Wシュークリーム
「先生。わたしシュークリームが食べたいです」
「そうですか」
「ご存じですか。ここから二つ目の信号を右折して右側に、美味しいシュークリームが、Wクリームマックスシューが売っているという」
「……知っていますよ。先生が君くらいの歳のころからありますから」
「わあ。先生は何を食べるんですか?」
「いつの間にか先生の車の目的地が変更されてしまっているようですね」
「まあまあ。それで、何を食べるんですか?」
「そうですねぇ。うぅん。私は、遠慮しておきます。もうすぐご飯の時間ですから」
「あら。どうせコンビニ弁当じゃありませんか。それより、午後七時半の御惣菜売り場にでも行ったほうが、金銭的にも健康的にも豊かになれますよ」
「先生は忙しいので、金と身体で時間を買っているのです。それに最近のコンビニ弁当は美味しいですよ」
「そりゃあ、まあ、そうでしょうね。でなければ売れませんので。あ、ほら、青ですよ」
「はぁ。では、どうぞ。私は車で待っていますから、シュークリームでも何でも好きに買ってきてください」
「やったあ。太っ腹ですね」
「は?」
「いやだなあ、先生のお腹が出ているということではありませんよ。羽振りがいいですね、と言っているのです。ああ、この『羽振り』というのは」
「いつの間にか先生が支払うことになっているんですね」
「先生というのは、生徒の奴隷ですからね」
「そうかもしれませんねぇ。では、どうぞ。百十円です」
「ぴったりじゃないですか。ぴったりシュークリームひとつじゃないですか。遊びや余裕はないんですか。釣りはいらねぇぜ、という男気は?」
「そういった心意気というのは先生の中ではすっかり果ててしまいましたから」
「まあ、でなければコンビニ弁当をもそもそ食べている理由がありませんからね」
「心意気ひとつで変えられる世界なら、いくらでも変えてやりましたとも」
「険が濃いですねぇ。まあ、それでは、行ってきますので」
「はいはい。晩御飯までには帰ってきてくださいよ」
「それって七時半ですか?」
「いいえ、六時です」
「だめじゃん」
「お待たせしました」
「……何かずるでもしましたか? 私の眼には、シュークリームがふたつあるように見えますね」
「ええまあ、少し。というのも、当方は別に財源を用意しておりましたので」
「百十円を私からたかる意味はあったんですか?」
「だって、片方は先生のぶんですから」
「あぁ。なるほど。お気遣い感謝します。そのお心だけでいっぱいですので、そちらはどうぞ家に持ち帰るなりして夜食にでも食べてください」
「夜食。シュークリームを? うら若き女子高生の? 夜食?」
「明日のおやつでも、誰かご友人に譲るのでもいいですから。とにかく、私はそのシュークリームが嫌いなのです」
「なぜ。なにゆえ? こんなにも甘く美味だというのに」
「私にはその甘く美味だというのがよくわからないので。むしろ苦いような心地にさえなります。なにせ昔は、私がまた君のような歳だったころは、その甘さをたいそう好いていた記憶がありますから。逆にね。ああ、私は過ぎてしまったんだな、と」
「そういうものですか」
「そういうものですよ。なのでどうぞ、君が楽しんでください。楽しめるうちに」
「暗い。暗いなぁ。仄暗い色を感じるなぁ。そんなことを口にされては、楽しめるものも楽しめないじゃあありませんか」
「それは大変失礼しました」
「ほら、さっさと食べてくださいよ」
「ええと、君は先生の話を聞いていましたか?」
「先生こそ。これ以上私には消費できません。なので食べなさい。奴隷よ」
「はぁ。本当に苦手なのですがね。……うぅん。やはり甘くはないですね、もう」
「美味しいですか?」
「いいえ、全然まったく」
「そうですか。こんなに甘いのに」
「シートベルトをしてください。楽しい寄り道は終わりです」
「はあい」
「……それで。美味しかったですか?」
「はい、それはもう」
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