第六話 掴む手


これは25歳くらいの時の話。

連れたちと5人で、泳ぎに日本海に行った時の話だ。


島の幼なじみのナオトとセイゾーとその彼女たちと俺。

俺たちは早めに駐車場のいいところを確保するために、深夜2時頃出発した。


目的地は、砂浜に車を停めてすぐに泳げる海岸。

地元のひとしか来ないような、穴場だった。

ナオトの彼女が昔、この辺りに住んでいたらしく、いろいろと案内してくれた。


現地に到着して、俺の車の中で水着に着替えて、みんな一目散に海へ。

到着したのはまだ早朝5時前だったけど、島人の俺たちからしてみたら、海を目の前にして泳げないのは息をしないのと同義なので、かまわず飛び込んだ。


しばらく海で遊んだあと

俺は朝食の準備をしに、水眼とヤスとビクを手に近場の岩場に向かった。

朝飯に、サザエかアワビの刺身とバター焼きや、カレイかヒラメの唐揚げ、

アイナメやガシラみたいな根魚の串焼きでもしてやろうかと、車には七輪と練炭とフライパンと調理用具も積んであった。


さすが穴場なだけあって大漁。

特に魚は、ヤスの切っ先が丸くなるほど突きまくって、市場に売れるほど獲れた。

独りでもけっこうな量の食材が集まり、みんな朝から腹一杯になるまで食べた。


食べてから少し休んでまた泳ぎに。

俺らは、水を得た半魚人のように泳ぎまくった。


昼前まで海に浸かってたからいいかげん疲れて来た頃

『沖に浮いてる信号フローティングブイまで泳ごうぜ?』ってナオトが言い出した。

ここから2キロ以上は離れてる。


俺もセイゾーもぜんぜん平気だけど、さすがに彼女たちに遠泳は無理だろ?って止めたが、彼女たちは、『浮き輪で付いてくから大丈夫♪』と元気いっぱい。


まぁいいかと、一応サバイバルナイフだけ持って遠泳に出た。


のんびりのんびりと潮の流れを感じながら進む。

先頭はナオトとセイゾー。

彼女たちを真ん中に置いて、俺がしんがり。

もしもサメが来ても、充分に対処出来る自信があった。


そのまま一時間ちょっとかけてフロートブイに到着。

ブイのまわりに付いてるカラス貝とアワビを獲ったり、ブイに登って日焼けしたり、

さんざん満喫して、俺らは岸に向かった。


行きしなと同じ陣形。

アワビとカラス貝を持ってるため、俺は若干遅れ気味だったけど、無事にあと100メートルほどで岸に着くって時だった。


ガボッ!!


突然何かに海中に引きずり込まれた。

すぐに足の有無を確認する。よかった。ちゃんと付いてる。

もしサメに咬まれても、すぐには千切られたりしない。骨は容易には咬みちぎれない。

そして、ついてれば、治せる。


すぐに海上に上がり、パニックになって暴れないようにみんなに伝える。

暴れて泡と音を立てると、サメは余計に興奮して襲ってくるから。

島人の常識だ。


ナオトとセイゾーもすぐに理解してくれ、彼女たちを囲んで、平泳ぎで急いで岸を目指した。


俺はまたすぐにサバイバルナイフを手にして潜った。

もしも群れで行動するシュモクザメなら、しばらく囮になって時間稼ぎしないと、あいつらを逃がせられないから。


しかし、潜って辺りを見渡しても、魚たちは普通に居る。

おかしい。普通ならサメにビビって一匹も居なくなるのに。

不思議に思いながらも、もう一度海上に上がった瞬間。


ガボッ


また引きずり込まれた。

今度は離れない。


これはちょっとヤバイかもと、サバイバルナイフを逆手に持ち変えて、咬まれてる右足向かって突き立てようとして、心臓が飛び出るほど驚いた。


女が俺の右足にしがみついていた。


笑いながら。

白いワンピースが風になびくようにひらひらしていた。


息がもたない!!

蹴っても蹴っても離れない。

むしろ痛いくらいに足を掴まれていく。


俺は必死にサバイバルナイフは捨てて、数珠を手首から抜き取り、

陀羅尼経を唱えた。


すると女は、クジラの鳴き声のような悲鳴をあげて、消えた。


それから

息も絶え絶えに岸までたどり着くと、ナオトとセイゾーが肩を貸してくれて車まで戻った。


彼女たちにトラウマを残すのも嫌なので、ナオトとセイゾーにだけ事情を説明すると、お前のことだからそんなことだと思ったと笑われた。

でも、

足首にはしっかりと5本の指のあとがくっきり付いていて、二人ともマジに退いてた。笑


その後、少し休んでから帰り支度をして、帰路についた。


しばらくは、長い山道を走りながら、昼間のことをボーッと思い返していた。

その辺は高原で、日本海側からは長い登り道、瀬戸内側は延々と下り坂の峠になっていた。


結局あのひとはなんで笑ってたんだろ?

ひとを引きずり込むのが楽しいんかなぁ。

なんて、長い下り坂を降りていた時。

突然総毛立った。


「はぁ?! なんで?!」


思わず声が出たので、後ろの席のセイゾーが突っ込んできた。


「何が??」


俺は全身にビリビリ感じる異変に身構えながらも、セイゾーに


「うーん。なんか居るわ。すまん。」


と謝ると、すぐにセイゾーもナオトも理解してくれて、黙って彼女たちをしっかりと抱いててくれた。


しばらく身構えながらも、坂道を下っていると、

足の違和感に気づいた。


ペダルから足が離れない。


アクセルペダルにある右足がピクリとも動かない。


「ちょっと???」


もう時刻は夜20時くらい。

足元なんて見えない。

しかも運転してるし。


俺は後ろのセイゾーに


「すまんセイゾー? なんか足が動かんなった!! ピクリとも動きやがらん!! とりあえず運転はするけど、俺の足をペダルから引き抜いてくれ!!」


すぐにセイゾーは助手席に回って、

ステアリングの邪魔にならないように、俺の足元を覗いた。


「うわっ!!!」


セイゾーが飛び退いた。

そのまま助手席に引っ込んで、怯えた表情。


「なんやねん?! はよせな事故る!! 頼むわ!!!」


長い下り坂で、このスピード。

俺はほんとにギリギリで運転していたため、思わず声を荒げた。

セイゾーは怯えた様子で答えた。


「だってお前……足に手が……手がお前の足を掴んどる…」


「きゃぁぁぁ!!!」


聞いてた後ろの彼女たちが悲鳴をあげた。

ナオトが彼女たちを抱きしめる。


「はぁ?! もうえぇっちゅうねんくそ女!!!!」


俺はもうそれを見たら腹が立ってしょうがなくて、クソ女に罵声を浴びせながら、陀羅尼経と十二番と早九字をフルで切ったった。


おかげで足は離れたけれど、間に合わなかった。

あまりのスピードにカーブを曲がりきれなくて、ガードレールに突っ込んだ。

車は大破。

エンジンはかからない。

だけど幸いにも、誰も怪我はしなかった。


仕方なくJAFを呼んで、そっから大阪までレッカー。

いくら会員でも5万以上取られ、さらに修理代。

さすがの俺もこの件は少々ムカついたなぁ。


結局

車は乗り換えたもんね。


さんざんでした〰️。





















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