#チープな戦闘描写を自己流にアレンジする(Twitter企画参加作品)

「その程度か」


 悪食の王は、眼前に俯く勇者をせせら笑う。

 勇者の身体に次第に生傷が増えていくのに対し、かの王の身は健在だった。攻撃を受けていないわけではない。退魔の剣は幾度となくその身を切り裂いている、はずだ。しかし凶刃が肉を魔を断たんと迫れば、するりとまるで雲でも斬ったかのようにすり抜けてしまう。

 人類の希望なにするものぞ。高らかに笑う悪食の王だが、ふと勇者の様子がおかしいことに気がついた。


 恐怖に怯えるにあらず、諦念に打たれるにあらず、狂いもせず。

 あるいは最所から狂っていたのか。


 真っ直ぐと見据える勇者の瞳には憐愍の情、ただそれのみが宿っていた。


「この力はまさしくチート。ずるっこだ。天に座す神の力など、化物といえど曲がりなりにも今を生きる生者に用いてよいものか。しかし俺は最後にはいつもこれに頼る、いやそもそも、お前の前に立ったそのときからまさしくこれを頼みにしていた。俺は結局お前らと同じだ。生命の冒涜者だ。お前たちが死を侵し嘲笑うように、俺の力は生を否定し無為に伏すのだ」

「何を──」

「奇跡をここに。この身に流るる我らが祖竜の血を以て、神の権威を代行する」


 束の間の瞑目。再び開かれた勇者の瞳には、何色だろうか、今まで見たどの色でもない色が複雑に転たっている。

 ただ、きっとそれば破滅の色なのだと、悪食の王は直感的に理解した。


「何だ……その眼は何だ!」

「最後の礼儀だ、教えよう。これなるは全てを見通す眼。万能鍵の魔法、否、権能。……何もかも。この眼の前にあらゆる秘密は秘密でいられぬ。心を、命を、生きる者を蔑ろとし、世界を欺く力なり。……見えるぞ。お前の弱点も」


 勇者が動く──今までの一挙一動それら全てを置き去りにするかのような神速で。つまるところどの攻撃もどの防御も、今の今まで、勇者は本気など出していなかったのだ。ああ、そして井蛙は今まさに塩の味を知る。

 お前はここでは生きられない。


 一刀に、顎を断たれた。

 ──悪食の王、その異名の所以たる、一対の牙と共に。

 食器棚を引き倒したかのように連続する破砕音は、王にかかっていた魔法の一切が崩壊していく音だ。


「さらば。牙を失いし哀れな獣よ。恨むのならば神を恨め。世界を守ることのみを役目とし、世界を知ることをしない神を。俺を産んだ大いなる母を恨め」

「勇者──!!」


 怨嗟の声はついぞ発せられることはなく、天を支える四本のうち、一柱は灰塵に帰した。

 勇者はゆっくりと目蓋を下ろし、力を鎮める。そこに勝利への感慨はなく、あるのはきっと、また少しぽっかり広がった心の虚だけだった。

 ……あるいは、それには長すぎた時間は、哀れな獣へ捧ぐ黙祷だったのか。


 それは誰にも分からない。

 勇者は全てを理解できても、勇者を理解することは誰にもできないのだから。

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