第25話 世界の終りの前哨戦(4)

 古部市自然公園。

 静かでよく手入れされているにも関わらず、普段はまるで人気のない公園に、今日は大勢の人間が足を運んでいた。

 それもそのはず、今日この自然公園では、今や局地的なブームを巻き起こしている『ウィザーズ・ジェネレイター』のイベントが行われているのだった。

 自然公園の外れに立つ時計塔は、辺りが広場になっていることもあってか、出店までもがでている賑わいようだった。

 そんな人々から少し離れた、時計塔の裏手に、七人の魔法使いが身を潜めている。


「わー! すごい人! アキラ様! わたあめ売ってるですよ、わたあめ!」

「リツ。ステイ」

「見事なほどに人だらけスね」

「……これだけ多いと人避けの結界も意味がないな」

「そして、ここにいる全員が、人工霊脈に魔力を汲み出す端末、か」


 和装の男、朽網月彦はぽんと扇子を広げて、薄く歪んだ口元を隠した。


「時計塔の奴らにとっちゃ格好の魔力増産施設ってとこかな」

「どうします? 蹴散らしますか?」

「え? リツ、暴れるですか! アキラ様!」

「うんうん、それもまた一興」

「一興じゃないわ阿呆」


 走り出しそうになる律の襟を掴みながら、曲輪木は朽網を見据えた。

 扇子の向こう側の薄ら笑いを見透かしたかのように、静かに断言する。


「我々の目的はあくまで人工霊脈の奪取だ。こんなところで戦力を徒らに消耗することもない」

「それじゃあ正面から時計塔に乗り込むかい? 少しでも手間取れば、地上と地下から挟み討ちだよ?」

「そうはならない―――だろう? 卜部」

「そうだね。少なくとも、ボクは挟み討ちにあっていない」

「地上の有象無象共に関しては、既に手を打ってある」


 曲輪木はあくまでも涼し気な表情でそう言ってみせる。


「我々は奪取することだけを考えればいい」

「具体的には?」

裏から入る・・・・・


 ぴし、と。

 何かが砕ける小さな音とともに、時計塔の壁に線が走り、内側に向けて倒れた。

 相当に分厚いコンクリートの壁が倒れたのにも関わらず、砂埃一つ、物音の一つ立ちはしない。

 奉野が口笛を吹く。


「エグいスね、結界魔法……空間切断に、空間遮蔽。城攻めだってできるぜ、こりゃあ」

「先頭は私が。殿は朽網。行くぞ」


 曲輪木の声に従って、六人が壁に開いた大穴から時計塔の内部に入り込む。


「やれやれ、人使いが荒いなあ。こーんな穴開けっ放しにして、バレたらどうすんのかねえ。『ここに穴など・・・・・・開いてないけど・・・・・・・』」


 朽網がそう呟いて、懐から出した札を地面に貼ると、壁に開いた穴と、内側に倒れこんだ外壁が忽然と消失した。


「ま、バレたらその時はその時。それも一興、だろう」


 笑みを深くして、朽網は前を行く六人を追いかける。

 僅かな時間のうちに為されたそれを、見咎める者はどこにもいなかった。




「来たね」


 それでも、肉の魔女にはそれを感知することができた。

 時計塔地下。

 この『時計塔』本部は彼女にとって、身体の内に等しいのだから。


「これは曲輪木か―――腰の重い天仙道らしくないね。今日は本気で踊ってくれそうだ」


 肉の魔女は自分の紅い唇をゆっくりと舐り、唇を歪めた。

 一目見ただけで、誰もが陶然としてしまう、淫猥な笑み。

 その表情を、観るものはいない。

 魔女の前に傅く四人は、首を上げることを許可されていなかった。


「ふふ、そうでなくちゃね。さあ、私の愛し子たち。いって、相手をしておいで」

「はい。我が愛しの母上」


 魔女の言葉に返事をする三人の声は、機械で測ったように正確に、同時に発音された。

 立ち上がり、一礼する仕草までもが、完璧に同じタイミングの三人は、踵を返し、定められた地点へと向かって行く。

 左右対称に整えられた彼らの表情は、皆一様に、喜びと、自信と、優越に満ちている。

 最も愛する人から信頼され、役割を振られ、任された自分を。

 愛する人の為に、役に立てる自分という存在を、三人全員が心から誇らしく思っているのだった。

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