込められた祈り

「チョコレートをつくります」

「へえ? 珍しいね」

「センパイ、今日が何の日かはご存じですね?」

「花の日曜日だね。ちなみに先負せんぶだ。何事も慌てず騒がずゆっくりと」

「そういう説もあるかもしれませんが、世間一般的には何よりもまずバレンタインデーなんですよ。でもチョコレートを渡すのは午後がいいかもしれませんね。ひとつ収穫です。ありがとうございます」

「そういうの、意外と気にするんだ?」

「します。意外と。ほら、後輩、乙女なので」

「後輩、乙女なんだ」

「後輩乙女です。それで、センパイ。つきましては、チョコレートづくりの作法をご教示いただきたく」

「グーゴル先生では駄目だったのかい?」

「あいつは駄目です。手際が良すぎて参考になりません」

「ええ……。まあ、教えるのは構わないんだけどさ。それ誰に渡すの?」

「センパイですけど」

「僕に渡されるチョコレートの作り方を僕が教えるのか……」

「変なものを渡されるよりは、安心できるもののほうがいいんじゃないですか?」

「世間一般的には、男の子はチョコレートの味というよりも、誰にどんなものが貰えるのかにわくわくしているんじゃないかな」

「なるほど。意外性が足りないということですね」

「まあ、そうなるのかな」

「では、こうしましょう。あるじゃないですか、チョコレートの中にシロップなり何なりが入っているアレ」

「ボンボンショコラ」

「そう。その作り方を教えてください。中に何を入れるかは後ほど私が決めますので」

「へえ。参考までに、どんなのを考えてるの?」

「んー、ワサビとか?」

「ロシアンチョコレートの“あたり”だねそれは」

「お酒?」

「ありだけど、料理酒じゃなあ」

「もちろん、ブランデーとか」

「きみ未成年じゃんか。買えないぞ」

「じゃあ……惚れ薬?」

「待て待て待て。なんできみ急に魔女になったの?」

「意外性あるでしょう?」

「あるけども」

「あ、そういえば、とある界隈では自分の血を入れるというのがあるらしいですね」

「怖い怖い怖い! やっぱり普通でいいよ普通で!」

「普通……普通というとどんなものですか?」

「普通は、そう……ガナッシュとか?」

「ガナッシュ。確かによく見る気がしますけど、実際なんなのかはわかりませんね」

「温めた生クリームにチョコ混ぜたやつだよ」

「おや、意外と簡単そうです。ではそれでいきましょう」

「……まあ、うん、わかったよ。普通が一番。それに、君から貰えるのならそれだけで嬉しいしね」

「義理チョコですよ」

「うっそだろおい」

「だって、別に自分、センパイの彼女ってわけじゃないじゃないですか。センパイと後輩ですよ」

「そんな。実は僕はまだ女性経験皆無だったっていうのか」

「かもしれませんねえ。ところで、センパイは後輩のこと好きなんですか? 彼女だと思っていらした?」

「さあ、どうだろう。僕は僕を好きな女の子が好きだから」

「奇遇ですね。自分も、自分を愛し恋して甘やかしてくれる男性がタイプです」

「つまり、僕らふたりが結ばれることはないわけだね」

「残念です。さて、とりあえず義理チョコ作りましょうか」

「あくまで義理なんだ」

「義理チョコという名称にご不満なら、後輩チョコにしておきますけど」

「いや、どっちでもいいけど。それで、チョコレートと生クリームと、あとはバターかな。用意してある?」

「あると思います」

「それは重畳。ところで、ガナッシュだけでいいのかな。例えば他に、ジャムやらナッツやらを入れたものを作る気はあるかい?」

「まあ、ガナッシュだけでいいですかね。普通の後輩チョコなので」

「少しくらい手を込めてもいいんだよ」

「初心者は基礎を満全にすることが重要かと思いまして」

「うーん正論だ。ロジカルガールだ」

「ロジカル後輩です。それで、他に用意するものは?」

「用具はあるよ。温度計も」

「温度計?」

「テンパリングというやつがあってですね」

「そんなの、後輩は学校ではいつでもテンパリングですけど」

「そのテンパるではないね」

「では誰がテンパるんです?」

「チョコレートくんかな。実はカカオバターは六種類の結晶を構成し得るんだけど」

「やめてください。センパイまでグーゴルプレックスですか?」

「……うん、まあ、とりあえず、仕組みは知らなくても問題ない。温度管理だけすればいいよ」

「なるほど?」

「というわけで、こちらをご参照ください」

「ふむ……って結局グーゴル先生じゃないですか!」

「少しは先生を信じてあげて。ほら、これは元パティシエのグーゴル先生だから」

「ご存知ですか? ネットの肩書きなんていくらでも詐称できるんですよ。私だって昼はパティシエ夜は怪盗を生業にできますよ」

「まあまあまあ。本当にここに書いてあることだけやれば大丈夫だから」

「疑わしい……」

「彼を信じる僕を信じろ」

「信ずることは易けれど」




◆ ◆ ◆




「案外いけるものですね」

「それはよかった。おかげで僕が作ったチョコを僕が食べる展開は回避されたね」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「それで、出来上がったものがこちらになります」

「わあすごい。テンパリングもちゃんと出来てる」

「後輩はテンパリングのプロなので。ぬかりなく」

「食べてもいいかい?」

「もちろんどうぞ」

「ん……美味し──ん? ねえこれ、中身入ってなくないかい? まあ、美味しいは美味しいんだけど、肩透かしというか」

「シェルチョコレートをチョコレート抜きで、ですよ」

「そのネタのためだけに作ったのか……」

「というのは冗談です。本当に何も入ってませんでしたか?」

「え、うん、多分……。何か入ってた?」

「それはもうたっぷりと。グーゴルプレックスチョコレートですから」

「う、うーん……」

「ふふ。まあ、回答権はあと五回ありますので、こちらもどうぞ。入っているものは全部同じですよ」

「いただきます。……あ、美味しい。普通にガナッシュだ。うん、安心する味わいだね。もしかしてさっきは僕の舌が何かバグってたのかな」

「残念ですが不正解です。あと四つですよ」

「えぇ? ……うっ!? ちょ、君、これ、マジでワサビ入れてるじゃんか!」

「おお、アタリですね。いや、問題の当たりではないんですが」

「死ぬかと思った……」

「あと三つありますよ」

「三つ……三つ? 待って、もしかしてその内訳は、料理酒と惚れ薬と君の血かい?」

「食べてみればわかりますよ」

「えー……。あ、ジャムだ……ジャム? まさか血が混入してたりしないよね?」

「さあ。美味しかったですか?」

「美味しかったけど……」

「ならいいじゃありませんか」

「で、結局、答えは何なんだい。僕はもう降参だよ。チョコレートが入っていますとか?」

「それも不正解です。先輩は頭が固いですね」

「すまないね。それで、答えは?」

「秘密です」

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