いて、月彦は扇子で額を打った。


「脇目も振らず逃げ帰る、ってほど悪い状況じゃなくなったね」

「本気か」


 顕は朽網の目を覗き込むようにして尋ねた。


「得体の知れぬ魔法使いと共闘しようと?」

『僕らがやるのは火事場泥棒さ。戦うのは任せて、隙を見て人工霊脈技術を持ち出してみよう』


 言霊で返答しながら、月彦は、肯定を示すよう頷いてみせた。

 腕を組んで待っていた標識が、片眉を上げる。


「話は纏まったようだな」


 月彦は恭しく頭を下げた。


「微力ながら助太刀したい。共闘を」

「『碁盤』が来るなら願ったりだ」


 標識はそれに頷いて、了承の意を示した。


「『碁盤』というのは私のことか?」


 訝しげに尋ねる顕に返事はなく、代わりに嘲るような笑いが返ってきた。


「ひひ。助太刀、ねえ。火事場泥棒・・・・・の間違いだろうがよ?」

『言霊使い。自分の魔法を過信したね。情報が行き来している以上、僕の魔法に取りこぼしはないのに』


 その場にいない万書館の魔法使い、郵便屋が、焼失と共に笑う。

 焼失がわざとこぼした言葉。それを、朽網の人間が聞き逃すはずがない。

 月彦は変わらぬ笑顔を浮かべていたが、神一は目を瞠るようにして開いてしまっていた。


「なるほど。確かに『使う』ようだ」


 口を片側だけ歪め、扇子を強く握り締めながら、月彦はそう呟いた。

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