第五話 四つん這い


瀬戸内海には約300の島があります。


うちの島は

しまなみ海道にもなっている島で

泳いで行ける距離に、伯方の塩で有名な伯方島と、瀬戸田レモンが有名な生口島があり、フェリーで30分くらい走ったところに、日本地図から消されていた禁忌の島、旧日本軍がサリンなどの毒ガスを研究製造していた、大久野島があります。


大久野島については、いろいろありすぎてヤバ過ぎて、書ききるにはちょっと時間が無いので、またの機会にします。


今回はうちの島についてのお話です。


うちの島は、周囲の島々からは頭ひとつ抜けて高く、展望台に登れば、360度大パノラマが拡がって、大小30くらいの島々が見渡せます。


春は山全体に植えられた桜で、まるでピンクの桃源郷のような美しさになります。

おかげで観光客も絶えず、今は展望道路も綺麗に整備され、一大観光スポットになっております。


しかし、俺がまだ島に居た頃は、まだガタガタな道で、地元の若者の徘徊スポットでした。

中学や高校の男の子たちが夜な夜なバイクで、頂上にある展望広場で集まって、何をするわけでもなくダベるんです。

その頃の子供たちみんなが通ってた道でした。


険しい道だったので、よくスタックしたりパンクしたりで、けっこう事故も多かったですね。


まぁ大抵が、先輩に助けて貰ったり、自力でふもとまで歩いて帰ったりと、自分たちで何とか出来る程度のものだったんですけどね。


さて、実はこの山。

神隠しの霊山として言い伝えられておりまして、毎年何人か行方不明になって、必ず最後はこの山にある「妙見さんの祠」で見つかるんです。


突然、島人が姿を消すんです。

なんの痕跡も無しで。


行方不明者が出ると、古いひとたちはみんな口を揃えて言います。

「妙見さんが連れてっとるんじゃ」


だから、行方不明者が出ると、先に妙見さんの祠を見に行きます。


だいたいが見つかります。

が、

見つからないこともあるんです。


行方不明になったひとたちは、いったい何処に行くんでしょう?



