十字架と兎(お題『兎』『老子』『キリスト』)
兎はかの老子御大のようになりたかった。
御大の遺した言葉を百遍は読んでみて書いてみて、己の足りない頭でそれでも理解してみようとしてきた。
しかし宜なるかな、所詮元が獣畜生では、勉学に励んだところでたかが知れている。
あるとき兎に狸が言った。
「ちかごろ世の中に話題だという神とやらを学んでみたのだが、これが中々どうして奥深い。神はいつでも我々を見守っていてくださって、万人に変わらず慈愛を向けてくださるのだそうだ。ゆえ我らはそれを裏切ることのないよう生きねばならぬとかなんとか。もっとも我ら畜生故、人を特別に愛するかの神の比護の下にはあらなんだ。おお、うらめしや。己のぽんぽこな茶っ腹よ。まあしかし、それならそれで何も我ら変わるまい。今までの通り、飲み食い歌い踊っては、日々を楽しく生きてゆく。そこで兎殿、今夜あたり月を肴におひとつどうか。」
長らく押し黙っていた兎は、ぴんと耳を立てて目を見開くと、ぎゃあてぎゃあてと叫び出した。
「人のみを愛するなどとかたはら居たし! 森羅万象もの皆全て、その源泉を辿ればすなわち大ならしむ道に他ならぬ! 人間至上に傾倒した差別主義者など、どうして神と呼べようか!」
「お、おう。そうだなあ。それで、宴はどうなさる」
「宴などしている場合ではないわ! ひとつ人里でかの御大のお言葉を片端から諳じてくれる!」
「そうかあ。残念至極。何はともあれほどほどに行きなされよ」
頭から湯気を吹き出しながら、兎は山を降りていく。
「しかし、兎殿は人化けをなされたのだったかのう」
狸や他の者らが暗い森の中で人知れず楽しくしこりなく過ごす夜、兎は丸焼きにされてぱくりと食べられてしまったとさ。
「いやはや、突然家の中に兎が迷い込んでくるとは、まさに神の恵み。ありがたやありがたや」
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