第20話 それぞれの思惑/胎動

 古部市自然公園の外れに立つ、時計塔。

 静かに過ごすのにはうってつけの美しい場所だが、不気味なほどに生命の気配がなく、虫の一匹さえ寄り付かない。


 人避けの結界。

 強力な魔法使いは、その存在自体が、人避けの結界を展開する。

 それは即ち、「こんな危険なもののそばに居たくない」という本能的な危険信号に由来するものである。

 時計塔に巣食う最悪の魔女。

 その通り名を、『肉の魔女』と呼ぶ。


 時計塔の地下には、設計段階にはなかった巨大な施設が存在している。

 肉の魔女の端末は、人間社会のありとあらゆる所に入り込んでおり、その工事を請け負ったのは、端末が支配している土建会社だった。

 その一角、『コンピュータールーム』と書かれた扉の奥では、その名とは全く異なる異様な光景が広がっている。


 熱気が伝わる。

 その部屋の中には、何十、何百という数の裸の人間が小さく身体を折り畳んで、並べられていた。

 表情は虚ろで、目玉だけがガクガクと忙しなく動いている。

 よく見ると、隣り合う人間同士の頭と頭の間に、太い肉の管が繋がっており、どくどくと脈動していた。

 最早、人間と呼んでいいものかわからないその集合こそが、肉の魔女謹製の『コンピューター』であった。


 その光景を見下ろして、震えている者がいる。

 作り物のように左右対称に整った容姿。

 無駄一つなく鍛え上げられた肉体も相まって、どこか人形めいた男は、王命を拝する騎士のように、頭を垂れていた。


「恐ろしいお人だ」


 その声色には、崇拝の色が滲んでいた。


「これが、貴女様の『コンピューター』なのですね」

「うん。君には見せておこうと思って。特別だよ?」


 側に立つのは、異様な程に美しい女。

 夜の闇より黒く、天鵞絨よりもしなやかな長い黒髪が、計算し尽くされたように身体の上を這っている。

 傅く男の頬に添えられた指は、初雪のように淡く、白い。


 特別。

 その言葉は真実ではなく、男の主人である、肉の魔女の気紛れであることはわかっていた。

 しかし、脳が蕩けるほどに、誇らしい。

 嬉しい。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくてたまらない。


「未来予知に耐えられるほど高スペックの脳なんてなかなかないからね。質で補えないなら量で勝負するしかない。でも、そうするとどうしても大袈裟になっちゃうね」

「まったくその通りです」

「でも結局あんまり役に立たなかったね。どれだけ規模を拡大しても来年の夏くらいまでしか見れなかったし、私のバックアップに使うにしても、ロスが大きすぎた」

「破棄しますか」


 肉の魔女は、男の言葉を聞くと、その頬に当てていた手を、ずるりと男の頭の内に突き刺した。


「ああああああああああああああああああ」

「私の役に立ちたいのはわかるけど、私にはみんなの力が必要なの。君もそうだし、この子たちもそう。こんなモノにまで一々嫉妬しちゃうの、かわいいけれど……ちょっと面倒だよ?」

「あ、あああ、あああああああ、あああ、ああ」


 肉の魔女が指を動かす度に、男の身体がびくびくと跳ね、機械めいた奇声が漏れた。

 およそ、人間の出す声とは思えない、断続的で、感情のない叫び。


「だからね、やっぱりみんなを呼んで、パーティにするしかないかなって思うの」


 肉の魔女が、男の頭から手を引き抜いた。

 まるで脈絡のない、飛び飛びの、本人にしか繋がりが理解できていないだろう、魔女の言葉に、男は頷いて見せた。


「貴女様の仰せのままに」

「うん。楽しみだなあ。本気で遊ぶのなんて何年ぶりかわからないよ。やるなら本気で、生命を賭けなきゃね」


 魔女の唇は、楽しくてたまらない、といった様子でゆるゆるに歪んでいた。


「踊ってもらうよ、天仙道……万書館。何人私のところまでたどり着けるかな」

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