ってのが前置きで、

本題はこれから。


これは、俺が中3で、兄貴が高3の夏の話です。



その夜は、月の無い夜でした。

満天の星を見に行こうと、連れたち5人で展望台を目指しました。


その時は軽トラ。

連れが運転して、俺ら四人は荷台。

時おりスピードを出してコーナリングをする連れに、ぎゃぁぎゃあ文句を言いながら、展望道路を登って行きました。


時刻はおそらく深夜1時くらい。

荷台に乗って騒ぎながらも、ときおり匂ってくる獣のような変なにおいに、背筋がピリピリしてたのを覚えています。


中腹を越えたくらいで、その匂いがキツくなり、連れたちに聞いてみました。


「なんか臭ないか? 獣みたいな。」


連れたちはテンションMAXで、


「なに言うとんなら?そがいな匂いぜんぜんせんでー?気のせいじゃろ?」


「ほうかのー? ぶち臭なって来たんじゃけど…」


その時はまだ、そこまで気にせずに楽しく山登りしていました。


そこに突然クラクションが鳴り響きました。


かなり前から凄い勢いでライトが降りて来てる。


「えっ?誰ぞあれ? ホーンバンバン鳴らしもって降りて来よるぞ?」


いったん軽トラを停めて、交わそうと脇に寄せて待ちました。


しばらくすると、

グネグネした展望道路を、もの凄い勢いで降りて来たのは兄貴たちの軽トラ。


まだ遠くから叫びながら降りて来る。

クラクションの音ではっきりと聞こえない。

けど、必死さは凄い分かった。


「あれケンちゃんらぁじゃのー。何を言いよるんじゃろう?」


「分からん…。たぶん……」


そこまで言った時にいきなり全身総毛立った。


「えっ?! ヤバいかもしれん‼」


そう連れに言った瞬間、隣のヤツが叫んだ。


「あっ‼ ケンちゃんらぁの後ろっ‼」


みんなが一斉に兄貴たちの後ろの崖を見た。

すると、

木も何も無い岩肌の崖を、白い何かがもの凄い勢いで落ちて来てる。


「何やあれ?! えっ?! 止まった?」


それは、切り立った100メートルくらいの崖の中ほどで、ぴったり止まった。


目をこらしてみても、まだ暗闇なので、白いものとしか判別がつかない。


「なんじゃろ…あれ?」


みんなで呆然と見ていると、兄貴たちが到着しました。

そして、兄貴が凄い剣幕で降りてきて、俺らの軽トラをUターンさせたんです。


「逃げるぞ!早よー乗れ‼ 」


俺らは訳もわからず、凄い勢いの兄貴たちに言われるままに、軽トラに乗り込みました。


俺らの軽トラを運転するのは兄貴の連れ。

後ろの軽トラにも二人が乗っていて、ぴったりと離れずについて来ていました。

俺らと兄貴は荷台の上。

俺は後ろを気にしながら、肩で息をしている兄貴に


「何や?どうしたんや?」


兄貴は息も絶え絶えで、真っ青な顔で、必死に前を見つめていました。


それに、俺の連れもたまらず口を開いて


「ケンちゃんあの白いのなんやったん?」


「……四つん這いなんじゃ…」


「は?! 四つん這い? 四つん這いって…なにが?」


あまりの突拍子もない答えに、みんな目を白黒させてると、兄貴がゆっくりと話し出しました。


「…俺ら展望台に居ったんじゃ。自販機のとこにの。そしたらあいつが……あの女が見えたんよ。展望台の階段の下に。ほんで、ハルが声かけたんよ。幽霊か思うたけん怖かったんよな。したら、女がこっちに登って来たんよ。もの凄い速さで。笑いながら。四つん這いで。」


「えっ?人間じゃろ?女じゃろ?」


「…わからん…。ただ、すごい臭かった。なんか…獣臭い。辺りが獣の匂いで充満しとった。」


その時、突然真上から甲高い笑い声が降ってきました。

みんなで見上げると、白い女が四つん這いで、垂直に切り立った崖を降りて来るのが見えました。


「うわぁ~‼はよ走れ!!」


軽トラの頭をバンバン叩いて、急かすけれど、付け焼き刃の高校生のドライビングじゃぁどうしようもなく、もぅはっきりと表情が分かるほどに女は近づいていました。


あの顔。

ほんと一生忘れない。


真っ黒く光るほどに黒い顔に、

真っ赤な血の色のような目がギラギラと、

口は耳元まで裂けて、ヨダレを撒き散らしながら、四つん這いで向かってくる。


ただ、鼻を見た記憶がぜんぜん無い。

無かったんだろうか、見る余裕が無かったのか、よくは分かりませんが、間違いなく、この世のものではありませんでした。


もぅ明らかに追いつかれる。

とにかく何とかしなければと思い、数珠を目一杯振って、早九字をぶっ飛ばしました。


すると女は体勢を崩し、九字の鋒から逃げるように山の中へ逃げ帰りました。


そのまま俺らは無事に、ふもとの港に降りて、事なきを得ました。


後日、島の古い言い伝えや歴史文献 に載ってないかと思い立ち、島の歴史民俗資料館を訪ねたのですが、それらしきことはどこにも見当たらず、結局分からないままでした。


ただ、


不思議な事に、

あれだけ毎年誰かが神隠しに遭っているにも関わらず、妙見さんに関する資料も、一切見当たりませんでした。


あの山の中に、なぜ妙見さんの祠が在るのかすら、一行も文献が無かったんです。


当時、90歳くらいのおじいちゃんが言ってたことを思い出しました。


「わしらはほんまに苦労して、やっと生き抜いて来たんじゃ。こがな、食べ物も育たん川もない水もない土地で、神さんにすがりながら、やっと生かしてもろうて来たんじゃ。あがいな恐い目は、わしらで終わりでえぇ。お前らはちゃんと生きたらえぇ。」



俺らは、あの時


島の大変な暗部に踏み込んでしまったのかもしれません。



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