第六節

 村の入り口のすぐの所に、この村で唯一の宿泊施設である小さなモーテルがある。老夫婦が長年営んできたそのモーテルは、部屋こそきれいに整えられているが、老朽化が激しく、外観も古ぼけており、ひどく寂れて見える。

 町から離れているこの村を訪れる人間はそうはおらず、モーテルを利用する客も、月に一人か二人。

 昔、この辺りには炭鉱があり、それなりに人の出入りがあって、モーテルもそこそこ繁盛していたのだが、いまではこの有り様。寂しい限りだ。しかし老夫婦も、老夫婦というだけあってかなり年老いており、いまさらどこか他の地へ移る気もなく、このまま、時々は訪れてくれる客を楽しみにし、寂れたモーテル共々、そう遠くない未来に訪れるだろう、お迎えを待とうかという穏やかな日々を送っていた。

 そんなモーテルだが、ここ二、三週間は毎日が満室という状態が続いていた。驚くべきことだ。モーテルの長い歴史を見ても、そんなことはいまだかつてなかったこと。しかし、老夫婦はそれを喜ぶどころか、毎日、腸が煮えくり返るような思いに曝されていた。それも当然のこと。モーテルの数えるほどの部屋のすべてを占領しているのは、この村に居座り続けて、村の人々から家や土地を奪ってまわっている地上げ屋の集団なのだから。

 彼らは連日連夜、大宴会を開いては、タダ酒を浴びるように飲み干し、酔っては暴れて部屋を破壊する。まさに傍若無人の振る舞いだった。

 老夫婦は自分たちの寝室に追いやられて、毎晩の大騒ぎで眠ることもできず、気が狂いそうになっていた。できることなら、壁に飾ってある猟銃をはぎ取って、いますぐにでも撃ち殺してやりたい。……しかし、そんなことをすれば、どのような結末を迎えることになるのか、容易に想像ができてしまう。だからこそ、いまはとにかく、嵐が過ぎ去るのを励まし合いながらじっと待ち続けていた。

 だがしかし、そんな矢先のことである。嵐が吹き荒れるモーテルに、さらなる嵐が――いや、竜巻が、どこからともなくやってきた……。

 今宵もまたあの馬鹿騒ぎが始まったのを知り、バリケードのようにタンスやソファーで塞いである、外に通じる扉越しに外の様子を窺っていた老夫婦は、いつもならば癇に障る笑い声が聞こえてくるのに、今日ばかりは笑い声ではなく、なんとも悲痛な叫び声が聞こえてくるのに気づいて、思わず顔を見合わせてしまった。

 外からは激しい物音がし、聞き覚えのある声で悲鳴が上がっている。時々、銃声も聞こえた。

(何かが起きている。何が起きているのだろうか?)

 老夫婦は、無謀にも、バリケードを自ら崩して、扉を開けて外を覗いてみた。すると、そこには、壁に大きな穴が開いていたり、階段が崩れていたりと、ひどい有り様となっているモーテルの姿と、ボロ雑巾のようにズタボロの姿となった数人の男たちが横たわっている光景があった。壁から頭だけを突き出している男もいた。

(これはどうしたことか!?)

 戸惑う老夫婦が周囲に目を配っていると、目の前を、一人の男が颯爽と歩いてゆくではないか。

「壁を壊してしまったが、構わんか?」

 髪の長い、背の高い、なんとも美しいいでたちをした男は、老夫婦に気づくと立ち止まって問いかけた。老夫婦は構わないと言いたげに、何度も頷いてみせた。

「そうか。――ふむ。いいモーテルだな。ああ、そうだ、壁を壊してしまった詫びと言ってはなんだか、掃除を手伝ってやろう。邪魔で目障りな粗大ゴミを片付けておいてやる」

 そう言うと、男は、老夫婦の前から立ち去っていった。その男が向かった先からは、また、あのひどい悲鳴が聞こえてきた。

 老夫婦はそっと扉を閉めて寝室に戻ると、ベッドの枕元に飾ってある十字架を前にしてひざまずき、そっと祈った。

「ああ、神様……!」

 老夫婦にとって、男は、まるで天使様のように見えたのだった……。

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