ダンジョン、沈めてみた!
俺は
かつてはダンジョン探索者を志したものの、早々に挫折し、いまはしがないサラリーマン業の傍ら、休日には登山を趣味にしている。
そんな、ありふれた二十代男性だ。
今日も今日とてそんな俺の日常は何も変わることなく。強いて言えば、規定の登山道から少し外れてみるというちょっとした冒険をするだけのはずだったのだが……。
なんと、その結果、俺は未確認のダンジョンを発見してしまったのだった。
俺はごくりと唾を飲んだ。
ダンジョン庁の管理下にない未確認ダンジョンを報告すれば、ある程度まとまった金が入ってくる。棚からぼた餅とはこのことだ。
だが、同時に俺は、もしかするとそれ以上に魅力的な、もうひとつ別のことを考えている。
こんな瞬間が来たら。
中に誰も人が入っていないダンジョンを見つけたら。
ずっと、やってみたいことがあったんだ。
──子供のころ、アリの巣を沈めた経験はないだろうか?
俺は、ゆっくりと、慎重に、ダンジョンの入り口まで歩いていく。入り口は
覚悟は、決まった。
俺はツタをぶちぶちと引きちぎりながら、ダンジョンに一歩だけ入った場所に立った。
魔法はダンジョン内でしか使えないからな。
そして俺は実に五年ぶりに魔法を使う。唱えるのは、もちろん──。
「クリエイト・ウォーター! クリエイト・ウォーター! ウォーター! ウォーター、ウォーーーーターーーー!」
俺の掌から湧き出た膨大な量の水が、ダンジョンの奥へ奥へと送り込まれていく。
最初のうちはぬかに釘を打っているような手応えしかなかったが、栄養補給バーをかじりながら五分十分と続けていくと、やがて俺の脳内に涼やかな声が鳴り響いてきた。
レベルアップ! 16→30
自分の身体の奥に、熱が灯るような感覚。
やはり俺は間違っていなかった!
俺は更に魔力を込めて、水を生成し続ける。
レベルアップ! 30→41
レベルアップ! 41→177
レベルアップ! 177→335
ネームドモンスター、<百鬼王>を討伐しました。
ネームドモンスター、<腐敗竜ドルジエン>を討伐しました。
ネームドモンスター、<深くからの先触れ>を討伐しました。
ボスモンスター、<<
……ふ……フハ、ハハハハ!
やってやった……やってやったぞ!
これで俺は……!
「……で、ダンジョンまるまるひとつぶんの宝箱とドロップアイテムを手中に納めた俺は、こうして二十四時間かわいい女の子と遊んでても尽きようがない金を手に入れた、ってわけ」
「えー、嘘っぽ~い」
「おいおい。少なくとも金持ってるのは嘘じゃないだろ? 信じてくれたっていいじゃないか」
サラリーマン時代であれば営業先でへこへこ頭を下げていたはずの、平日の真っ昼間。
俺は、会員制のカフェテリアのそのまたvip席、誰の邪魔も入りようがない高層ビルのテラス席に悠然と腰を構え、柔らかな焦茶色の髪を撫で
俺は、人生に勝利した。
これまで存在したどんなダンジョンドリームよりも、遥か高みにある成功。
俺の真似事を始めたバカ共がトラブルを起こし続け、世を騒がしているらしいが……俺の知ったことじゃないな。
たとえ世界がどうなろうと、もはや俺の未来には、寸分の不安も用意されていないのだから。
「……え、ねえ。裕也くん?」
「なんだよ。今度はどこの鞄がいいって?」
「違う! あれ、あれ見て!」
何番目かも忘れた女が、いままで見たこともないような青い顔で、テラスの外、何もない青空の一点を指差して──いや、なんだ、あれは?
雲ひとつない青空に、大きな穴が空いている。
そう、穴としか形容できない黒い影だ──あるいは、その形状から、扉といってもいい。
直後──その穴から。
轟音と共に、文字通りバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。違う……雨なんかじゃないことはわかりきっている!
中空から無尽蔵に溢れ出てくる莫大な量の純水は、瞬く間に世界をなみなみと満たしていく。
カフェテリアは瞬く間に狂乱に陥った。
逃げないと、逃げないと──いったい、どこへ?
何の対処もできないまま、十分もしないうちに、大水はやがて地上二十四階のカフェすらも、そして俺をも飲み込んだ。
全身をくまなく打ち付ける大質量の流体。
水を飲みながら必死に上へ上へと泳いでいこうとする、けれどその上から上から蓋をするように水は降ってきて、俺は何もできないまま、肺腑の中の中まで水に浸かり、朦朧と、痙攣、死、ごぼごぼと。虚無に。
深く、閉ざされる。
ネームドヒューマン、<<洪水王・髙梨裕也>>を討伐しました──。
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