第四節
以上が、彼が体験したという不思議な話である。
長い語りを終えて疲れたのだろう、彼は手を上げてコーヒーのお代わりを注文した。だが待ちきれなかったようで、グラスに入った水を飲み干し、咳払いをして喉の調子を確かめていた。
その様子を目の端で窺いながら、私はここまでの語りの内容と、それを聴いて抱いた感想や疑問等を手帳に書き留めていた。
で、彼のお代わりが届いたところで私も注文をして、まだ残っていたコーヒーを飲み干した後、あらためて質問を始めた。
まずはそれからどうなったのかと、後日談について訊ねてみた。
火の海と表現するほどの火事だが、駆けつけた先生方が必死の消火を試みるも、木造で、古くて隙間風もあり、またホコリもひどかったため、火の勢いを止めることはできなかったそうだ。
消防車が何台も駆けつけるほどの大騒動となり、やっとのことで鎮火させられたものの、結局、旧校舎の半分が黒焦げになってしまった。
当然警察も駆けつけた。人が一人死んでいるので刑事もやってきて、それはもう大変なことになったようだ。
実況見分だの、事情聴取だのと捜査が行われ、目撃者で第一発見者の彼もさんざん話を聞かれた。それはもう、うんざりするほどに。
で、結果だが、先生による放火と自殺という形で処理されたのだそうだ。
遺書などは見つかっていないが、現場から、先生がタバコを吸うために使っていたオイルライターが発見された。そのフタが開いていたので、彼が火をつけたのではないかと目された。その直後に逃げもせず飛び降りていることから、まず間違いないだろうと。
もしそうだとすると、先生はどうしてそのような犯行に及んだのだろうか。
つまりは動機だが、それはわからないという。警察からも学校からも、詳しい説明は無かったそうだ。
まぁ無理もないだろう、彼は第一発見者に過ぎず、第一まだ子供だった。それに警察は、自殺として処理したものをそれ以上調べることはない。だから、どのみち説明するほどの情報が無かったのだと思われる。
とはいえ当事者としては到底納得できるはずはなくて、彼は知りたいという欲求を抑えきれず、子供ながらに独自の調査を行った。
だがやり方がわからなかったので、インターネットの掲示板などに質問を書き込んで、その教え通りに行った。
まず調べたのは、例の絵の女性、彼女についてだった。
あれはきっと転落や飛び降りを描いたものだと予想し、過去にも同様の事件があったのではないかと調べてみた。
すると、確かにあった。
先生に聞いても教えてはくれなかったので、学校周辺に長年住んでいる人たちに話を聞いて、それで複数の人から証言を得たのだ。
そのうちの一人にお喋り好きな年配の女性がいて、地元紙にも載るほどの事件だったと教えてもらえたので、次はそちらを当たってみた。
まずはインターネットで調べてみたがわからなかったので、当時近所にあった市立図書館を訪れて、その頃の新聞を確かめた。
いつの頃かはっきりしなかったので時間がかかったものの、なんとか記事を見つけ出し、その年代から何期生だったのかがわかったので、親や近所の人などを通じて、そのときの卒業生を探し出して話を伺った。
そして、その際に見せてもらえた卒業アルバムで、“彼女”に再会した。
例の絵と同様、美人ではあったが、笑顔はなく、どこか物悲しい感じだったという。
彼女が亡くなったのは、その卒業アルバムの写真を撮影してまもなくのことだった。
先生と同様、飛び降り自殺だそうだ。
どうして自ら死を選んだのか、その理由は定かではないが、彼女はそのとき妊娠していたらしい。司法解剖の結果で判明したとか。父親が誰かは、もちろんわかっていない。
無理もないことだが、学校でも一、二を誇る美少女が自殺をし、しかも妊娠していたという事実には、生徒はもちろん、先生方や近所の人たちも大騒ぎだったそうだ。憶測という様々なウワサが飛び交っていたとか。学校の怪談や都市伝説にまでなり、しばらく残っていたという。
そんな話を聞いた彼は、もう一度思った。
やはり例の絵は、彼女の死の瞬間を描いたものだったのだろう。
絵の作者が本当に先生なら、あのときの自分のように、その瞬間を目撃してしまったのではないだろうか。
しかし、だとすると先生が自殺した動機はなんだったのか。
自殺なのだから、やはりなにかを悔やんでのことだったのではないか。
例えば、死に際を目撃したとはいえ、それを絵に描いてしまったことへの後悔の念に駆られたとか。
その絵に再会したことで、当時抱いていた懺悔の気持ちを思い出してしまったとか。
その可能性は無いとは言えないだろう。
だが、違う気がした。
動機として弱い気がしたのだ。そんなことで死を選ぶ人物には思えなかった。
ならば、他にどんな理由があるというのか。
そう考えたときにふと思い浮かんだのは、あの絵に描かれていた少女の笑顔だった。
なんてきれいなのだろうと見惚れてしまう美しい顔に、なんとも優しい眼差し、そして笑み。
あのような表情を描けるということは、当時の先生は、彼女に対して少なからず好意を抱いていたと思われる。
彼のように恋をしていたのかもしれない。
しかしそれだけで自殺をするとは思えないので、もしかしたら先生と彼女の間にはなにかしらの関係があったのではないか。
例えば、二人は男女の仲だった。そして実は、先生こそが彼女のお腹に宿っていた子供の父親だった……とか。
もしそうだとすれば、自殺の動機としてはまだ説得力があるだろう。
だがしかし、所詮は想像に過ぎない。机上の空論というやつだ。それが真実かどうか、真相かどうかの証明はできず、結局のところはわからないままだった。
子供だった彼にはそこまでが限界で、それ以上は調べようが無かった。
それでも諦めずに調査を続けていたが、学業が疎かになっていたこともあり、親や先生からいい加減にするように注意され、調査そのものを禁じられてしまったという。
だから、わからずじまいなのだそうだ。
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