薪と熱情
街行く視線の数々は、まるでショートケーキに乗った苺みたいに色づいている。僕たちはいったいあれら視線の中ではどう写っているのだろう、と一瞬考え、きっと彼ら彼女らには別のカップルなんてモブキャラどころかきっと背景にもならないのだろうな、と結論づけた。たぶん間違ってない。
さて、そして、いちいちこんな考察を向けている僕は冷めているのだろうか、と、両手にそれぞれ違う感触を握って確かめる。右手には、ブッシュ・ド・ノエルの入った紙袋のしゅるりとした重み。左手には僕よりも少しあたたかい熱。
「どうかしたんですか?」
「いやね。ちょっと手が冷えて」
「……もう少し、密着度を上げてみますか?」
「というと?」
言葉の代わりに、彼女の右手がゆっくりと形を変え、僕の指一本一本を分かつように指先が割き入れられた。恋人繋ぎというやつだ。いうやつか。そうですか。
「恋人繋ぎって、どうして恋人繋ぎって言うんだろうね」
「さあ。密着度が高いからじゃないんですか?」
たぶん間違ってない。が、それを簡単に認めるのはつまらないので、僕はひとつ思いつきを口にした。
「じゃあ対面座位は恋人体位だね」
「あー……はぁ」
緩みかけた手を捕まえて、何食わぬ顔で歩き出す。
実際には散々飲んで食べた後の顔だけど。
さすがに酔っていない僕は下ネタなんか使わない。
たぶん。
指をがっちり組んでいるせいか、彼女との距離は少しだけ、けれど決定的に近づいていて、普通に歩くには肩あたりが少し窮屈だった。
「なんとなくわかってきた」
「何がですか?」
「恋人同士じゃないと歩きづらい」
「恋人同士でも歩きづらいですけどね……」
足の置き場にも気を遣う。気を遣わなくても相手の足なんか踏まない阿吽の呼吸か、どれだけ気を遣っても気に病まない、不朽の愛情。僕らのような冷たい人間は、きっとそのどちらも得ることはないだろう。
「じゃあやめる?」
「手はあたたまったんですか?」
「どうだろう。よくわからないな」
「じゃあ、もう少し、このままで」
だからこそ、ブッシュ・ド・ノエルを求めてる。
「そっちの手は大丈夫なんですか?」
上目遣い風に彼女は訊ねる。
「こっちの手まで繋いだら、あとはダンスを踊るしかなくなるじゃないか」
「いや、手袋。右手用は余ってるので」
コートのポケットから、黒い手袋を取り出す。取り出した左手には既に同じ手袋がはまっている。
「それは、あー……遠慮しとく。これを滑らすといけないから」
右手を少し持ち上げると、彼女は小さく笑って退いた。
「心配性ですね」
「まあね。さっさと帰ろう。いや、一応聞くけど、イルミネーションでも見ていくかい?」
「興味ないです」
「そっか」
「光属性じゃないんで、私」
「だろうね。僕も暗い部屋の中のほうが楽しい」
「……えっと、ちょっと判断に困るんですけど」
「え、なにが?」
「なんでも」
きゅっと指の付け根が締まる。その小さな情動が彼女の重みを僕に預けた。とにかくもういっぱいだった。
だって、僕も彼女も、散々飲んで食べた後だから。
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