第十一節

「ひぃいっ!」

 恐怖のあまり、悲鳴を上げて、男たちは、再び、引き鉄を引こうとする。しかし、それよりも早く、巨大な怪物がその腕を振り上げた。けたたましい一発の咆哮と共に、巨大な怪物は床に両手を叩きつけた。刹那、凄まじい暴風が巻き起こり、長椅子すべてがドミノ倒しのように、ものすごい速さで入り口を目指して、順番に倒れてゆく。最後の長椅子が倒れた瞬間、男たちを衝撃が襲い、全員を、一瞬にして聖堂の外に吹き飛ばしてしまった。

「ぎええっ!」

 放物線を描くように宙に舞った男たちは、教会の前に停められていた、あの高級車とはかけ離れてしまった数台の車にまたも直撃した。もはや、車とすらも呼べない姿になってしまった。

「――こいつはサービスだ」

 人の姿へと戻ったルシェルが聖堂の入り口をくぐり抜ける。男たちによって蹴倒されてしまった二枚扉を軽々と持ち上げ、元あったところへ戻した。すると、蝶番が壊れていたはずの扉が元に戻り、ちゃんと扉が閉まった。ちゃんと直ったかどうか、開閉して確かめた後、ルシェルは男たちを追ってわずかな階段を下りた。

 苦痛に苛まれている男たちの前に、ルシェルは立ちはだかった。

「教会を襲撃するとは、その神をも恐れない心構えだけは褒めてやろう。だがな、悪魔を恐れんというのは感心せんなぁ」

 ルシェルは不敵な笑みを浮かべながら、自分の顎に触れた。

「やっ、やべぇ! やばすぎるよ! こんなこと現実とは思えねぇ! ボス! 俺はもういやだ! 俺は抜けさせてもらう!」

 ルシェルの力を目の当たりにし、血に塗れたようなその真紅色の瞳に見つめられた男の一人が震え上がった。手にしていた銃を投げ捨てて、一目散に逃げ出そうとする。しかし、その直後、一発の銃声が夜の闇をつんざいた。

「があ……」

 かすれたような声を漏らし、逃げ出そうとした男は地面に突っ伏した。

「腑抜けは要らん! 死ね! おまえらも、わかっているだろうな!?」

 ボスと呼ばれた小太りの男に睨まれ、銃を突きつけられて、他の男たちはたじろいだ。銃を捨てようとしていた男たちは、慌ててそれを持ち直した。

「ほう、なかなかに悪だなあ。俺様のしもべにしてやろうか?」

 ルシェルは腕を組みながら、そのやりとりをじっと観察している。

「おい! あれをよこせ!」

 そう声を荒らげるボスに突き飛ばされた男の一人が、ひしゃげてしまっている車のトランクを慌てて抉じ開け、その中から大きめのジュラルミンケースを取り出した。ケースの中から取り出されたのは大きな銃火器だった。グレネードランチャーと呼ばれるものだ。

「こいつなら、悪魔だろうがなんだろうが、一瞬で粉々だ!」

 杖を投げ捨てると、ボスは男の一人に寄りかかり、男の手からジュラルミンケースごとグレネードランチャーをひったくった。ジュラルミンケースを車のボンネットに叩きつけ、グレネードランチャーと一緒に入れてあった子供の拳ほどはある小型の榴弾を装塡し、その太い銃口をルシェルに向けた。

「ガッハッハッ! 悪魔祓いだあ!」

 彼が冷静さを欠いているのは明らかだった。一目瞭然、その目は正気を失っている。

 ボスはなんら躊躇いもせずに引き鉄を引いた。放たれる榴弾。それは放物線を描いて、煙の尾を引きながらルシェルを狙う。

「ヒッヒッヒッ!」

 狂ったような笑みを浮かべるボス。しかし、その笑みはすぐに搔き消された。

「――だから、なんだ?」

 当たると思われたその時、榴弾はルシェルの目前で止まってしまった。空中に留まり、煙ばかりを噴き出している。ルシェルはそれをむんずと手に摑んだ。

「よっ! はっ!」

 ルシェルは、榴弾をボール代わりにリフティングしてみせたり、時にはジャグリングのように後ろ手にキャッチしたり、逆に後ろ手に投げた榴弾をくるりと回って受け止めた。

「なっ、なっ!?」

 榴弾を弄んでいるルシェルの姿に、ボスは愕然とする。

「ふう、つまらんなあ。――そら、返すぞ」

 飽きてしまったのか、小さな溜め息を一つ。ルシェルは榴弾を摑み、ぽいと放り投げてしまった。榴弾がまたも放物線を描き、ボスの手の中に。

「あわわわっ!?」

 ボスは血相を変えて、慌てて榴弾を手放した。榴弾はひょいと宙に舞い上がって、車のボンネットの上に置かれてある開かれたジュラルミンケースの中に転がり込んだ。予備の榴弾の一つにコツンと当たったその時、炸裂した。

 夜空を照らすほどの凄まじい爆発が起こり、炎上した車が空を飛んだ。

 男たちが死に物狂いで逃げ惑う中、地面に落下した車から乱れ打つような破裂音と共に、無数の火の玉が四方八方に飛び散った。

「ハッハッハッ! きれいな花火じゃないか!」

 ルシェルは嬉しそうに手をたたく。

 グレネードランチャーや、その榴弾が収納されていたジュラルミンケースと共に、別の銃器やその弾などが入れられてあったのだろう。それに火がついたものだからもはや手がつけられない。ところ構わず飛び散る様は、まさに花火である。

 火の玉の一つが教会の扉の上にあるステンドグラスを貫いた。

「あ、しまった、教会が……!」

 火の玉は一つに留まらず、ステンドグラスをさらに破壊し、外壁には穴を開け、直したばかりの扉を射貫いてしまった。

「ま、まあ、俺様が悪いわけではないな、うん」

 ルシェルはなんら悪びれもせず、誤魔化すように頷いた。

 男たちは必死に逃げまわっている。

「おーい、俺様はとっとと帰りたいんだよ。だから、さっさと終わらせるぞ」

 ルシェルはリズムを刻むように、一度だけ軽く足踏みをした。すると、彼の影が左右に分かれて、そこから無数の触手が現れ、あっという間に男たちを捕らえてしまった。

 ボスを含めた全員が一箇所に集められる。すると、すべての触手が元の影に戻り、その代わりに、人の形をした黒い物体が現れた。それは形を変え、なんと、あのグールと呼ばれる怪物になった。

 グールの群れが男たちを取り囲む。

「言ったよな? こいつにかかれば肉はもちろん、骨も、血の一滴さえも残らんと……」

 親指と中指の腹を密着させた状態の手を頭上に掲げて、ルシェルは冷ややかな目をしてそっと呟いた。

「やっ、やめろ……やめてくれぇ!」

 ボスが叫んだその時、ルシェルはニッと唇を吊り上げて、指を、打ち鳴らした――。

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