第十二節
――と思いきや、急に眉を顰めて、掲げていた手を戻してしまった。
「いや、ちょっと待てよ」
「……」
恐怖のあまりに絶句していた男たちは、身を守ろうとするようなその姿勢のまま、固まっている。
それは、その周りにいるグールたちも同じだった。口を引き裂かんばかりに開き、さあ、飛びかかろうというその姿勢のまま固まっていた。指を打ち鳴らされるのを待っているかのように、そっと後ろを振り返り、ルシェルのことを窺っている。
「こいつらを殺してしまうのは、悪魔としてどうなんだ……?」
ルシェルは顎に触れ、何やらぶつぶつと呟き始めた。
「悪党を殺すわけだから、それはすなわち正しい行いってことになるよな……? 悪魔がそんなことでいいのか? いやいや、いいはずがない。そもそも、こいつらを殺しても、俺様にはなんのメリットもないではないか……! そうだ! 第一、こいつらを殺したら、頭の上に輪っかを乗せているあの阿呆共を喜ばせるだけではないか……!」
何やら急に怒り出した。苛立たしそうに地団太を踏んでいる。
「……」
男たちも、そして、グールも、無言のままに行く末を窺っている。
「うーむ、どうしたものか……」
ついには腕まで組み、悩んでいるのか、首を右へ、左へと傾げながら、うんうんと唸り出した。それがしばらく続くものだから、同じ姿勢でいるグールの身体がぷるぷると震え始めている。辛そうだ。
「!」
ルシェルはハッとし、ポン、と上向きに返した左手を、右手の拳で軽く叩いた。何か思いついたらしいが、なんというベタな……。
「フッフッフッ。我ながら、なんという恐ろしいことを思いついたものか……!」
ルシェルは不気味な笑みを浮かべた。
「自分がされたと思うと……うう、恐ろしい……!」
ルシェルは想像に怯え、身震いしている。
「まさに、地獄の苦しみ……!」
ルシェルの目の色が変わる。瞳が妖しげな輝きを放つ。その瞳で、男たちを見つめる。
「ひぃっ!」
男たちは怯えて、思わず声を上げた。
「奴らをおちょくるのに、これほど適したことはない……!」
ルシェルはおもむろに右手を伸ばし、手のひらを上に向けて返した。すると、その手が一瞬にして黒い炎に包まれた。
「うっ、うぐっ!」
「ぐあああ……!」
そうかと思えば、男たちが急に苦しみ出した。心臓に痛みを覚えるかのように胸を押さえて、その場にうずくまる。
「うあああっ!」
天を仰ぐ男たち。するとどうだ、彼らの口から何か黒い塊のようなものが飛び出したではないか。それは形を変えて、なんと、男たちにそっくりな姿となった。
「ヴォオオオ――ッ!」
雄叫びでも上げるように、黒い塊が一斉に叫び出した。
「ほほう、こいつはまた大きく成長したものだな」
ルシェルは右手を伸ばしたまま、左手で顎を触り、感心するように呟いた。
「!?」
男たちは胸や喉を押さえたまま、自分の口から飛び出したその黒い塊を目の当たりにし、ひどく驚いている。
「それがなんだかわかるか? おまえたちの魂に巣食っている“悪”だ」
ルシェルは左手で、男たちの胸を指差した。
「……!?」
声も出せず、男たちはただ戸惑うばかり。
「さすがは悪党。立派だぞ。褒めてやろう」
男たちが困惑している中、ルシェルはケラケラと笑っている。
「人間の魂はな、二つで一つなんだ。つまり、善と悪だ。善玉菌があれば、悪玉菌があるみたいなものだな。……ちょっと違うか?」
ルシェルはいやらしく笑いながら、小さく首を傾げた。
「純粋無垢な赤ん坊の時は五分五分。成長と共にどちらかに傾く。まあ、天秤みたいなものと考えろ。通常はどちらかに傾いている程度で、状況に応じて変動するものなんだが、さすがは悪党だな、もう真っ黒だ。善なんぞどこにも見えん。もしかすると、悪が食ってしまったのかもな」
左手をまず水平にし、続いて左右のどちらかに傾けるなどして淡々と説明するルシェル。だが、いまの男たちには、その手の動きを見ることもできなければ、彼の声に耳を傾ける余裕などこれっぽっちもなかった。
そんな中で一人だけ、激しくもんどりうっている者がいる。ボスだ。パンパンに膨れた喉を押さえてひどく苦しそうにしている。その口からは、皆と同じように黒い塊が飛び出しているのだが、彼のは人一倍大きいらしく、途中で詰まってしまっていた。窒息しているようで、顔が真っ青だ。
「だーもー、世話のかかる奴だな。釣り上げられたばかりの深海魚か」
ルシェルはボスの元へと歩み寄ると、半笑いになりながら、少しだけ飛び出ている黒い塊を手で摑み、肩を足蹴にして、強引に引っ張り出した。
「グバァッ!?」
ボスの口から黒い塊が引きずり出された。人一倍大きなそれは、一見すると蛹にも見える。その蛹には尾があるのだが、細い糸のようになっており、その先に発光する何かがついている。白い小さな発光体だ。
「おっと、全部引っ張り出してしまった。悪い悪い」
急にぐったりし、白目を剝いて倒れてしまったボスの姿と、黒い塊と一緒についてきた発光体に気づいたルシェルは、すぐにその発光体だけを引きちぎり、ボスの開いたままになっている口の中へと押し込んだ。すると、一度だけびくりと震え、まぶたの裏に隠れてしまっていた瞳が戻ってきた。止まっていた呼吸が復活し、青ざめた顔にも色が戻った。しかし、意識はなく、ぴくぴくと痙攣している。
「危うく殺してしまうところだったな、ハッハッハッ」
ルシェルは笑いながら、摑んでいた黒い塊をぽいと投げ捨てた。黒い塊は陸に打ち上げられた魚のようにびちびちと飛び跳ねている。
「引きずり出すのは危険か……」
そう言うと、ルシェルは男たちに向かってすっと人差し指を伸ばし、素早く横にスライドさせた。その瞬間、指先が輝き、男たちの口から飛び出していた黒い塊の根元がぶつりと断ち切れてしまった。黒い塊は地面に落ち、やはり魚のように飛び跳ねている。
ボス同様、男たちもまた意識を失い、バタバタと倒れてしまった。生きてはいるのか、ぐったりしてはいるものの、やはり痙攣している。
「おい、おまえら、そいつを片しておけ」
ルシェルは地面の黒い塊を指差し、男たちの周りに佇んでいるグールたちに命じた。
「……」
命令を受けても、グールたちはなぜか動かず、閉ざした口をへの字に曲げ、ルシェルのことをじっと見ていた。目はないが。
「……なんだ、その目は?」
だから、目はない。
「おまえら、それが主人に対する態度か? 言われたとおりにせんか!」
ルシェルが叱ると、先頭に立つ一匹のグールがなんとも嫌そうに歩き出し、落ちている黒い塊を食べ始めた。しかし、なんとも遅い。もたもたとしている。どこか、嫌々食べているように見える。
「こら、好き嫌いをせずにちゃんと食え! ――ほら、おまえらも食べんか!」
ルシェルは近くにある黒い塊を蹴飛ばし、もう一度、グールたちに命ずる。グールたちは渋々といった様子で食べ始めた。
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