第2話 万書館/イドの守り手(2)
「ねー、『標識』? 標識いるー? ちょっとお使い頼みたいんだけどさー」
走り書きの書かれた紙が山のように高く積まれ、所々で崩れて海となっているような部屋の中。
頭に張子の仮面を被り、フードの付いた赤いパーカーを着た子供が、椅子に腰掛けたまま、高い声で誰かを呼んでいた。
変声期前のソプラノボイスは、頭を覆う仮面の中で、奇妙に反射して聞こえる。
「ひょーうーしーきー」
「うるせえんだよ! 『糸電話』つけてデカい声出すな、耳が割れる!」
紙の山を薙ぎ倒し、ドアを勢いよく開けて現れたのは、エプロンをつけた長身の男であった。
胸元にデカデカと『一時停止』の道路標識が書かれた白のTシャツを着ている。
男は少年の仮面を掴むと乱暴に剥ぎ取った。
仮面の下には、不満そうに頬を膨らませる美少年の顔があった。
「標識おそーい!」
「いいか『郵便屋』。俺はお前らのママじゃない。食事洗濯風呂洗い、何から何まで俺にやらせて、それでまだ何か用があるのか?」
標識と呼ばれた男は、座ったままくるくると椅子を回している郵便屋を見下ろすように、切れ長の目を細めて、少年を睨みつけた。
服装はさておき、彫りの深い整った風貌の男が覆い被さるようにして睨む姿は、迫力のある光景であった。
「あは。それでも全部やってくれるのが標識だよねー」
しかしそんな男に怯えるでもなく、悪びれるでもなく、郵便屋と呼ばれた少年は人懐っこい笑みを浮かべていた。
「やらん。自分でやれ」
「頼むよー。『焼失』に頼みがあるから捕まえてきてほしいんだよ。あとなんか悪い事してる『外』の魔法使いがいるっぽいからなんとかして」
「阿呆。なんで『郵便屋』が伝言一つ送れねえんだ。自分でやれ」
「焼失、糸電話は焼いちゃうし、伝書は読んでくれないから、直接捕まえるしかないんだもん。僕はこっから出れないんだから呼んできてよー」
「……わかったよ。見つけたら伝える。で? 二個目はなんだ。外の雑魚どもくらい、天仙道が潰すだろ」
少年はパーカーの紐をいじりながら、顔をしかめて見せた。
「んー。市庁舎の周り、『碁盤』が本気出して結界張っててさ」
「お前が覗けないレベルのか?」
「そう。過去視、未来視とかも弾くレベルのガチの結界。なんか知らないけど時計塔と小競り合いしてたみたいなんだよね。こうなると、天仙道は仕事遅いからダメ!」
そして、長身の男を見上げて上目遣いで笑顔を作る。
「その点標識なら安心できるじゃーん? 速いし正確だし、言うことなし!」
「放っておけない理由があるのか?」
向けられた笑顔とピースサインを無視して男が問いかけると、少年は顔を逸らした。
「……怒んない?」
「内容による」
「じゃあ言わない」
「ガキかお前は!!!」
目を合わせようとしない少年に向けて、男は怒鳴り立てた。
「ガキって言うな! ばーか! おっさん! ダサTシャツ!」
少年は男を睨みつけると、子供らしい罵倒を投げ返す。
「ダサくないわ! どう見てもかっこいいだろう!」
「信じられないくらいダサいよ!どこで売ってんだそんなシャツ!」
「『館』の手作りだ!」
「ああ、なんかハマってたもんね、館……」
少年は満面の笑みでシャツにプリントを施す同僚の顔を思い浮かべ、微妙な顔をして頷いた。
長身の男は、そんな少年を見ながら小さく溜息を吐いた。
「……『庭師』にはお前から話通しとけよ」
「さっすが標識! 話がわかる! 館、標識が出るから繋いでー! 第三高校に一番近いとこで」
男に向かってではなく、どこか中空にいる誰かに向かって喋るようにして少年がそう告げると、部屋の入り口のドアが虹色に輝いた。
「理由。帰ってきたら聞くからな」
「うん。帰ってきたらちゃんと言う」
「それじゃ、行ってきます」
長身の男はそう言うと、紙に埋もれた部屋から出て行った。
ドアが閉まると、虹色に輝いていたドアの輝きは薄れ、何の変哲もない元のドアに戻った。
「あ……外の奴らが何やってるか言い忘れた。まあ標識なら上手くやるか」
少年は椅子から立ち上がり、先程乱暴に剥ぎ取られ、床に放置されていた張子の仮面を被り直した。
「なんせ、万書館最強にして唯一の『戦闘用魔法使い』。万に一つも失敗することなんてあり得ないさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます