第23話 世界の終りの前哨戦(2)

「君たち、やったことある? 『ウィザーズ・ジェネレイター』」


 古部市市庁舎7階の小会議室、そこに六人の魔法使いが集まっていた。

 和装の男、朽網月彦の問いかけに、二人の人間が手を上げる。


「あーウィズジェネ。やったことあるスよ、俺」

「俺も触ったことはある」


 青いアロハシャツに黄色の短パンを履いた、いかにも軽薄そうな男と、それとは対照的に全身黒尽くめの陰気な男が答えると、朽網はうんうんと頷いた。


「そうかそうか! 僕はこんなものに費やしている時間がなくてね。いや、羨ましい限りだよ。奉野まつりやくんに、沼園くん。有限の時間を無為に消費するというのは最高の贅沢だ。ぜひあやかりたいものだね」

「煽るな朽網」

「別に煽っているつもりはないよ。ただ僕は、個人的な感想を述べているだけだ。それをどう捉えるかは君たちの勝手……」


 笑顔でべらべらと皮肉を口にする朽網の身体が、突然見えない何かに締め付けられる。


「私は煽るな、と言ったぞ、朽網。いきなり不和を生むような真似は謹んでもらおうか」

「わあ、情熱的。随分と熱い抱擁だね、曲輪木」

「月彦様を離せ!」


 清潔感のある白い詰襟を着た、少年と呼ぶのが相応しいくらいの年頃の男が、立ち上がって叫ぶ。


「攻性魔法を仲間に向けるとは……! いかに曲輪木の当主代理といえど、反撃されても文句は言いますまいな!」


 激昂している少年に対して、曲輪木は穏やかな微笑を崩さぬまま答えた。


「これは守護結界だよ、ええと、朽網神一くたみしんいちくん。攻性魔法なんかじゃない。ちょっと手許が狂っただけだ……円滑な進行を妨げられた苛立ちのせいでね」

「そうだよ、神一。彼女が本気なら、今頃僕は胴体から真っ二つだ。ほら、誤解したことをちゃんと謝りなさい」


(まずお前が謝れよ)


 と、朽網一族以外の誰もが思った。


「誤解してしまい申し訳ありません」


 当主代理の言葉に素直に従い、神一は頭を下げた。

 曲輪木はため息を吐く。


「この『ウィザーズ・ジェネレイター』というゲーム……スマートフォンの位置情報機能を用いて遊ぶものらしいんだが。このゲーム、どうやら時計塔によって開発された人工霊脈であるようでね」

「人工霊脈? ゲームが?」


 奉野と呼ばれた男が、どこまでも軽い調子で尋ねる。


「そんなんできるんスか? ゲームで」

「出来る」


 曲輪木は頷いてみせた。


「霊脈を構成するのは、経路パスとそこを流れる魔力だ。天然の霊脈を川に例えるなら、人工霊脈は用水路のようなもの―――『流れがあるなら、それを川と呼んでも構わないはず』。これが、人工霊脈の基礎的な考え方だね」


 そう言って、曲輪木は湯呑みを高く持ち上げると、ひっくり返した。

 お茶は宙に浮かんで、ちょろちょろと水平に流れて行く。


「こんな小さな流れでも流れは流れだ。魔力は流れに引き寄せられる。引き寄せられた魔力を、汲み出して使う。それが、人工霊脈だ」


 誰もお茶の流れに反応しないので、曲輪木は少し肩を落として、湯呑みの中にお茶を回収し、咳払いをした。


「ん、んん。我々天仙道の霊脈は、都市交通網を経路に見立て、そこに大量の人間を循環させることで、霊脈を形成している。それと同様に、このゲームは、経路をゲーム内に設定し、魔力を有するプレイヤーが動き回ることで、霊脈を形成している」

「それは、現実世界に経路を形成しているのとは何が違うんだ? プレイヤーが歩き回っているのは、結局この世界だろう」


 全身黒尽くめの沼園が問うと、曲輪木は頷いた。


「そうだ。しかしこの人工霊脈は、こちらの世界、現実世界での魔力を、ゲーム内の世界に吸い上げるような術式が組まれている」

「……魔力を、ゲーム内に、吸い上げるだと? 出来るのか、そんなことが。それは、所詮はただのアプリケーションだろう」

「できる。このゲームに参加した時点で、プレイヤーは人工霊脈の影響を受け、魔法使いに仕立て上げられてしまう」


 曲輪木はスマートフォンを操作して、ゲーム画面を開く。


「利用規約にこっそり書いてある。『プレイヤーは、ゲームを開始した時点で時計塔に管理される魔法使いとしてゲームの維持に協力するものとする』。利用規約に同意した時点で、この契約に書かれたとおり、呪いがプレイヤーを魔法使いに変えてしまうんだ」


 その場の誰もが黙りこむ中、朽網だけが愉快そうに笑っていた。


「魔法使いに変える……それで『ウィザーズ・ジェネレイター』か。まんまじゃないか。時計塔にはユーモアのセンスがあるやつはいないのかな」

「だが、この発想は、まるで異次元のそれだ。魔法というものは、代々継がれる、技術であり、こんな形で広めるものでは……」


 信じられない、といった口調で、呟くように口にする沼園を、朽網は一笑に付す。


「おいおい。君たち若者がそんなジジくさいことを言ってちゃ困るな。この場に集めたのは一応、天仙道の中でもそれなりに使うとされている、精鋭魔法使いであるはずなんだが……目の前で起こっていることすら呑めないようじゃ、時代遅れの三流にしかなれないよ」


 そして、部屋の一角に座し、一言も口を開かないでいた青年に目を向ける。


「その辺、どうだい? 卜部の秘蔵っ子くん。ああ、もちろん卜部なんだ、これくらいのことはあらかじめ予知していたのかな」


 曲輪木が咳払いをする。

 朽網は両目を閉じて肩を竦め、両手を上げた。


「そんなに怒らないでくれよ、曲輪木。さ、続きをどうぞ」

「……魔法使いにされてしまった各々が、無意識に使っている魔法は、『魔力のデジタル変換』とでも言うべきものだ。プレイヤーはこちら側の魔力を吸収する吸い口であり、同時に霊脈を流れる魔力単位として扱われるわけだ」

「時計塔らしいやり口だね。人間を資源としか思っていない」


 朽網を無視して、曲輪木は続ける。


「このゲームによる霊脈は、我々の霊脈にも干渉しない。にも関わらず、ご丁寧にも時計塔の奴らは、ここまでの説明を・・・・・・・・直接我々に・・・・・送ってきた・・・・・

「……それは、つまり。時計塔は天仙道の邪魔はしないから見逃せということですか?」

「神一。それは浅慮が過ぎるよ。しかし、君のその浅い考えですら、今回は深過ぎた」

「それは、一体」


 朽網はにやにやと笑みを浮かべている。


「こんなものを見せられたら、我々としては奪うか、破壊するかするしかあるまい? 先の羽原家の御令嬢が拐われた事件の直後だ、襲撃する大義は十分――にも関わらず、こんなものを送ってくるのは、こういうのは『喧嘩を売っている』というのさ」

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